至近距離にチリヌルヲワカがいる。コンパクトな新宿MARZは、フロアのどこにいてもステージが近いのが特徴だ。メンバーもこの距離感がとても嬉しそうだ。今日はニューアルバム『アヲアヲ』のリリース直前ということで、ひと足先に全曲演奏をするライブ。なので、初披露の緊張感もあるにはあるが、それ以上に日曜日のMARZにはリラックスしたムードが漂っていた。

　オープニングはザックリ、聴きなれたナンバーから。２ndアルバム『白穴』の「姫事」を皮切りに、アップテンポの曲が続く。オーディエンスはぴょんぴょん飛び跳ねたり、拳を上げたりしてステージに呼応する。10周年を迎えたバンドらしい、スムーズで熱い序盤となった。

「どうもありがとう。去年も同じここでライブをやりましたけど、１年がビックリの速さで進んでいきますね…。あ、ここ、拍手するとこじゃないですから(笑)。今日は、４月22日にリリースされる『アヲアヲ』をお披露目します。“味見”みたいな感じですかね。聴いてもらったら、発売日前ですけど、今日は特別にゲットできます。フライング・ゲットです。では、今から全曲やります」と、ボーカル＆ギターのユウ。いよいよ味見(？)ライブのスタートだ。

　ふと見ると、ギターの坂本夏樹は登場したときにかぶっていたハットを取り、ベースのイワイエイキチはシャツを脱いでTシャツ姿になっている。ドラムの阿部耕作はサングラスをしたまま、クールに決めている。『アヲアヲ』の曲順どおり、ガレージロック・テイストの「陰日向」から全曲コーナーが始まった。まずは、オーディエンスのウケは上々だ。

　続くアルバム・タイトル曲「アヲアヲ」が、これまでのチリヌルヲワカ・ナンバーの中でいちばんポップなメロディラインを響かせる。レコーディング前のライブでこの曲が演奏されたとき、僕は早く音源を聴きたいなと思ったが、期待に背かない素晴らしい出来だ。ギターとベースが刻むステディなビートが、素直なコード進行を明示して、スケールの大きなメロディを際立たせる。

　今日のチリヌルヲワカは、とてもいい。もともとテクニシャンが集まったバンドだけに、きっちりアレンジどおり演奏しなくても曲が成り立ってしまう。だが、この日は全曲初披露ということもあって、演奏がいつも以上に丁寧なのだ。上手いミュージシャンが、必要最低限の音を集中して演奏したときの快感がMARZのフロアを包み込む。

　そのせいか、続く「芝居生活」にしても「コレクター」にしても、ユウの歌がバンド・サウンドから抜け出てしっかり聴こえてくる。オーディ エンスたちも全員、気持ちよさそうだ。アルバム最後の「松の木藤の花」まで、全７曲をしっかり届けたのだった。

「今年は10周年なので、記念のツアーをやろうと思ってます。10年とはいえ、まだアヲいバンドなので、頑張っていかなアカンな。ぜひ、そのライブに遊びに来てください」

　ニューアルバムの曲もよかったが、後半のヒットメドレーが凄かった。中でも「なずき」のデリケートなアンサンブルは聴きごたえがあった。阿部はスティックではなく、マレットでドラムを叩く。坂本はギターのトーンを柔らかくして、ユウの歌の背後に陰影をつける。そしてイワイの美しいベースライン。すべてが揃って、バンドが10年をかけて育ててきたオンリーワンの味わいを醸し出していた。一方で「シーホース」は、切れのいいスカのリズムで会場を沸かせたのだった。

　アンコールでユウが語り出す。「熱気が凄い。水を飲み過ぎて、胃が凄いことになってます(笑)。今日、演奏しながら思ったんですが、私が感覚のままに作ってる曲を、このメンバーはよく演奏してくれてるな。みんなスゴイ人たちだと思いました」。イワイが「10年やって、慣れました。ユウはやっぱり天才だ！」と返すと、ユウが「まーね」とトボケて会場に爆笑が起こる。

　お互いをリスペクトしながら歩んできた４人が、新たな音楽を発見しようとしている。そんな予感に満ちたライブだった。それにしても、チリヌルヲワカにはMARZがよく似合う。武道館もいいが、ロックバンドの醍醐味はライブハウスにあると改めて思った夜だった。

【取材・文：平山雄一】
【撮影：YUKA OCHIAI】