東京に数あるクリスマス・スポットの中でも、ビルボード東京のある東京ミッドタウンは指折りの人気スポットだ。豪華なイルミネーションを目当てに、ビル内には長蛇の列ができている。その人混みを掻き分けて到着したビルボード東京も、豪華さでひけをとらない。イヴの今夜は、藤井フミヤのプレミアム・ライブが開催されるのだ。ドレスアップした女性オーディエンスが、ここでも行列を作って開演を待っていた。

　藤井フミヤの2015年を締めくくるライブだ。バックを務めるメンバーは、バンマスの有賀啓雄(ベース)以外、いつもと異なるミュージシャンが起用されている。ベース、ギター、ピアノ、バイオリンの４人編成で、アコースティックなサウンドがイヴの夜を彩るという趣向だ。

　テーブルにフードとドリンクがサーブされ、あちこちで響くグラスを合わせる音が一段落した頃、フミヤが客席上部の階段から静かに降りてきた。白いシャツに黒のロングのニットカーディガンにクロスのネックレス。どことなく神父を思わせる。ステージの位置に着くと、オープニングはピアノのみのバックで「Amazing Grace」。フミヤは自分の声の鳴りを確かめるように、ゆっくりと喉を震わせる。とても滑らかな発声だ。 オーケストラとの共演で得た、スムーズなボーカリゼーションの魅力が、今夜は存分に聴けそうだ。
　この歌のエンディングで、フミヤは手にしたスレイベルを振って、「メリークリスマス！」と場内の隅々にまで挨拶の声を届ける。この後、数曲のブロックごとに歌われる「White Christmas」などのクリスマスソングのカバーのエンディングでは、すべてこの「メリークリスマス！」のコールがお約束となった。

「こんばんは。ここは外に出ると、東京の中でも賑やかなイヴの街。今日はロマンティックな歌を歌います」と言って、笑いを交えてメンバーを紹介する。
「ピアノは岸田勇気。彼がバンドの平均年齢を下げてくれてます。お母さんが同じ年くらいです。バイオリンは吉田翔平。バイオリンを持つと、性格が変わる……もちろん、いい方にですけど(笑)。ギターは 田口慎二。今回、初めて一緒にやります。今後ともよろしく。そしてバンマスは有賀啓雄。この大きなウッドベースを小樽にも大阪にも自分で運んで来て弾いてくれました。移動が大変だったよね」。
　短いながらもツアー・ファイナルだけあって、紹介されたメンバーそれぞれの演奏もアンサンブルも非常に完成されている。「Snow Crystal」 ではアコースティック・ギターが、「君になる」ではピアノが、「君が僕を想う夜」ではバイオリンが、フミヤの歌にカラフルなアクセントを与え、パフォーマンスを盛り上げていた。

　ラブソング中心の徹底した“クリスマス仕様”のライブに、オーディエンスは酔いしれる。と、思っていたら、フミヤにも“酔い”が伝染したのか、「Be with you」のイントロで「やべぇ、歌詞がない」とあわてて歌詞カードを探すシーンも。それでも間奏の白熱したバイオリン・ソロに、フミヤとバンマスの有賀は顔を見合わせてニッコリ笑顔になったのだった。

　ベテランのライブらしい安定感があるのはもちろんだが、その中に新しい音楽的な刺激を求めることを怠らないのが、フミヤの素晴らしさだ。この夜も、観客をうっとりさせながら、ミュージシャン同士が交わす火花がスリルを生んでいたのがさすがだった。
　その頂点が本編ラストの「Another Orion」だった。「俺たち、愛があるね。時間の経つのが速いもん」と言って歌い始めた「Another Orion」では、なんとミュージシャンたちがフミヤの歌に聴き入る。ミラーボールが輝く中でのそのシーンには、音楽が祝福するクリスマスという表現がピッタリだった。イヴには日本中のあちこちでクリスマス・ライブが行なわれていたが、フミヤのこのライブは間違いなく最高のものの一つだった。

　アンコールでフミヤは、2016年にニューアルバムをリリースし、ツアーに出ることを宣言。さらに「来年もイヴにここでライブやろうかな」。このセリフに、場内からひときわ大きな拍手が起こった。
　ステージの背後を覆っていたカーテンが開かれ、六本木の夜景が見える。武道館でのカウントダウン・ライブに代わる“年末恒例ライブ”が誕生しそうな予感に満ちた一夜だった。

【取材・文：平山雄一】
【撮影：Masanori Naruse】