? YOAKEという名義以外、プロフィールを明らかにしていない“正体不明のアーティスト”が、YouTubeとTikTokで公開した3曲の普遍のラブソングが早耳リスナーの間で注目を集めている。

　2020年12月4日に60秒のショート・バージョンを公開した「Sunny」は、その時点ではまだ誰にも知られていなかったアーティストの楽曲にもかかわらず、公開直後に1万回再生を達成。その4ヵ月後には7.9万回再生を超えてしまったと言えば、どんなふうに注目を集めているかがわかっていただけるだろう。

　「Sunny」はそんな反響に応え、年が明けて2月8日にフルバージョンが配信リリースされたわけだが、その前後――1月1日に公開した「Marry me」、そして3月19日に公開した「ふぁなれない」は、4月時点でそれぞれ4万回再生、3.2万回再生を突破。多くのリスナーが、この正体不明のアーティストが作る楽曲を求めていることが窺える。

　現在の音楽シーンではボーカリストとコンポーザーからなるユニットが大人気だが、楽曲ごとに声が違う。これはボーカリストを変えているということなのか。そんなYOAKEの自由度の高いその楽曲作りのスタイルも話題になりそうだ。しかし、なぜYOAKEの曲が多くのリスナーに歓迎されたのかと言えば、曲の良さはもちろんのこと、その曲が冒頭に書いたとおり普遍のラブソングであることと、耳にやさしいアコースティック・サウンドであることが理由として大きいと思う（もちろん、「Marry me」の橘ひと美、「ふぁなれない」の都丸紗也華といったMVに出演している美少女たちの効果も忘れることはできないが）。



　「Sunny」はオープン・コードの響きが印象的なアコースティック・ギターによる弾き語りのバラードだが、吐息混じりのボーカルで歌われるのは、同棲していたカップルの別れと、それでもなお断ち切れない＜キミ＞への思い。リズミカルでシンプルなポップ・ナンバーの「Marry me」に込めたのはタイトルが物語るとおり、＜君＞に誓った永遠の愛だ。そして印象的なリズム・アレンジ、大胆な転調、ラップを思わせる早口のボーカルが前の2曲よりもエキセントリックな「ふぁなれない」で表現しているのは、友達以上恋人未満の関係に悶々としながら日々募らせる恋心。



　古典的とも言えるそんなテーマを2021年の今にふさわしいものにしているのが、「ふぁなれない」に見るユーモラスなセンスの言葉遣いだ。曲のタイトルにもなっている＜ふぁなれない＞（＝離れない？）＞、＜そばりたい（＝そばにいたい？）＞、＜ともりたい（＝ともにいたい？）＞というこの曲のキラーワードが、主にSNS上で、語感に加え字面のおもしろさも楽しむ現代の新しい言葉の使い手たちの遊び心を刺激したことは想像に難くない。誰もが共感できるという意味で、あえて古典的と表現したが、そういうテーマもセンスひとつで新鮮なものに変えることができる。YOAKEは「ふぁなれない」でそれを見事に証明してみせたのだ。
　YouTubeのコメントでもすでに指摘されているとおり、文字に起こした歌詞の上では、＜愛ごと暮らしおニュー＞＜愛、夢想、いつ言う？＞というちょっと意味不明なフレーズがメロディに乗ると、＜I got crush on you（＝君に首ったけ）＞＜I’m so into you（＝君に夢中なんだ）＞と聴こえる仕掛けも洒落がきいていておもしろい。エキセントリックな曲調に合わせ、歌詞でも徹底的に遊んだようだ。

　YouTubeの各曲に寄せられた視聴者のコメントからは、YOAKEが描き出したテーマ的には決して新しいものとは言えない恋愛の風景に胸を打たれた人が少なからずいることが窺える。それはやはり人と会えない、そして、密な関係を作ることができないコロナ禍の時代の空気と関係があるようにも思える。
　その意味で、YOAKEが作る普遍のラブソングは、まさに今の時代を象徴しているとも言えるのではないか。それを意識しているのか、いないのかはわからないけれど、夜明けを連想せずにはいられないYOAKEというアーティスト名も、それを希求する今の気分にぴったりではないだろうか。

　バラードからエキセントリックなポップ・ソングまで、それぞれに趣向を凝らした3曲が期待させるのは、さらなる曲調の広がりと歌詞における遊び心だが、「ふぁなれない」に続く新曲もすでに制作しているという。
　楽曲ごとに変わる歌声は、「Sunny」「Marry me」「ふぁなれない」では繊細な歌声を持つ男性ボーカリストを起用しているように思えるが、それだけに限定しているわけではないのだろう。最初の3曲がたまたまそうなっただけで、ひょっとしたら男性だけにこだわっているわけではないかもしれない。

　それも含め、これからYOAKEがどんな曲をこの時代に生み出すのか、とても楽しみにしている。

【文：山口智男】