オーケストラをバックに歌う“藤井フミヤ　プレミアム・シンフォニック・コンサート”ツアーは、この日、ファイナルを迎えた。開け放たれたステージには、たくさんの楽器と椅子がところ狭しと並べられている。天井が高く、バルコニー席のあるオーチャードホールは、クラシックの殿堂の雰囲気を漂わせ、普段と勝手が違うセッティングに、開演前の客席にはかなりの緊張感が漂っていた。

　東京フィルハーモニー交響楽団のメンバーが位置に付き、演奏が始まると、その緊張はさらに高まる。だが、聴きなれたフミヤのメロディが織り込まれた「序曲　overture」が終わる頃には緊張は緩み、大きな拍手が起こった。そこに燕尾服姿のフミヤが登場。いつもと少し異なるものの、オーディエンス は“オーケストラのフミヤ”を聴く準備が整う。フミヤがマイクの前に立つと、「TRUE LOVE」のイントロが始まった。

　あの有名なアコースティック・ギターのイントロが、ピッコロやグロッケンシュピール(鉄琴)で奏でられる。繊細なオーケストラのサウンドがメロディの美しさを際立たせると、それを受けてフミヤは音の一つ一つを力強く丁寧に歌い上げる。サビのヤマである♪ 君だけしかいなくて♪というフレーズをしっかりと歌うフミヤは、オーケストラもオーディエンスもリードする自信に満ちあふれていた。この１曲でオーディエンスは、フミヤと一緒に踊ったり叫んだりという普段のスタイルとは違うコンサートの楽しみ方を理解したのだった。

　2013年の伊勢神宮の式年遷宮のために書いた「鎮守の里」は、和楽器の笙(しょう)などをオリジナルでは使っていた。笙は複数の管を同時に鳴らして和音を奏でる楽器だが、その音の一つ一つをバイオリンに置き換えて、オリジナルとはまた別の 「鎮守の里」が流れ出す。オーケストラ・ライブならではの美しさに、オーディエンスはじっと聴き入った。

「デビューして30年になるけど、こんなにシーンとしたコンサートは初めてです(笑)。ワーとかキャーとかフミヤ―とか叫ぶ声がない。でもこれはこれで、皆さんの興奮は空気感で伝わって来てますよ。静かに盛り上がって下さい。次は『大切な人』という歌です。それぞれの大切な人を思って聴いて下さい。僕も人数分の大切な人を思い浮かべて歌います」

　オーケストラの音は生音で、フミヤのボーカルだけがマイクを通してPAから流れてくる。オーケストラの最大音量と最小音量の差は大きく、だから普段の大音量のライブでは味わえないダイナミクスが快い。「大切な人」でもその良さが充分に発揮されていた。

　休憩をはさんで、後半ではさらにオーケストラとフミヤの共演が深まっていく。「Another Orion」は、もともとの美メロがオーケストラによってさらに美しく響く。

　ここで指揮者の大友直人とフミヤのトークタイム。
「最初のリハのとき、緊張し過ぎて『TRUE LOVE』を２番から歌ってしまった。そういうとき、バンドだったら止められるけど、オーケストラではそうはいかない。いろんな緊張がありますよ」(フミヤ)
「オーケストラ、止めましょうか？(笑)」(大友)
「いやいやいや(笑)。このコンサートも今日で最後ですね」(フミヤ)
「フミヤさんは、また戻ってきますよ」(大友)
「またやりたいですね」(フミヤ)

　“主役”の二人は、楽しい会話の中にも名残惜しさを漂わせる。ゴスペル・タッチの「トワイライト」、ミュージカルのような「わらの犬」など、フミヤの持ち味とオーケストラの融合がさまざまな形で現われる。

　本編最後は「Go The Distance」。♪目を閉じて　耳を澄まし　心の扉　開いたのさ　夢を見る　遥か遠くに　僕を待ち続ける 　場所があるよ♪というリリックは、今回のフミヤのチャレンジのことを歌っているように聴こえた。フミヤはこのコンサート・ツアーで、新しい扉を開いた。

　アンコールでフミヤは、「この機会をいただいて、ボーカリストとしてちょっとだけ上手くなったような気がします。また必ずやれる日が来るように、頑張ります」と礼儀正しく挨拶した後、「皆さん、とっとと土曜日の渋谷の街に散ってください。また遊ぼうぜ！」とイタズラっぽくライブの終わりを告げた。30周年を超えて、フミヤは進化し続けている。

【取材・文：平山雄一】