チリヌルヲワカの10周年記念ツアー「ありが10祭」の初日だ。
　４月にリリースされたニューアルバム『アヲアヲ』は、10年を経たバンドにふさわしく、非常に練られた内容を持っていた。ボーカル＆ギターのユウの感性があふれるままのメロディは、このバンドの第一の特徴だが、その奔放な流れを上手く伝える方法をついに発見したと思われるバンド・アレンジがなされていた。その発見はライブでも活かされていて、テクニシャン揃いのこのバンドが、音源でもライブでもトップレベルの伝達力を手に入れたのだ。
　『アヲアヲ』発売直前のライブ＠新宿MARZの時、僕は「上手いミュージシャンが、必要最低限の音を集中して演奏したときの快感がMARZのフロアを包み込む」とレポートした。だから今日のライブは、その充実した力を全国に届ける最初の一歩になる。期待して臨んだ。

　会場の明りが落とされ、ユウ、ギターの坂本夏樹、ベースのイワイエイキチ、ドラムの阿部耕作がステージに登場する。最初に４人でガツンと楽器を鳴らして、阿部がハイハットでカウントを刻むと、怒涛のライブが始まった。１曲目は『アヲアヲ』からの「陰日向」だ。ニューアルバムの中でも屈指の難曲。特に歌とバンドのアンサンブルがデリケートで、リズムも音程も一瞬でも 甘くなったら成り立たない。それをオープニングに持ってくるとは大胆な！　しかしそれはバンドの自信の表われなのだと、すぐにわかった。チリヌルヲワカは見事に「陰日向」を表現し切り、そのまま自分たちの音楽世界に没入していく。

　歌も演奏も、無駄は一切ない。互いの音を聴きながら、きちんと“音の隙間”を作っていく。その隙間から、ユウのボーカルが立ち上がる。先のMARZライブより、さらに精度を上げている。緊張感の高いリハーサルをやり込んできたのが、手に取るようにわかる。同時にそのリハは、“チリヌルヲワカの音楽”を届けるという共通の目的を持って行なわれたのだ。

　完成度の高さを実感したのか、ユウが「ナッキー(坂本夏樹)、行っちゃってちょうだい！」と叫んでスタートした「芝居生活」からの４曲が凄かった。
　いきなり坂本がブルージーなフリースタイルのソロを取る。そこから一転してロックンロールの「芝居生活」に突入。ユウの歌うエキゾティックなメロディをサポートする３人のコーラスがいい。ギターソロも短く的確だ。安定感のあるドラム、その安定に音圧を与えるベース、豊富なアイデアから厳選したフレーズをコンパクトに奏でるギター、そこにアイスピックのようにメロディを突き立てるボーカル。続く「空蝉」のエンディングで、ユウが低音弦をスクラッチすると、あまりのスリルに息を呑んだオーディエンスは、一瞬静まった後、爆発的な拍手と歓声を贈ったのだった。

　途中に入る２拍３連のパートがトリッキーな「印-しるし-」も、スムーズなのでトリックを感じさせない。ユウと坂本のギターバトルも見事だった。歌が凛としていたのは「ヨスガ」。“女が憧れる女”ユウの魅力が最大限に発揮されて、今、渋谷にいる女の中でいちばん男前なのは間違いなくユウだ。

「どうもありがとう。10年前にチリヌルヲワカを始めてから、今日で10年目です」とユウ。あまりに当たり前なひと言に、坂本が「え~っ！」と突っ込みを入れると、客席から笑いが起こる。

「10年間、きっちり活動してきてないじゃんって言う人もいるけど、私は１日たりともチリヌルヲワカを忘れたことはなかった。だからブランクはないと思ってる。いろいろ困難もあったけど、メンバーといつでも楽しく笑っていられた。それがチリヌルヲワカのいいところ。それを支えてくれたスタッフと、ここに来てくれた皆さん、ありがとう。・・・あれ？　スピーチみたい？？　私はこんなスピーチもできるんですよ」と、珍しく照れたユウがそこにいた。普段のライブでは独特のオフビートなシャベリで笑わせるユウだが、ニューアルバムで得た自信に裏付けられ て、堂々と“感謝のスピーチ”を終えたのだった。

　そこから、さらに集中を切らさずにチリヌルヲワカは突っ走る。ユウはユウらしく、阿部は阿部らしく、イワイはイワイらしく、坂本は坂本らしくあることでチリヌルヲワカは輝く。バンドの理想とする境地に達した110分間だった。

　その理想は、たとえば本編ラストに演奏された「アヲアヲ」だった。８分音符の刻みを基にしたこの曲は、誰でも演奏できるシンプルなものだが、チリヌルヲワカの４人が演奏すると唯一無二のポップになる。これを最後に持ってきたのも、また、バンドの今の自信が為せるワザだ。

　この日からチリヌルヲワカは全国10カ所を巡り、後夜祭として初めてライブを行なった下北沢CLUB251(７月31日)でツアーを締めくくる。“チリヌルヲワカらしいチリヌルヲワカ”は、今、必見だ。

【取材・文：平山雄一】
【撮影：yasuyuki kimura】