吉澤嘉代子 2日間、全41曲を披露した、人生を共に体験したような濃密な二夜
吉澤嘉代子 | 2018.06.28
2日間に渡って行われた『吉澤嘉代子の発表会』。初日は<子供編>、翌日は<大人編>ということで、最新曲「ミューズ」以外は1曲も被ることないセットリストがそれぞれのテーマに沿って組まれていた。トータルで41曲。空想や妄想を自在に操って無邪気に音楽へと昇華させた<子供編>と、童心の中に実はずっと共存していたもう一人の自分が顔を出したような<大人編>。2日間のライブを見終えた時、たくさんの楽曲をライブで聴けて嬉しかったと心から思えた一方で、発表会ではなく、彼女の心の卒業式に立ち会ったような感覚に包まれて涙が止まらなかった。
「未成年の主張」で幕を開けた初日の<子供編>。13歳になった彼女が「ざっと1500人ぐらいが見てくれているつもり」(笑)で、部屋の壁に向かって発表会ごっこをしているという設定だ。まずは「魔女修行をしていたら、飼ってる犬の言葉がわかるようになったの!」と、人間の言葉を話す白い犬のウィンディを紹介。「子犬の頃、人間の言葉を喋っちゃいけないって教わったけど、嘉代子ちゃんに追い詰められるストレスに耐えきれなかったから遂に喋ってしまったよ(笑)」と、子供時代の実際の思い出やら夢やらが入り混じった状態で、発表会ごっこのストーリーが展開していく。「ブルーベリーシガレット」ではセーラー服のような衣装でサングラスをかけ「ヨロシク!」とツッパってみたり、「逃飛行少女」では、唐草模様の風呂敷包みを背負った家出娘に扮して客席後方から現れテルミンを演奏したりと、今日も愛らしいサプライズをちりばめてくれている。
ストリングスの音色がエモーショナルだった「うそつき」、“ど”ファンキーなグルーブで圧倒した「なかよしグルーヴ」、グロッケンが流れ星のように煌めいていた「キルキルキルミ」や「ひょうひょう」など、サウンド面の魅力ももりだくさんだ。「ラブラブ」では今回のバンマスであるsugarbeansのピアノをバックに、思いの丈を込めた歌声を丁寧に響かせた。
「ウィンディ、私ちゃんと生きていけるかなぁ。大人になるのが怖いよ。大人になってもそばにいてくれる?」
「うん、約束するよ」
「じゃあ、大人になった私にこの手紙を渡してほしいの」
一通の封筒を託すと、ミラーボールに導かれるように曲は「movie」へ。お別れの時が近づいていることをにじませながら「泣き虫ジュゴン」へと続き、弦の響きを最大限に生かしたアンサンブルで景色を描いていく。小さな叫びか泣き声なのかわからなくなるような歌声に、胸が苦しくなった。雪解けの季節の中での決意を歌った「雪」で本編を終えると、アンコールでは“人生の傷跡を肯定する”というこれまでにない視点と力強さを持った最新曲「ミューズ」と、すごく久しぶりだという「ひゅるリメンバー」を披露。胸を張って、だけど肩の力は抜いて、明日が待ち遠しく思えるような気分にさせてくれた初日のエンディングだった。
「綺麗」でスタートした2日目の<大人編>は、発表会ごっこをしていた13歳の吉澤が実年齢の28歳になり、“大切な友達”ウィンディとの再会するシーンから。発表会ごっこをしていたことをすっかり忘れてしまっている吉澤に向かって、ウィンディは「当時は嘉代子ちゃんの精神状態が心配だったけど(笑)」と振り返りつつ、今日はこんなにたくさんのお客さんが来てくれたこと、またこうして会えたことを喜んだ。
「毛」という文字だけが演奏中ずっとスクリーンでグルグル動き回るというシュールな演出だった「ケケケ」は、この日も客席が総立ちになって振り付けを楽しむ。キラキラの銀テープを客席に向かって放った「月曜日戦争」、お得意(!?)のマジックで始まる「手品」など、発表会ごっこ(という設定)だった昨日とは違い、しょっぱなからどんどん客席を巻き込んでいく。中盤はアコースティックギターを弾きながら言葉をしっかりと伝え、「ユートピア」では吉澤のエレキギターとストリングスチームによる混沌かつノイジーなイントロ部分も再現。バンドも急速に熱を上げていき、「ちょっとちょうだい」、「麻婆」、「地獄タクシー」ではビッグバンド風のサウンドと怪しげなムードで会場を盛り上げていった。その後は一転、聴き手の心の中で静かに絵筆を滑らせるように「人魚」、「ぶらんこ乗り」の世界観を描いていく。映画でも小説でもなく、音楽という目に見えないものだからこそ作り上げることが出来る景色を堪能することが出来た。
「大切な用事を忘れていたよ。これね、子供の頃に嘉代子ちゃんが「大人になった私に渡して」って託した手紙。覚えてる?」とウィンディ。<子供編>で登場したあの封筒が登場し、そっと封を開ける吉澤。
「大人になった私へ。私は今、誰かに会いたいのに、それが誰なのかわかりません。でも本当はわかっています。ぴかぴかに輝く未来のあなたに会いたいのです。その時はどうか私を迎えに来てください」
<子供編>の最後に「雪」という曲で「迎えはいらない」と歌った13歳の時の自分と、28歳になった自分の時間が手紙を介して交差する。読み終えると、彼女は大きくひとつ息を吸って「一角獣」を歌い始めた。これまで何度もライブで聴いてきたけれど、この曲は、今夜この瞬間のために書かれたのではないかと思えるくらい絶対的だった。彼女の15年間、いやその前からの28年間をずっとそばで見つめてきたような気持ちにさせられるほど、その場所にいたすべての人の心が、彼女の歌と共鳴していたんじゃないかと思う。<大人編>本編の最後はたぶんこの「一角獣」であり、セットリスト上の最後である「ストッキング」は、子供編と大人編に分けて振り返ってきた彼女の<少女時代>そのものを締め括る1曲のように思えてならなかった。
MCで「本当に大事な、自分の歴史に残るような2日間でした」という言葉もあったアンコール。ロングヒットを続けている「残ってる」、最新曲「ミューズ」、そして会場を見渡しながら「東京絶景」の3曲が披露されたが、もちろん拍手は鳴り止まない。ダブルアンコールで「23歳」のイントロをひとりアコギで弾き始めると、「嘉代子ちゃん! 僕も一緒に演奏していい!?」と再びウィンディが登場。ちゃんと爪も切って(笑)、自前のトイピアノも持ってきたよというウィンディと2人、お客さんの手拍子に合わせて演奏する姿は本当に楽しそうだ。想像以上にアグレッシブなウィンディのプレイに、客席からはクスクスと笑いも起こってとてもハッピーなムード。子供の頃に彼女が飼っていた愛犬・ウィンディが本当にそこにいるようだったし、彼女はきっと、魔女修行をしながらこんな日が来ることを本気で願っていたんだろうなと思える景色だった。
「嘉代子ちゃん、また一緒に演奏しようね。――バイバイ」
そのひと言を聴いた瞬間、あんなに嬉しそうだった彼女が全身で泣いているように見えた。本当にウィンディがいたと感じられたからこその喜びなのか、お別れを告げられたような悲しみからなのか、もちろん真意はわからない。そのウィンディと過ごし、彼女の創作の原点になってきた少女時代は消し去るものでも封じ込めるものでもないけれど、この発表会をやり終えたことで、ひょっとしたら彼女の気持ちのどこかに句読点の「。」が付いたような感覚もあったのではないだろうか。最後の挨拶の言葉はまだ少し震えているようだったけど、奇跡のような時間を共に過ごしたオーディエンスを見つめる表情はとてもとても幸せそうだった。
この日のアンコールで発表されたが、秋にはニューアルバムをリリース予定。さらに来年2月からは、全国7都市をまわるツアーも決定している。
【取材・文:山田邦子】
【撮影:山川 哲矢】
リリース情報
ミューズ
2018年06月13日
日本クラウン
02.おとぎ話のように
セットリスト
吉澤嘉代子の発表会
2016.06.16-17@国際フォーラム ホールC
-
2018.06.16
- 01.未成年の主張
- 02.恋愛倶楽部
- 03.美少女
- 04.チョベリグ
- 05.らりるれりん
- 06.ブルーベリーシガレット
- 07.ひゅー
- 08.ユキカ
- 09.うそつき
- 10.なかよしグルーヴ
- 11.逃飛行少女
- 12.キルキルキルミ
- 13.ひょうひょう
- 14.えらばれし子供たちの密話
- 15.ラブラブ
- 16.movie
- 17.泣き虫ジュゴン
- 18.雪 【ENCORE】
- EN 01.ミューズ
- EN 02.ひゅるリメンバー
- 01.綺麗
- 02.ねえ中学生
- 03.ケケケ
- 04.月曜日戦争
- 05.手品
- 06.化粧落とし
- 07.がらんどう
- 08.ジャイアンみたい
- 09.ユートピア
- 10.シーラカンス通り
- 11.ちょっとちょうだい
- 12.麻婆
- 13.地獄タクシー
- 14.人魚
- 15.ぶらんこ乗り
- 16.一角獣
- 17.ストッキング 【ENCORE】
- EN 01.残ってる
- EN 02.ミューズ
- EN 03.東京絶景 【W ENCORE】
- EN 04.23歳
<子供編>
2018.06.17
<大人編>
お知らせ
前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー~開花宣言2~ <ソロ対バン篇>
07/12(木) 京都・磔磔
「清 竜人」 歌謡際
08/26(日) キネマ倶楽部
BAYCAMP 2018
09/08(土) 川崎市東扇島東公園・特設会場
上田平和音楽祭2018
09/23(日)上田市サントミューゼ大ホール
吉澤嘉代子 ツアー2019
[2019]
02/10(日)福岡 都久志会館
02/15(金)NHK 大阪ホール
02/17(日)BLUE LIVE 広島
03/03(日)チームスマイル・仙台PIT
03/06(水)名古屋市芸術創造センター
03/10(日)Zepp 札幌
03/17(日)東京 昭和女子大学人見記念講堂
※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。