ボカロPユリイ・カノンが向き合う“生と死”――『人間劇場』からひもとく

ユリイ・カノン | 2021.03.05

 「だれかの心臓になれたなら」「おどりゃんせ」「スーサイドパレヱド」など、触れたが最後病みつきになってしまう楽曲を次々と生み出しているボカロPのユリイ・カノンが、3月3日にメジャー1stアルバム『人間劇場』をリリース。書き下ろし曲「御気ノ毒様」、ウォルピスカーターに提供した「キャスティングミス」やTHE BINALYに提供した「花に雨を、君に歌を」のボーカロイドバージョン、代表曲の新規アレンジバージョンはじめ、時に毒々しく、時に刺々しく、時に美しく“人間”を描く無比の感性は、聴き手をとらえて放さない。作品のことはもちろん、そのルーツや彼を創作に向かわせる原動力、“生と死”に向き合い続ける理由も探った。

――独創的で退廃的、中毒性の高い音楽を生み出し続けているユリイ・カノンさん。どんなバックボーンがあるのでしょうか。
ユリイ・カノン:人付き合いがあまり得意ではなかった僕の少年時代は、なかなかに暗いもので(苦笑)。人と関わるよりは、ひとりで本を読んだり、音楽を聴いたりすることが好きだったんですよ。中でも愛読していたのは芥川龍之介や太宰治の小説で、よく妄想に耽っていたりもしました。発表をするわけではないものの、やがて自分で物語を書くようにもなって。僕がこれまで生んできた楽曲は、そうした少年時代に形成された世界観を受け継ぐものになっていると思います。
――音楽は、どんなジャンルを好んで聴いていたのでしょう。
ユリイ・カノン:海外のヘヴィメタルを中心に、とにかく激しい音楽ばかり聴いていました。純文学を読みながらメタルを聴くってだいぶアンバランスですけど(笑)、攻撃的な音楽は自分の鬱屈した心情を代弁するものでもあったんです。その後、自分で音楽をやりたいな、と思うようになった僕に、楽器をやっていた親がギターや教則本を与えてくれて。
――そこから、ギターにはまっていったわけですか。
ユリイ・カノン:それが、あまりうまくならないままに、楽器がなくても音楽を組み立てていけるDTM(パソコンを使用して音楽を作成編集すること)に出会いまして。とはいっても、最初はちゃんと曲を作るということではなく、単なる暇つぶしくらいな感覚だったんですけどね。高校生になってバンドを組んだときに、「オリジナル曲をやりたいよね」っていう話になったんですよ。
――「人付き合いがあまり得意ではなかった」というユリイさんが、バンドを組んだわけですか。
ユリイ・カノン:そうなんです。当時もボーカロイドの存在を知ってはいたんですけど、あまり乗り気じゃなかったというか。そのころには90年代のJ-POPやバンドの曲を中心に聴くようになっていたので、人付き合いは苦手だけど音楽をやるならバンドかな、じゃあ軽音楽部に入ろう、っていう流れからバンドを組みました。で、ほかに作曲ができそうなメンバーがいなかったから、僕が作ることになったんです。
――なるほど、ユリイさんの音楽にバンドっぽさ、キャッチーさがあるのは、90年代を席巻したJ-ROCKや J-POPを吸収しているからなのですね。
ユリイ・カノン:10代のころに吸収したものが自然と自分の音楽ににじんでいるんだろうし、キャッチーさは意識していることでもあって。自分が口ずさんでみて気持ちいいかどうか、これは重要視しています。
――ちなみに、ボカロPとして歩むようになったきっかけというのは?
ユリイ・カノン:組んでいたバンドが解散して以降、しばらく音楽から離れていたりしたんですけど、音楽をやりたい気持ちはあったんですね。だったら、ボーカロイドで曲を作ってネットに上げてみよう、って思ったんです。
――2016年5月に「或いはテトラの片隅で」を初投稿して以降、多くの楽曲が“歌ってみた”動画として投稿され、リスナーが増え続けていくことになるわけですが、そうした現象はどうとらえていたのでしょうか。
ユリイ・カノン:自分が生み出した曲がひとり歩きしていく感じっていうのは……気持ちがいいもので(笑)。それこそ、「この曲は知っているけど作ったユリイ・カノンは知らない」でも、僕は全然いいんですよ。自分自身の思想や自分なりの世界観は作品に込めているわけで、その作品が世に羽ばたいていくのは作り手としてなにより幸せなことだな、と思っています。
――3月3日には、メジャー1stアルバム『人間劇場』がリリースされました。メジャーでのリリースについては、どんな想いがあるのでしょう。
ユリイ・カノン:前作『Kardia』(2018年リリース)は、自主で勝手に出したものでしたから(笑)……メジャーでちゃんと認められてリリースできるんだ、っていう嬉しさみたいなものは、今回はやっぱりあります。取り扱っていただける店舗も増えて、より多くの人に届けられるようになる、というのはありがたいことです。
――『人間劇場』は、タイトルのごとく人間の持つさまざまな感情が渦巻き、聴き手を揺さぶってくる作品。ユリイさんは“生と死”に対峙し続けているんだな、ということもあらためて感じます。
ユリイ・カノン:自分が思い浮かんだことを書き綴った、随想録のような作品になったわけですけど……学生時代、身近な人の死を、おそらく人よりも多く経験しまして。歌詞を書くとき、その影響はどうしてもあると思います。辛いことがあれば、死にたい、と思うことだってある。でも、生きていればなにかいいことがあるかもしれない、という想いもあるんですよ。
――だから、ユリイさんの書く歌詞は刹那的だったり、絶望的だったりしても、光を見失ってはいないと感じられるし、悩みもがく人にとっての拠り所であり、救いでもあるのですね。
ユリイ・カノン:聴く人それぞれ、絶望に共感したり、希望を見出したり。そうなっていたらいいな、と思います。
――書き下ろし曲「御気ノ毒様」は、ユリイ・カノンさんらしい、毒々しいのにキャッチーで、韻踏みや言葉遊びもちりばめられたナンバーになっていて。
ユリイ・カノン:ストレスのはけ口、的な曲でもあるんですけど(笑)。日本語が好きなので、どうしても韻踏みや言葉遊びをしてしまいつつ、不満たらたら、自虐的でもある歌詞になりました。
――<誰か手放しで肯定して>というフレーズも、刺さります。
ユリイ・カノン:承認欲求って、誰しもが心の内に持っているものだと思うんですよ。僕自身、どんなに人からほめられても満足することはなくて、自分はもっとできるはず、こんなものでほめてもらったら申し訳ないな、って思っちゃうところはあって。もっといいものができる、って常に思いながら作品作りを続けていたりはします。
――その想いが、原動力にもなっているわけですよね。
ユリイ・カノン:そうですね、うん。完璧だと思えるものができたら、それ以上のものは作れないだろうし、創作活動を続けていけないと思うので。
――これまで、ものを生み出すことから逃げたくなったこと、心折れそうになったことはないのでしょうか。
ユリイ・カノン:『Kardia』を出したとき、いろいろな人に自分の音楽を聴いてもらえたし、いったん終わりにしてもいいのかな、と考えたことはあります。でも、ちょうどそのころに作曲依頼を多くいただくようになって。しばらくボーカロイドの音楽に傾倒していた自分としては、久々に人間が歌うことを意識して曲を作るのが新鮮だったんですよ。ボカロでできないことが人間にできるし、人間にできないことがボカロにできるし。交互に表現していくことで、創作意欲がまた湧いてきたんです。
――『人間劇場』には、ウォルピスカーターさんに提供した「キャスティングミス」、THE BINALYに提供した「花に雨を、君に歌を」のボーカロイドバージョンも収録されていますが、ほかのアーティストへの楽曲提供を行うことで、新たな発見もあるのでしょうか。
ユリイ・カノン:ほかの個性と混ざり合うことで、それまでにはなかった発想が生まれたり、刺激を受けたりすることも、確かにありますね。一方で、提供する曲ですら歌詞に自分の楽曲と共通する世界観を盛り込んでみたりもして。「花に雨を、君に歌を」なんかは“音楽”をテーマにした曲だったので、自分のことを書くのが表現として美しいのかな、と思って自分の曲のフレーズを盛り込みました。
――聴き手としては、そうしたリンクもまた、楽しいものです。それから、「スーサイドパレヱド」「おどりゃんせ」「だれかの心臓になれたなら」のリテイクバージョンも収録されていますが、その意図というのは?
ユリイ・カノン:再生数が多い曲たちでもあり、自分にとっても好きな曲たちなので。今回はバンド演奏で、今できる最上の形で、あらためて聴いてもらいたかったんです。
――中でも、作品の最後を飾る「だれかの心臓になれたなら」の圧倒感といったらもう。<だれかの心臓に>というフレーズも、<生きていたい>ともがく様も、強烈に刻まれます。
ユリイ・カノン:「だれかの心臓になれたなら」は、曲ができたときから、アルバムの最後の曲にしよう、と思っていたんですよね。実は、「或いはテトラの片隅で」の前、2015年11月に“ユリイ”名義で投稿した「あしたは死ぬことにした」の作者コメント欄に「誰かの心臓になれたなら。」って書いて、「ベロニカ」の歌詞にも<誰かの心臓になれたなら>というフレーズを入れていて。先ほど、「学生時代に身近な人の死を経験した」と話しましたけど、友人を心臓の病で亡くしているということもあり、“心臓”という言葉は自分の中での重要なキーワードになっているんです。すべての楽曲の根底にある、“生きる理由”にあらためて向き合ったこの曲は、一番僕を表現している曲でもあります。
――作品を手に取る方には、ユリイさんの数々の動画イラストを手がけてきた片井雨司さんが美麗なイラストで彩っているジャケット、装丁に至るまで、堪能してほしいですね。
ユリイ・カノン:シンプルだった『Kardia』のジャケットから一転、『人間劇場』のジャケットはギラギラしているというか(笑)。人間の内側の醜さや美しさをごちゃごちゃにしたような世界観を、片井雨司さんに見事に表現していただけたので、アートワークも含め、作品の隅々まで楽しんでいただけたら幸いです。
――『人間劇場』が完成したばかりですが、新たな表現欲求が芽生えていたりもするのでしょうか。
ユリイ・カノン:すでに、もっといいものを作りたいな、作れるぞ、っていう気になるくらい、創作意欲にあふれていたりはします。今、月詠みというバンドもやっているんですけど、2021年は次のボカロアルバムのことを考えつつ、バンド活動もしつつ、という1年になるんじゃないかなと。「ボカロでできないことが人間にできるし、人間にできないことがボカロにできる」というのと同じで、ボカロだからできること、バンドだからできること、がありますからね。甘いものを食べたらしょっぱいものを食べたくなるのと一緒で……。
――楽しい無限ループが生まれますね(笑)。
ユリイ・カノン:そうそう(笑)。無理せず健康であることというのは第一で、うまく両方と付き合っていきたいな、と思っています。

【取材・文:杉江優花】





【XFD】人間劇場 / ユリイ・カノン

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リリース情報

人間劇場

人間劇場

2021年03月03日

ポニーキャニオン

01.人間らしい
02.スーサイドパレヱド(retake)
03.対象x
04.少女地獄
05.傀儡マイム
06.ネクロポリス
07.花に雨を、君に歌を
08.御気ノ毒様
09.ツクヨミステップ
10.あしゅらしゅら
11.キャスティングミス
12.おどりゃんせ(retake)
13.シアトリカル・ケース
14.だれかの心臓になれたなら(retake)

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