ボカロP・ツミキが提示する音楽からわかる美学と信念について

ツミキ | 2021.02.12

 2017年12月に初めて動画投稿した「トウキョウダイバアフェイクショウ」がいきなりニコニコ動画の殿堂入りを果たして以来、群雄割拠のボーカロイドカルチャーの中でも異端の存在として注目を浴び続けているボカロP・ツミキ。2021年2月3日にリリースした初のフルアルバム『SAKKAC CRAFT』は、とんでもなく情報量の多いトラック、その中から突き抜けてくる美しいメロディ、繊細な感性と独自の言葉選びが光る詞世界、細部までこだわったジャケットビジュアル&歌詞カードデザインに至るまで、ツミキをとことん堪能できる作品だ。彼にとって初だというインタビューにて、その音楽ルーツやクリエイターとしての美学、信念に迫る。

――初のフルアルバム『SAKKAC CRAFT』、リスナーの方から多くの反響があるのではないでしょうか。
ツミキ:はい、ありがたいことに。形となった自分の作品を誰かに手に取っていただけるっていうことがまず嬉しいし、音源そのものはもちろん、CDジャケットや歌詞カードなど、ひとつひとつこだわって作ったものへの理解を示してもらったり、いろいろな感想をいただけたりすることに、とても感動しています。
――ツミキさん自身、インターネット上やサブスクで音楽を楽しむことが当たり前な世代だと思うのですが、形あるものにこだわりたい理由は?
ツミキ:ライブハウスを経営する祖母はじめ、なにかしらの形で音楽に携わっていた親戚が多かったので、幼少期から音楽は自分にとって身近なもので。父親が車でかけるCDの歌詞カードをこっそり見ていたりもしたし、お小遣いをもらえるようになってからは、CDショップに行ってジャケ買いをするっていう楽しみを見つけた僕としては、インターネット上やサブスクで音楽を楽しむことが当たり前な今だからこそ、敢えて形あるものとして自分の音楽や表現を提示したい、という欲求をずっと持ち続けていたんです。
――なるほど。そういう環境にいれば、自ら音を奏でることへの興味も自然と沸きそうです。
ツミキ:最初に触った楽器はエレクトーンで、3、4歳のころから習っていました。発表会で演奏する楽曲の楽譜には「番号1番の音色で演奏してください」と書いてあったんですけど、「どうしても4番の音色で演奏をしたい!」って言った僕を、先生が否定せずにほめてくれたんですよ。楽譜通りに弾かなくていいんだ、ルールに縛られなくてもいいんだ、っていう音楽の自由な楽しみ方を認めてくれた先生には、本当に感謝しています。
――幼くして開花していたツミキさんの感性も、それを大事にしてくれた先生も、素晴らしい! 両手両足で上鍵盤、下鍵盤、ペダル鍵盤を操り、さまざまなリズムや音色を重ねて鳴らすこともできるエレクトーンに幼少期から慣れ親しんだからこそ、鮮烈な鍵盤アレンジや複雑で情報量の多いトラックが生まれるのだな、という納得もできます。
ツミキ:確かに、右手でメロディを、左手でコードを、足でベースを弾くことで、自然とアンサンブルを理解できるようになったのかもしれません。
――そうした土台があった上で、音や言葉を紡いで自己表現をしたいと思うようになったきっかけ、影響を受けた存在というと?
ツミキ:父親の車でよくかかっていた曲を聴くうちに、自分の意志を吐露すること、なにかに抗うことの美しさを感じて、自分も同じフィールドに立ちたい、と思うようになったんですよね。小学校2年生でエレクトーンをやめたと同時に、ギターを買ってもらって、見よう見まねでコピーをして。中学生になるころにはすっかりロックにのめり込んで、パンク的なマインドを確立させていったんです。
――その流れだと、バンドを組んでいたこともあるのでしょうか。
ツミキ:あります。もちろん、バンドならではの楽しさとか面白さはあって。でも、ひとりの人間が生み出してすべてプロデュースするっていう純度の高い表現に、どうしても惹かれたんですよね。そのぶん、責任は重くなるわけですけど、それさえも背負いたいなっていう。
――2017年12月に初めて動画投稿した「トウキョウダイバアフェイクショウ」がいきなりニコニコ動画殿堂入りを果たして以降、新曲を発表するたびに自身の音楽が広がり愛され、多くのアーティストへの曲提供もされているツミキさんですが、これまでを振り返って転機や変化はありましたか?
ツミキ:一番の転機は、二十歳のときの自分を刻んだ「トウキョウダイバアフェイクショウ」。10代のころ、自分にとって音楽は遊び道具のひとつだったわけですけど、成人しても大人になれない苦悩を抱えていたときに、ボーカロイドで自分を表現してみたら、当時の王道の真逆をいくような自分の音楽が受け入れてもらえて。そのおかげで、今の自分があります。
――もともとバンドが好きで、バンド経験があるからでしょうか、コラージュアートのように音を切り貼りしながらも、無機質ではなくエモーショナルな仕上がりになるところも、ツミキさんらしさですよね。
ツミキ:自分が聴いたことのないようなものを追い求めて実験していくうちに、自然とそういう音楽になっていって。というのが、一番簡単な説明になります(笑)。
――歌詞に関しては、すぐには脳内処理できない難解さ、強烈な独自性が際立っているなと。
ツミキ:それが美しさなのかな、と思っていて。僕自身、自分が持っているものを助長するような共感ではなく、自分にないもの、容易く理解できないもの、未知の刺激がある表現のほうが気持ちよかったんですよね。音楽が第一優先、メロディにのせるものが歌詞だと考えているので、実を言うと言葉に関しては自分の管轄外、くらいの気持ちで書いてはいるんですけど、だからこそ自分の持っているものを出しやすいし、ルールなくこれまでにないようなものが生まれてくるのかもしれません。
――自らに深く向き合った末に生まれてくるのであろう、生きることの懐疑や苦悶、望みがにじむ言葉たちは、容赦なく聴き手を揺さぶるものでもあります。
ツミキ:昔から、どうしても自問自答をしてしまうんですよね。J-POPにおいては“共感”がひとつのテーマとなっているし、世の中は調和を図ったり、空気を読んだりすることでまわっているんでしょうけど、そういうものを遮断して、自分はこうだよな、って整理していくのが好きで。社会に呑み込まれずに自分を保っていたいし、刺激的なもの、新しいものを提示していきたい、という美学が変わらずにあります。
――ツミキさんの歌詞に、救われる人もたくさんいることでしょう。
ツミキ:そうであったら、嬉しいですね。学校だったり職場だったり、よくわからない理不尽なルールに縛られている人たちに向けた、“自分はこうだ、ってもっと言っていこう”、“流されずに生きることは美しい”という意味合い、メッセージも込めて歌詞を書いてはいるので。
――そんなツミキさんの美学や信念に貫かれた『SAKKAC CRAFT』は、音と言葉の渦に圧倒され、その過剰さが心地よく感じてしまう作品。「二十歳から三年間、これを作るためにやってきたと言っても良い。手作りの錯覚」という言葉を含むツイートもされていましたが、タイトルに込めた想い含め、どんな作品として世に送り出したかったのか、あらためて聞かせてください。
ツミキ:先ほども触れた“共感”の対極にあるのが、トリックアートのように固定概念を裏切る“錯覚”という言葉なのかな、と僕はとらえていて。こういう見方もできるよ、こういう答えもあるよ、っていう問いかけを今のJ-POPシーンにおいて自分はできるんじゃないか、って思ったんです。加えて、ひとりの人間が生み出した“CRAFT=手作り”のものだ、っていうことを提示したくて、“SAKKAC CRAFT=手作りの錯覚”と名付けました。ちなみに、全曲で30分ちょうどという収録時間も、僕のこだわりです。アルバムの曲順も、タイトルの字数が2曲ずつそろうように並べていたりするし、そういう誰にも伝わらないところにこだわるのが大好きで、楽しいんです。
――聴き手としても、触れるたびに新たな発見ができるという楽しみもあります。なお、これまで初音ミク以外のVOCALOIDで発表していた楽曲も、今作ではすべて初音ミク歌唱にリアレンジと新たなミックスを施した、その意図は?
ツミキ:「リコレクションエンドロウル」「ヒウマノイドズヒウマニズム」は初音ミク、「アノニマスファンフアレ」「トオトロジイダウトフル」はGUMI、「ニビイロドロウレ」「アングレイデイズ」は鏡音リンと、これまでタイトルの字数によって使用するボーカロイドを変えていたんですけど、アルバムを作るにあたって一貫性を持たせたくて。自分ひとりで作り上げたことのメタファーとしても、今回は全曲を初音ミク歌唱にそろえました。曲間もギチギチにした30分で、動画とはまた違った新たな表情も見えてくるんじゃないかな、と思っています。
――新たな気づきも得られる、目まぐるしい30分。本当に刺激的です。そして、リード曲は新曲「レゾンデイトル・カレイドスコウプ」。タイトル通り、定まらない存在理由を万華鏡に重ねているようにも感じる歌詞は、<何れだけ厭わしくても 忌み嫌い切っても 誰にも成れないのさ><幼い頃聴こえた声や 今にも掴めそうだった月は 本当は一つも無かったのかな>といったフレーズに胸が苦しくなるいっぽう、<何れだけ哀しくても 音が鳴止んでも 君が白紙に帰する迄 未だ手を繋ぎ合って居たいのさ>という願いに光を感じることもできます。
ツミキ:さまざまなしがらみにとらわれている人にとって、変化することは畏怖だと思うんですね。僕自身、この先全然違う曲調に挑んだり、全然違う形で音楽を発信したりするっていう可能性はあるわけで、変化に対しての畏怖はあります。でも、そういう自分自身を救済したいとも思っているし、どう変化していっても自分は自分なんだよ、っていうことも伝えたくてこの歌詞を書きました。
――肯定してもらうことで、新たな一歩を踏み出す勇気が出ます。また、アルバムの世界観を集約しつつ、ファンキーでダンサブルでカオスでキャッチーに仕上げたトラックには、さらなる進化を感じるなと。
ツミキ:ポップであること、人にとって美しいものであることも意識するようになってきたというか。今までは高速8ビートとか自分の好みに振り切った聴きづらいものを敢えて作ってきたんですけど(笑)、聴く人にとって血となり肉となるような、親しみやすい音楽も作っていけるんじゃないかな、という兆しを自分自身が感じていたりはします。
――そうやって枝葉を伸ばせるのも、幹が、芯が揺るぎなくあるからですよね。
ツミキ:かもしれないです。J-POP的なアプローチをしたら自分がなくなってしまうんじゃないか、って以前の自分なら思っていたんですけど、自分自身を確立できた、と今は胸を張って言えるので。
――作品そのものやここまでの発言にも、先ほど触れたツイートにあった、「掛け替えの有るものは作らない。宝物もごみにもならない音楽は、音楽ではない。その煩わしさや危うさを孕んだものが光ると僕は信じています」という言葉にも、表現者としての凜とした矜持を感じます。『SAKKAC CRAFT』の先に見据えるのは、どんな未来なのでしょうか。
ツミキ:僕は大阪北部で育ったんですけど、近くに(芸術家・岡本太郎が制作した)太陽の塔があって。芸術は真っ裸で勝負するもの、という岡本太郎さんの思想を僕も大事にしているんですよね。“人類の進歩と調和”をテーマに開催された1970年の大阪万博で、大屋根を突き破るようにしてそびえた太陽の塔。リアルタイムでは知らない僕もそのエネルギーに惹かれるし、そういう突き抜けた表現を今のJ-POPシーンで僕自身もしたいのかもしれません。
――新たな時代のシンボルとして。
ツミキ:そうありたいですね。自分を確立できた今、まだまだ体現したいことがあるし、いろいろなアーティストと混ざり合って化学反応を起こしていきたいな、という願望もあって。さまざまな音楽の楽しみ方を提示しながら、同世代だけでなく、悩みながら生きる人に、“自分を貫いていこう”ってこれからも伝えていきたいな、と思っています。

【取材・文:杉江優花】





ツミキ / TSUMIKI Full Album『SAKKAC CRAFT』All Trailer

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リリース情報

SAKKAC CRAFT

SAKKAC CRAFT

2021年02月03日

SME

01.トウキョウダイバアフェイクショウ
02.レゾンデイトル・カレイドスコウプ
03.リコレクションエンドロウル
04.ヒウマノイドズヒウマニズム
05.アノニマスファンフアレ
06.トオトロジイダウトフル
07.ニビイロドロウレ
08.アングレイデイズ
09.スイサイ/アンブレラ/ロクガツ/ドライフラワ

お知らせ

■配信リンク

『SAKKAC CRAFT』
https://orcd.co/sakkaccraft

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