より豊かで、普遍的な音楽へ。きのこ帝国、全国ツアー「きみと宝物をさがすツアー」ファイナル公演をレポート
きのこ帝国 | 2016.04.11
きのこ帝国の全国ワンマンツアー「きみと宝物をさがすツアー」のファイナル、中野サンプラザ公演。2015年11月にリリースされたメジャー1stフルアルバム「猫とアレルギー」を中心としたツアーの集大成とも言えるこの日のライブできのこ帝国は、EP「ロンググッドバイ」(2013年)からアルバム「猫とアレルギー」に至るまでの音楽的、精神的な変化をどこまでも生々しく体現してみせた。
開演前のSEは「In Between Days」(The Cure)、「My Favourite Game」(The Cardigans)など、きのこ帝国のルーツを感じさせる楽曲。個人的にも好きなナンバーばかりで勝手にテンションを上げていると、会場の照明が落とされ、バンドメンバーが登場し、大きな拍手と歓声が巻き起こる。ギターのフィードバック・ノイズに導かれたオープニングは、アルバム「猫とアレルギー」の最後に収録されている「ひとひら」。80年代のニューウェイブ系のサウンドがポップに昇華されたアンサンブルが響き渡り、オーディエンスが気持ち良さそうに身体を揺らし始める。あーちゃん(G)のギターは当然のように(?)爆音なのだが、谷口滋昭(Ba)、西村“コン”(Dr)によるしなやかなグルーヴ感、そして、気持ちよく突き抜けていくような佐藤千亜妃(Vo/Gt)のボーカルが加わることで、全体的な手触りはきわめて爽やか、そしてポジティブ。最初の1曲だけで、今回のツアーのなかで生まれた新たな変化がはっきりと伝わってきた。
セットリストの中軸を担っていたのはもちろん「猫とアレルギー」の楽曲。あーちゃんがキーボードでリフを弾き、二人の女性コーラスとともに切なくも愛らしいポップワールドを表現した「怪獣の腕のなか」(ステージに飾られた、ビーズのネックレスのようなライティングも素敵でした)、「息もできないほど きみのことを好きだった」というフレーズにハッとさせられるギターポップチューン「35℃」、洗練されたバンドサウンドのなかで、“きみ”に似た後ろ姿、同じ香りに反応してしまう女性の感情を描き出した「スカルプチャー」、オルタナロックのテイストを前面に押し出したナンバー「YOUTHFUL ANGER」。特に心に残ったのは、やはり佐藤のボーカルだ。彼女自身の生々しいエモーションを強く込めながら、決してダークに偏り過ぎず、あくまでも開放的なイメージを描き出していたのだ。ポップに開かれたサウンドメイク、好きな人を諦めきれない感情を表現した歌がひとつになったアルバム「猫とアレルギー」、そして、今回の全国ツアーを経て、彼女のボーカリゼーションは明らかに次のフェーズに進んでいた。黒髪と白いワンピースというフェミニンな出で立ちも(以前はどちらかというと、男の子っぽいスタイルが多かった)、彼女のモードが移り変わっているひとつのシグナルと言えるかもしれない。
ライブ中盤では、このバンドの色彩豊かな音楽性が存分に発揮された。エンディングを長くし、ノイジーかつ甘美なギターサウンドを炸裂させた「Donut」。フィッシュマンズを想起させるような揺れるグルーヴ感が印象的だった「クロノスタシス」。サイケデリックな音像と「今夜だけそばにいて」という切実な願いを込めたフレーズが渦巻く「ドライブ」、鍵盤ハーモニカの音色を交えながら、どこかノスタルジックな夏の風景を描き出す「夏の夜の街」。映像喚起力の強い歌、豊かな創造力を内容したサウンドが絶妙なバランスで溶け合うシーンは、現在のきのこ帝国の充実ぶりを端的に示していた。以前はシューゲイズ直系の文脈で語られることが多かったきのこ帝国だが、「ロンググッドバイ」「猫とアレルギー」の2作によって、その音楽的なイメージは大きく広がった。佐藤が紡ぎ出す歌詞とメロディを際立たせることにバンド全体で心を砕いた結果、このバンドのアレンジメント、アンサンブルはさらに多彩になり、独創的な音楽世界へと結びつく――この日のステージからも、その進化のプロセスが強く感じられた。
“ツアー中に食べた美味しいものは?”というユルめのMCを挟み、ライブのピークの始まりを告げたのは「あなたに出逢えた/この街の名は、東京」というラインが心に響く名曲「東京」だった。その後も、青春の終わりと次の場所へと向かう決意を描いた「桜が咲く前に」、あまりにも美しいメロディラインとともに「会えなくてもいい/ただこの歌を聴いてほしいだけ」という切実すぎるフレーズが広がる「猫とアレルギー」など、このバンドの新たなアンセムが次々と披露され、大きく感情を揺さぶられる。心から大切だと思える人に会える素晴らしさ、その人を失うことに伴う大きな喪失感、そして、そこからポジティブな意志を掴み直そうとする姿勢。佐藤が自らの感情を発露させるような歌を響かせ、それを幅広い音楽性を備えたバンドサウンドがしっかりと支える。その場限りの刹那的な盛り上がりではなく、リスナーの記憶にいつまでも刻まれるような濃密なステージだった。
アンコールでは「スピカ」「ありふれた言葉」に続き、この日の為に用意されたという新曲「クライベイビー」が披露された。オーガニックな雰囲気のサウンド、素朴で大らかなメロディ、そして、“10年後も100年後も/ずっとずっときみのそばに”という歌詞がひとつになったこの曲――おそらくはバンド史上、もっとも幸せなオーラに満ちたナンバーだと思う――きのこ帝国の次のビジョンを示す大きな手がかりになると思う。8/27(土)には日比谷野外音楽堂ワンマンライブ「夏の影」も決定。より豊かな、そして、より普遍的な音楽へと近づきはじめたきのこ帝国の次のアクションにも大いに期待したい。
【取材・文:森 朋之】
【撮影:yuka jonishi】
リリース情報
セットリスト
「きみと宝物をさがすツアー」
2016.4.3@中野サンプラザ
- ひとひら
- 海と花束
- 怪獣の腕のなか
- 35℃
- スカルプチャー
- YOUTHFUL ANGER
- Donut
- クロノスタシス
- ドライブ
- 夏の夜の街
- パラノイドパレード
- 疾走
- 東京
- 桜が咲く前に
- ハッカ
- 猫とアレルギー
- 名前を呼んで
- スピカ
- ありふれた言葉
- クライベイビー(新曲)
お知らせ
JAPAN JAM BEACH 2016
2016/05/03(火・祝)幕張海浜公園JAPAN JAM BEACH特設会場
METROCK 2016
2016/05/14(土)大阪府堺市・海とのふれあい広場
2016/05/22(日)新木場・若洲公園
日比谷野音ワンマンライブ『夏の影』
2016/08/27(土)日比谷野外大音楽堂
※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。