きのこ帝国、念願の日比谷野外音楽堂ワンマンライブで見せつけた、バンドの“集大成”。
きのこ帝国 | 2016.09.13
今日は生憎、朝から雨が降っていた。そして、会場に着いてもポツリポツリと小雨は降り続く。場内は準備万端、雨ガッパに包まれた人たちで溢れていた。
きのこ帝国の日比谷野音ワンマンライブ『夏の影』は、佐藤千亜妃(Vo/G)曰く「念願」だったそうで、僕自身も「きのこ帝国×日比谷野音」の組み合わせに心が躍った。絶対に合うだろう、と直感的に思ったからだ。
ライヴは昨年出た傑作メジャー1stアルバム『猫とアレルギー』表題曲で幕を開ける。あーちゃん(G/Key)は鍵盤を弾く形で、谷口滋昭(B)、西村"コン"(Dr)は抑制を聴かせたアンサンブルで、佐藤は儚げな歌声をまっすぐ曇天に響き渡らせる。静かな立ち上がりだ。アップテンポの「35℃」に移ると、オレンジ色の照明が映え、ステージは幻想的な空気に包まれた。その余韻を引き継ぐように「畦道で」、「パラノイドバレード」と畳み掛けていく。
演奏が終わると、「雨、大丈夫ですか? 今日はお祭りですかね?」と佐藤が言うと、観客も笑い出す。今日は日比谷公園で盆踊りが催され、演奏を止めると、会場まで音が響いてくるのだ。祭囃子の音色と鈴虫の鳴き声がMC中のBGMになるとは、夏の日比谷野音らしいじゃないか。繊細かつ哀切な歌声で迫る「ハッカ」、ポエトリー調に語りかける「夜鷹」と、まるで今日の天候に溶け込むような曲調が続く。いや、きのこ帝国の楽曲はそもそも憂いや陰りに光を当てた曲調が多いのだ。満天下の太陽よりも、曇り空の小雨がよく似合う。ヒップホップ調のビート感が心地いい「クロノスタシス」、 ピアニカでポップに彩られた「夏の夜の街」は情景描写鮮やかな歌詞と相まって、イマジネーションをより一層くすぐられた。
そして、佐藤はここで自身の髪の色について触れる。そう、彼女の髪はピンク色に染められていたのだ。ステージから少し遠目だったため、僕はずっとカラフルなターバンでも巻いているのかと勘違いしていた。今更ながら驚き、彼女のMCに耳を傾ける。今年は夏フェスにも出演せず、アルバム制作に取り組んでいたことを告げ、夏の終わりをイメージしたという新曲「夏の影」(8月29日配信シングル)を早速披露。マリンバ奏者を含め3人のサポート・プレーヤーを迎え、レゲエ調のゆったりしたテンポで演奏は進む。時間が止まったように感じられるスローな曲調だ。まるで暑い南国に迷い込んだ気怠さと官能的な空気を放っている。従来の切なさもありながら、心が温かくなるムードも感じた。とりわけ、佐藤の歌声はあまりにもセクシーでゾクッとしたほどだ。歌に耳を傾けながら、体の中が甘美な液体で徐々に満たされていく不思議な感覚に浸った。これはクセになる名曲だ。
後半戦に入ると、楽曲の性格も関係しているのか、バンド・アンサンブルはさらに活気付く。静から動へとギャップ激しい展開を見せる「足首」における西村の爆発的なドラミングに大興奮。イントロから歓声が起きた「海と花束」、エモーショナルな熱気に満ちた「ミュージシャン」と続き、観客は受け身から自発的に乗る姿が目に付いた。そして、ここで「クライベイビー」(6月29日配信シングル)を解き放つ。平易な言葉に真摯な思いを託し、時折裏声を混ぜた佐藤の歌声に吸い込まれるようだ。ピュアな心情をそのまま映し出した透明度の高い声色は素晴らしかった。
雨の中、日比谷野音に集まったすべての観客に感謝の言葉を述べ、再び野音でやれるように精進すると伝えた後、本編ラストは名曲「東京」で締め括る。「星のない、この空の下では/気づかないふりして隣にいたい」の歌詞を歌い上げる場面では、思わず星ひとつない今日の曇り空を見上げてしまった。さらに日比谷野音ステージの後方には巨大なオフィスビルが建ち並んでいる。そのビル群の各部屋から、てんでバラバラに明かりが付いている。実に都会っぽい光景だ。視界から見える景色と楽曲がこれ以上なくシンクロしたのは言うまでもない。
アンコールに入ると、これまで張りつめていた緊張感を蹴破るように「疾走」をプレイ。会場からは自然とハンドクラップが起こり、観客を力強く引っ張って、猛烈に突き進む演奏にテンションは上がった。次の「明日にはすべてが終わるとして」では豪快なサウンドスケープを描き上げ、これで終了かと思いきや・・・Wアンコールにも応えるきのこ帝国。「国道スロープ」が始まると、観客は夜空に拳を突き上げる熱い盛り上がりを見せ、曲の後半には今日イチの爆発力漲るサウンドを叩き付け、メンバーは日比谷野音ステージを後にした。
インディーズ時代を含め、各作品からバランス良く選出されたセットリストで、バンドの集大成を見せつけてくれ、あらゆる時期のあらゆる表情のきのこ帝国を堪能できた。その意味でも、いわゆるレコ発ツアーとは一線を引く特別なショウになった。 どこまでも透き通る凛としたメロディ、シューゲイザー調の轟音サウンド、ヒップホップ/レゲエのテンポを用いた優雅なスケール感が、今日の天候と周囲の風景さえも巻き込んで、壮大な音楽を奏でていた。
11月2日にはニュ-アルバム『愛のゆくえ』の発売が控えている。今日聴いた新曲の手応えを踏まえると、また進化を遂げたサウンドに仕上がっていることは間違いない。期待して待ってます!
【取材・文:荒金良介】
【撮影:hajime kamiiisaka 】
リリース情報
お知らせ
佐藤千亜妃 ソロカバーライブ『VOICE』
2016/09/20(火) 東京・HAKUJU HALL
代沢まつり < DAIZAWA RECORDS 15th Anniversary for the Future >
2016/10/04(火) 東京・SHIBUYA CLUB QUATTRO
echoes vol.3
2016/11/23(水・祝) 梅田CLUB QUATTRO
2016/11/24(木) 名古屋CLUB QUATTRO
2016/11/29(火) 東京・Shibuya WWW X
2016/11/30(水) 東京・Shibuya WWW X
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