吉澤嘉代子、3rdアルバム『屋根裏獣』を引っさげて行われた「獣ツアー 2017」東京公演をレポート
吉澤嘉代子 | 2017.05.20
今年3月にリリースされた吉澤嘉代子の3rdアルバム『屋根裏獣』を引っさげて行われた「獣ツアー 2017」の3公演目。これまでの作品の中でも最も物語性の強い曲が収められていたアルバムなだけに、その世界を彼女がステージでどう展開させるのか、開演を待つ客席の期待感はありえないほどに高まっていたと思う。まだ明かりの灯っていないステージの上手には黒電話、下手には巨大なラジカセ、中央には昭和のムードを漂わせるドレッサーがスタンバイ。物言わぬ役者たちが、すでに多くを語りかけていたからだ。
ここでは「地獄タクシー」と言った方が正しいかもしれないが、オープニングで聴こえてきたビッグバンドのサウンドが、往年のスパイ映画のような雰囲気を醸し出している。スリリングで色気があって、ちょっとだけいいオンナ(いいオトコ)になったような気分。一瞬で、同時間を流れていく「生活」とか「社会」から切り離されてしまった。ステージに現れた吉澤嘉代子と4人のバンドメンバーが1曲目「ユートピア」のイントロを奏で始めると、客席からは自然発生的に大きな手拍子。吉澤のラメのアイシャドーとエレキギターの音色が、強烈な光を放っていた。
「あなた、お仕事いってらっしゃーい!」
ドレッサーの椅子に置いてあったエプロンを身に付けると、彼女のライブではおなじみの”吉澤嘉代子劇場”がスタート。「奥さまの名前は嘉代子。ごく普通の奥さま。ただひとつダンナさまを愛し過ぎている、ということを除いては」という聞き覚えある調子のナレーションが、今回の設定をさり気なく知らせる。
「あら?やだー。あの人ったらまた爪を切ったまま。さ、コレクションコレクションっと。私、あの人がだーい好き!」
好きな人を想う気持ちをそれぞれの形で綴った「ラブラブ」、「ねえ中学生」、「らりるれりん」を歌い終えると、黒電話のベルがけたたましく鳴り響いた。受話器を取ると、愛するダンナさまではなくひとクセありそうな姑(吉澤の二役)からだ。並べ立てる小言の中へ巧みにオーディエンスへのご挨拶を盛り込むなど、さすがの展開。電話を切った直後に「ババァ、うるせえんだよ!」と毒づいて見せたかと思えば、ドレッサーにあったサングラスをかけて「ビート、カモン!」と促し、「Yo,Yo!」「マジでヤバいオトコだぜ!」とわかりやすいラップ調でバンドメンバーを紹介(笑)。コールアンドレスポンスを繰り広げながらテンポよく会場を盛り上げていく。そのノリは「えらばれし子供たちの密話」へ続いたのだが、音源とはひと味もふた味も違うワイルドさやエモーショナルな魅力を全面に打ち出したボーカルが圧巻。「屋根裏」、「人魚」、「綺麗」と続いたこのセクションでは、楽曲の中で息づく主人公だけでなく、七変化する彼女の歌声が物語をより生き物のように仕立て上げながら披露されていった。
場面は、轟く雷鳴によって一転。部屋でひとり怯える彼女の元に夫が帰宅するが、冷酷なひと言に打ちのめされ、逆上した彼女はカマを振り下ろす…!絶妙のタイミングで「地獄タクシー」のイントロが始まり、ワケありな旅行カバン片手に歌い出す吉澤。脳内では、MVに登場したラッパーACE扮するタクシー運転手も勝手に出演中だ。歌い終えると、ラジカセから事件を伝えるニュースが流れ始める。”殺人事件””首のない遺体””死因”など物騒なワードがちりばめられた原稿を、アナウンサーは淡々と読みあげる。不穏な空気に包まれた次の瞬間、時報を挟んで聴こえてきたのは、「まんが日本昔ばなし」でお馴染みのあのメロディーだ(笑)。「獣(けもの)昔ばなし」と名付けられたその番組で取り上げられたのは、死ぬほど辛い麻婆を食べて火を噴き、龍となって天に昇った王様のお話。これはまさか…!先ほど一旦ステージからはけた時は衣装チェンジだと思っていたが、なんと、長崎くんちで知られる龍踊りを引き連れて客席に現れたのだ。「ガリ」で寿司桶から本物のガリをバラ巻く演出も斬新だったが、まさか東京のど真ん中で、しかもライブの真っ最中に龍踊りを見ることになるとは!胴体をくねらせながら練り歩く龍と、歌う吉澤。音源だけで膨らませていたイメージをはるかに超える、ライブならではの思い切ったアイデアに会場は大いに湧いていた。
「読みかけの本があるうちは、その本に守られている気がしていた」
静かにそう言葉を添えて始まった、本編の最後の「一角獣」。この夜聴いた「一角獣」には、ここまで繰り広げられてきた物語の最終章のような切なさと、これからはまるでこの曲自身が彼女を守っていくんだと宣言しているような力強さがあった。またアンコールでは「あ、前回も楽しかったんですけど(笑)」と照れ笑いでフォローしつつ、初めての人にもそうじゃない人にも、とにかくこのツアーを見て欲しかった、と吉澤。制作中いっぱいいっぱいになってしまって心が大変だったというようなことを取材時に聞いていただけに、こうしてアルバムを世に放ち、キラキラした瞳で客席を見つめながら「楽しかったです」と発している彼女の姿がなんだかとても嬉しく思えたりもした。まだまだ追いかけたい。もっともっと次が見たい。素直に、そんな気持ちにさせられた。
アンコールでは、5月24日にリリースされる新曲「月曜日戦争」を披露。彼女にとって初めてのシングルとなるこの作品は、バカリズム原作/脚本/主演のドラマ「架空OL日記」の主題歌として書き下ろされたものだ。短いけれど、一度聴けば必ず耳に残るポップなナンバーを元気いっぱいのパフォーマンスで歌う。MCでは、デビュー前からアルバム3枚分の構想があり、入れたいなと思ってた曲は全曲形にできたことや、デビューしてからやりたいなと思ったことも全部吐き出せたというようなことを語ってくれた。その三部作としてのストーリーが完結するにあたり「どれも大好きだけど、この曲が、私の大事な曲と思った」ということで、最後に披露されたのが「ストッキング」。「大事な曲」の言葉の奥に、彼女はこの夜どんな思いを重ねながらエレキギターを弾いていたのだろう。気のせいか、その表情は少しだけ寂しそうに見えた。
バンドメンバーを送り出し、後ろ髪を引かれながら吉澤もステージを後にしたが、意外な形でのWアンコールが実現した。「月曜日戦争」のカップリングとなる「フレフレフラレ」(のインスト)を、なんとカセットテープで、あのラジカセから流しながら歌い始めたのだ。1番を歌い終えると、彼女はマイクを持ってまたまた客席へ。みんなでサビのフレーズを歌いながら、最終的には2階席のバルコニーに現れ、そこでそのままエンディングを迎えた。やってくれるなぁ、吉澤嘉代子。こんな光景、見たことない。幸せすぎると少しだけ寂しくなるような気持ちを味わいながら、2階席の扉から消えていく彼女に拍手を送った。
【取材・文:山田邦子】
【撮影:田中一人】
リリース情報
月曜日戦争
2017年05月24日
日本クラウン
2.フレフレフラレ
3.月曜日戦争 (instrumental)
セットリスト
吉澤嘉代子『獣ツアー2017』
2017.5.7@東京国際フォーラム ホールC
- 01.ユートピア
- 02.ラブラブ
- 03.ねえ中学生
- 04.らりるれりん
- 05.えらばれし子供たちの密話
- 06.屋根裏
- 07.人魚
- 08.綺麗
- 09.地獄タクシー
- 10.麻婆
- 11.カフェテリア
- 12.ぶらんこ乗り
- 13.一角獣
- EC1.月曜日戦争
- EC2.ストッキング
- WEC.フレフレフラレ
お知らせ
【吉澤嘉代子 「月曜日戦争」 発売記念インストアイベント】
05/24(水) タワーレコード梅田NU茶屋町店 6Fイベントスペース
05/25(木) タワーレコード名古屋パルコ店 店内スペース
05/26(金) HMV&BOOKS TOKYO
05/27(土) ヴィレッジヴァンガード下北沢店 店内イベントスペース
05/28(日) タワーレコード渋谷店B1F「CUTUP STUDIO」
※イベント詳細はこちら
THE CAMP BOOK 2017
6/11(日) プレジデントリゾート軽井沢内 earth smile village
OTODAMA SEA STUDIO 2017
三浦の海風に吹かれて 2017
7/17(月・祝) OTODAMA SEA STUDIO
PEANUTS CAMP 2017
7/22(土)・23(日)
一番星★ヴィレッジ(市原市オートキャンプ場)
※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。