サカナクション 4年ぶり2度目の、サラウンドの音響システムを用いた音響体験ライブ
サカナクション | 2017.10.19
暗転直後。最初に「ドンッドンッ!」という鼓動のような大きな音が鳴り響いた瞬間に、会場がどよめきに包まれた。身体全体がビリビリと震えるような低音だ。それと同時に水の音やアンビエンスが、周囲全体から聴こえてくる。フロアを取り囲むLEDバーの赤い光が揺らめく。どよめきが徐々に歓声に変わる。
ステージに5人が登場する前の数分間、イントロのSEだけでこのライブが持つ「特別な意味」は2万4千人にしっかりと伝わっていた。
メジャーデビュー10周年記念ツアーのファイナルを飾る幕張メッセ&大阪城ホール各2デイズの公演。「SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around」というタイトルの通り、6.1chサラウンドシステムによる音響体験に挑んだライブだ。今回の記事でレポートするのは、その初日、9月30日の模様。使用したスピーカーは計242本。通常のライブではLとRの2つのチャンネルしか用いないのだが、今回は、前方、中央、後方の左右それぞれで計6チャンネル。加えてステージ前面に低音を鳴らすサブウーファーをずらりと並べた構成。さらに計511本のLEDバーがフロアの周囲に設けられ、光の演出を繰り広げる。
サカナクションがサラウンドの音響システムを用いたライブに取り組むのは、これが2回目のことである。4年前にも6.1チャンネルのサラウンドシステムを用いた幕張メッセのワンマンライブを行っている。筆者もそれに訪れている。しかし、それと比べても今回は段違いの体験だった。感じたのはテクノロジーの目新しさというよりも、むしろそれを前提にした「音楽的な進化」だった。
SEや効果音が右から左、前から後ろへと動き、ぐるりとオーディエンスのまわりを一周するというのはわかりやすいサラウンドの効果だが、そういうのはあくまで表層的なものでしかない。それよりも、モノラルの「点」でもステレオの「線」でもなく、3次元的な「空間」に音を定位できるということが楽曲のサウンドメイキングやアレンジメントにまで影響を与えているということが、大きな驚きだった。難しい言い方かもしれないが、ライブエンタテインメントの常識、ポップ・ミュージックの常識にとらわれない新しいライブミックスの発想が実践されていたのだ。
「みんな、踊れる準備はできているか!?」
山口一郎がそう叫び、大歓声が応える。ライブは「新宝島」からスタートし、「M」「アルクアラウンド」「夜の踊り子」とアッパーでダンサブルなナンバーを連発。
岩寺基晴(Gt)、草刈愛美(Ba)、江島啓一(Dr)、岡崎英美(Key)を含めた5人の演奏がクリアに伝わってくる。そして最初にサラウンドの“威力”を感じたのは「Aoi」だ。分厚いコーラスが後方にも広がり、まるで音楽の中に包まれるような感覚をもたらす。ギターやベースやドラムなどのバンドサウンドは基本的に前方に定位し、シンセやコーラスが空間を作り上げる。
海の中に潜っていくような映像のインタールードを挟み、中盤は「シーラカンスと僕」からディープな楽曲が連なるセクションへ。印象的だったのは「壁」の冒頭のギターサウンドだ。反復するディレイの残響がぐるりと回転し、天井方向へと抜けていく。そこから「ユリイカ」「ボイル」へ。スクリーンには彼らのライブの定番でもある助川貞義のオイルアートが映し出され、その陶酔感ある視覚効果でオーディエンスを惹き込んでいく。
後半は「一緒に踊れる?」と「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」からスタート。ミュージックビデオにも登場していた「山口一郎人形」が踊り歓声がわく。エレクトロニックなビート主体で、クラブミュージックの興奮を徐々に高めていく展開だ。そのまま途切れることなく「夜の東側」「三日月サンセット」と初期の楽曲が続く。さらには自在闊達なセッションを挟み、9月にMVが公開されたばかりの新曲「SORATO」へ。世界初の月面レース「Google Lunar XPRIZE」に挑戦する日本チーム「HAKUTO」の応援プロジェクトをテーマにした楽曲だ。宇宙のイメージに会場が包まれる。
バンドのデビュー10周年を記念したツアーだけに、この日のセットリストは新旧取り混ぜたベスト盤的な曲順。それを一切の中断なく披露していくというステージだ。サカナクションのライブでは常にそうなのだが、ちょっとした挨拶や煽る言葉以外にはMCもなく、中断も一切ない。そして、曲調のバリエーションもかなり幅広いのだが、それも違和感なく繋がっていく。かなりの没頭感だ。
「ミュージック」から「アイデンティティ」では5人が横に並んだラップトップスタイルからバンドスタイルへの転換も見せ、バンドの最新モードを垣間見せる「多分、風。」から初期の代表曲「ナイトフィッシングイズグッド」で本編は終了。
そして、この日最も感嘆したのは、アンコール1曲目に披露された「サンプル」だった。「チーム・サカナクション・ミックス」と称されたアレンジで、PAの佐々木幸生(Acoustic)や照明の平山和裕(Bags Groove)など一人ひとりを映像で紹介していく。そして、彼らのバンドサウンドが6.1チャンネルを用いたダブミックスのような手法で有機的に空間を飛び交う。山口一郎のヴォーカルのディレイや、シンセの音や、リズムやギターなど、様々な音色が立体的に配置される。かと思うと山口一郎の合図でそれらがすぅっと無音になり、地声のシャウトが響き渡る。サラウンドのテクノロジーを前提にした、新たな音楽表現の方法論が生み出されているのを目の当たりにした。
「ネイティブダンサー」に続けては新曲も披露。歌謡曲のテイストを匂わせるキャッチーなメロディ、そしてこぶしのような唸り声を聴かせるヴォーカルが印象的な一曲だ。
そして、この日初めてのMCでは「後ろのほうも、音ヤバくない?」と満足気に話しかけた山口。そうだった。筆者も実は気になって会場のいろんな場所で音の鳴り方をチェックしてみたのだが、中央だけでなく、後方ブロックでも非常にクリアで迫力と臨場感のあるサウンドが実現していた。「赤字覚悟でやらせていただきました」と、山口。どうやらフェスの3倍の予算をかけているらしい。
メンバー1人1人を紹介しながらバンドのこれまでを振り返った山口は、「お待たせしました」と来年にニューアルバムをリリースすることも告げた。スランプだったことも正直に明かしつつ、それを抜け出せそうだと語った。
ラストは「目が開く藍色」。感動的な余韻を残して5人はステージを降りた。「新しい体験をみんなにしてもらいたい」と山口一郎が語っていた通り、ライブエンタテインメントのあり方を更新するような、とても挑戦的なステージだった。デビュー10年という節目のタイミングで、初期も含めた代表曲を総ざらいにしたようなセットだったけれど、約2時間半、ずっと味わっていたのは「懐かしさ」ではなく「ワクワクする興奮」だった。
日本の音楽シーンに、チーム・サカナクションがいてよかった。誇りに思うような一夜だった。
【取材・文:柴 那典】
【撮影:石阪大輔(Hatos)】
リリース情報
多分、風。
2016年10月19日
ビクターエンタテインメント
2.moon
3.ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)
セットリスト
SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around
2017.09.30@幕張メッセ国際展示場ホール9-11
- 01.新宝島
- 02.M
- 03.アルクアラウンド
- 04.夜の踊り子
- 05.Aoi
- 06.シーラカンスと僕
- 07.壁
- 08.ユリイカ
- 09.ボイル
- 10.『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』
- 11.夜の東側
- 12.三日月サンセット
- 13.Inst
- 14.SORATO
- 15.ミュージック
- 16.アイデンティティ
- 17.多分、風。
- 18.ナイトフィッシングイズグッド ENCORE
- EN 01.サンプル
- EN 02.ネイティブダンサー
- EN 03.新曲
- EN 04.目が明く藍色
お知らせ
PRASLESH Japan Tour 2017 produced by Beat In Me
11/10(金) 代官山UNIT
※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。