黒木渚が人見記念講堂で一夜限りのワンマン公演『~幻想童話~砂の城』開催
黒木渚 | 2018.03.09
完全復活への道を力強く歩み続ける黒木渚、2018年最初のライブ『~幻想童話~砂の城』が、2月24日に東京・昭和女子大学人見記念講堂で行われた。幻想童話というテーマにふさわしく、渚自身の声で語られる『マッチ売りの少女』の物語からライブはスタート。スクリーンに浮かび上がるマッチの炎の赤と、ダークブラウンのティアードドレスに身を包む渚が手に取る林檎の赤が暗闇に映える。まさに幻想的なムードの中、井手上誠のアコースティック・ギターと声のみで「エジソン」を歌い、田畠幸良のピアノが加わった「あしかせ」へ。かつてない荘厳なオープニングに、観客は息を止めてステージに見入るしかない。
「最後まで、どうか心残りのないように。砂の城が崩れる瞬間まで、楽しんで帰ってください」
「窓」では宮川トモユキのベースが入り、エンディングではさらに柏倉隆史のドラムも加わって、いよいよフルメンバーが勢揃い。強力なビートとカオティックなアンサンブルで疾走する「マトリョーシカ」は、まるで前衛ジャズロックのようだ。渚もステージを泳ぐように、ひらひらと舞い踊りながら歌う。喉の調子は良さそうだ。
鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰? お馴染み『白雪姫』の物語に続いては、バンド時代のレパートリー「カルデラ」が久々に聴けた。毒と針と闇が聴き手の心を深く突き刺すダーク歌謡を、エレクトリック・ギターをかき鳴らし激しく歌う渚。さらに目の眩むようなサウンドの爆発から、鮮血のような赤いライトに染まった「あたしの心臓あげる」へとつなげる展開は、まさに鳥肌もの。一転して青く爽やかな「枕詞」へと、ぐるぐると揺さぶられる感情が忙しい。
次の物語は「アダムとイブ」だ。再び空中から林檎が現れ、しずしずと登場した渚は白いドレスに銀のティアラ。聖歌隊のような清楚な姿で披露したのは新曲「砂の城」で、ハーモナイザーというのか、エフェクトをかけた歌声もまた幻想的に響く。後半はバンドサウンドで一気に盛り上がり、柏倉のクレイジーなドラムに輪をかけて、ほとんどイッちゃってる井手上のギターがすごすぎる。「はさみ」でのエモーショナルなロックバラードぶりも、異常な程にテンションが高い。
「このライブのためにもう1曲作りました。マザーグースの物語の、その後を描いた曲です」
「月曜日に生まれた子供は」は、マザーグースにある同名の詩をもとにした、渚流の新作童謡というべきか。シャンソンのようなミュージカルソングのような、三拍子のリズムと、どこか郷愁を誘うメロディが懐かしい。続く「ピカソ」では、渚がリコーダーで吹く童謡『桃太郎』のメロディをきっかけに、観客全員による大合唱、客席に配った“青林檎と赤林檎のカード”によって振り分けた掛け合いコーラスなど、まさかの「桃太郎」歌いっぱなしという童心コーナーへ。我々がすっかり和んだ頃を見計らって、「解放区への旅」で突如ギアをトップに上げて爆走する、見事なコントロールで一気に後半へと突入してゆく。「立っていいよって言うの忘れてた(笑)」と、客席を見渡す渚は満面の笑顔だ。
総立ちと総手拍子に迎えられた「解放区への旅」から「君が私をダメにする」へ、スーパードラマー・柏倉を筆頭に、音も光も追い越す抜群のスピードでバンドは走る。「抑圧されたあとの解放感はどう?」と、Sっ気たっぷりに渚が煽る。イントロのアカペラを観客に任せ、「虎視眈々と淡々と」では再び青林檎と赤林檎カードを使ったコーラス合戦。「そっちのほうが楽しそうだなー」と渚が笑う。
「砂の城を崩す時が来ました。今日何がしたかったか?というと、小さな命の模型が作りたかったんです。骨になる瞬間まで、最大風速で生きていきましょう。約束してね」
ラストはやはりこの曲、「骨」だった。全力で歌い続けた渚の声は少し涸れ気味だが、そんなことまったく気にはならないほど、伝わるエナジーが半端ない。これが今の黒木渚、それを受け止めるのが今の自分。“今を生きる”というメッセージを一対一で受け取れた、今日ここに来たファンは本当に幸せだ。
アンコール。「骨のあとは幽霊で」というユーモラスな曲紹介で「ウェット」を歌ったあと、この日一番長いMCを渚がした。子供の頃に一番インパクトがあった童話が『赤い靴』だったこと。死ぬまで踊り続ける呪いをかけられた少女のように、今の自分も何かを作り続ける呪いを背負っていくしかないこと。今日作った一つの作品、すぐになくなってしまう砂の城を一緒に見た、私とあなたのちょっとした接点は、とても素敵なものだと思うこと。
「あなたが私を応援してくれるのと同じように、私もあなたを応援していきます。それだけはどうか忘れないで」
この日最後に歌われたのは、活動休止期のつらい気持ちを赤裸々に吐き出したスローバラード「ブルー」だった。あまりに切なくリアルな歌詞だが、この日ここで聴く「ブルー」には、トンネルの向こうに確かに見えている、小さくもまばゆい光があった。黒木渚は確実に前進している。誰もがそう感じたはずだ。
音楽と、文学と、舞台劇と。ほかの誰でもない、黒木渚だけのアーティスティックなステージの素晴らしさを、もっと多くの人へ。この日の『~幻想童話~砂の城』は、未だ真っ白なキャンパスのような黒木渚の未来に向けて、確かな足掛かりになるだろう。
【取材・文:宮本英夫】
【撮影:椋尾詩】
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リリース情報
解放区への旅
2017年09月20日
ラストラム・ミュージックエンタテインメント
2.灯台
3.火の鳥
4.ブルー
セットリスト
黒木渚 ワンマン公演『~幻想童話~砂の城』 2018.2.24@東京・昭和女子大学人見記念講堂
- 01. エジソン
- 02. あしかせ
- 03. 窓
- 04. マトリョーシカ
- 05. カルデラ
- 06. あたしの心臓あげる
- 07. 枕詞
- 08. 砂の城
- 09. はさみ
- 10. 月曜日にうまれた子供は
- 11. ピカソ
- 12. 解放区への旅
- 13. 君が私をダメにする
- 14. 虎視眈々と淡々と
- 15. 骨 【ENCORE】
- 16. ウェット
- 17. ブルー