湯木慧、自身最大規模となるワンマンライブ「水中花」で表現した世界
湯木慧 | 2018.04.04
シンガーソングライター湯木 慧が、自身最大規模となるワンマンライブを開催した。今回は初のスペシャルバンドセット。ライブでは弾き語りのイメージが強かったから個人的にもこの試みは興味深かったし、本人が手がけたアートディレクションなど視覚的な面も含め、その場にいた全員の予想をはるかに上回る手応えを残してくれたのではないかなと思う。
作詞・作曲はもちろん、ジャケットやMVも自分で手掛け、会場装飾やライブペインティングを行うなど多方面から自身の<表現>を形にしてきた彼女。小さな体の中から湧き上がってくる感情をある時は言葉にし、ある時はメロディーにし、ドレミで表現出来ないものは色彩に変えていく(もちろん、その逆も然り)。想いをアニメーションに落とし込んだり、手に取れるグッズとして作ってみたり。彼女は本当に多才だ。この日のライブも、会場のドアを開けた瞬間からもう彼女の「作品」がそこにあった。まるで巨大な水槽の中にいるようなゴボゴボという水音、青く仄暗い光、真っ白な花の装飾など、この日のライブのタイトル「水中花」をキーワードにした彼女の明確なイメージが作り上げられていた。
ライブは、メンバー登場時に流れていた「傷口」のピアノインストを受け継ぐ形で静かにスタートした。繊細なタッチで爪弾くアコースティックギターの響き、そして今夜の呼吸を確かめるように「人を信じられなくなった時 一つ、信じられるような唄を。」と歌い始める。自分自身に言い聞かせるように、覚悟を決めるように。バンドインしてたくさんの楽器の音が鳴り始めると、その声はぐんぐん熱を帯びていった。緊張も興奮も引っ括めた上で包み隠さず歌う、湯木 慧の本音――”本当の音色”を映したようなオープニングだった。
ウッドベースの醸し出す不穏な空気のイントロが印象的な2曲目「迷想」からは、この日のライブの演出効果において最も重要な役割を果たしたハラタアツシ氏によるリキッドライティングが加わる。色や模様を映像としてステージに投影しているのではなく、全部”ライブ”で作り上げている液体の照明だ。学校の授業で使っていたような、下から光を当ててスクリーンに文字を映し出すプロジェクターを使い、水を張った透明な容器にカラーインクなどを落とし込みながらその場でデザインし、ステージを彩っていくアート。すべてを人間の意志でコントロールできないからこその絶妙なゆらぎと色彩が、この曲に込められた不安や不安定感を美しく引き出していた。
「すごい景色だ!こりゃまた(笑)。すげーなぁ」
これは、歌い終わった彼女が満員の客席を見渡しながら漏らしたひと言。MCになった途端のフランクさもまた、彼女のライブの魅力のひとつだ。アーティストとしてCDやMVの中にいる彼女も間違いなく湯木 慧だけど、いつまで経っても子供扱いされてしまう親戚の子のような顔でアハハと笑っているのも彼女自身。魅力は尽きない。その後は色彩も旋律となって世界観を作り上げた「碧に染めてゆくだけ」、花弁の縞模様から宇宙空間へと導かれるようなストーリーを感じた「アルストロメリア」と続き、耳だけでなく、視覚からも楽曲の世界観を堪能することができた。
「次は明るい曲をやりたいと思います!湯木 慧史上めったにない、2~3曲しかない明るい曲(笑)。ぜひ手拍子なんかしてくれたらと思います!」
まずアップテンポで解放的なノリの「涙スキップ」は、お客さんも楽しそうに体を揺らしながら手拍子で参加。そして次はコーラス・パートの練習から始まった「魔法の言葉」。ここでは最初にバンドメンバーがお手本となって歌ってみせたのだが、思いのほかテンションが低く、それに吊られて彼女の歌もなぜかマイナー調に(笑)。「暗いなぁ!!」のノリツッコミで会場は笑いに包まれていた。大盛り上がりの本番をみんなの拍手と歓声と笑顔で終えると、場面は一転。怪しげなムードのセッションに導かれるようにして始まったのは「万華鏡」だ。バンドサウンドならではの多彩な音像と、液体や水泡を操りながら作り上げた万華鏡のようなライティングの融合はため息が出るよう。続く「網状脈」では見事な葉脈が浮かび上がり、このリキッドライティングの演出を熱望し自ら依頼した彼女を美しく照らしていた。
ここからはiTunesでの配信限定&この日の会場限定紙ジャケットCDとしてリリースされた2曲「嘘のあと」と「チャイム」を披露。ひと足先にニュースでも届けられたが、まず「嘘のあと」は昨年11月に開催された舞台「その名は人生~人生の最後はきっといつも最悪~」のために書き下ろした初のラブソングで、この日初めてそのMVが上映された。舞台演出を手がけた日野祥太氏が、彼女の楽曲に惚れ込んで制作したものだ。ラブソングといっても、誰かを想うというアバウトなものではない。目の前のあなたに向けて愛を問い、その根本にある人間の性までもを追ったような言葉に、ソングライターとしての進化が感じ取れるものだった。一方の「チャイム」は、<心配せずに前を向け><強く強く自由になれ>という歌詞が真っ直ぐ胸に飛び込んでくる1曲。定刻の合図が守ってくれていた場所から踏み出すのは不安だけど、この先の人生、誰かと出会うために、何かを始めるために、鳴らすチャイムは自分の中にある。卒業という節目が気付かせてくれた新しい視点が、自分自身を奮い立たせるように、誰かの背中を押すように刻まれたこの曲もまた、湯木 慧というアーティストが胸を張って鳴らしている「音色」だ。ベクトルは違っても、生み出すことに全力を注ぐ彼女の新鮮なエネルギーが満ち満ちた2曲だった。その後は彼女の原点ともいうべき弾き語りスタイルで「74億の世界」と「記憶」の2曲を披露。椅子に腰掛け、会場を真っ暗にしてじっくりと言葉を伝えていった。心の目が捉えた景色はきっと十人十色。解釈を強要しないスタンスもまた彼女らしいところだ。日本初のジャイアントフラワークリエイティブクルー「G+FLOWER」に師事して自ら作り上げたジャイアントフラワーを手に、感情を振り絞るように歌ったのは「五線譜の花」。バグパイプのAki氏(from高山病ハイランダーズ)を迎えた「影」は、音楽とともに旅するような感覚を味わえる1曲だった。ライティングとともに鼓動を表現した「流れない涙」を歌い終えると、ひと呼吸置いた湯木は今回のライブタイトル「水中花」に込めた思いを語り始めた。
「まるで水の中の花のように、咲いているのか死んでいるのかわからない。情緒不安定と言ったら簡単だけど、感情が下がってしまった時に、自分はそんな水中花みたいだと思ってこのタイトルを付けたんです。でもその一方では、そう名付けたこのワンマンライブが、そんな自分の終止符になればと思って一連のプロジェクトを進めてきました。だけどたくさんの人と出会い、お世話になっていく中で、終止符を打つとか打たないじゃなく、自分はちゃんと生きているしちゃんと前に進めてたんだなと実感できたんです。私は、水の中の花じゃなかったなって」
短い準備期間だったにも関わらず協力してくれた方々、足を運んでくれたお客さんへ心からの感謝を伝え、本編ラストは「私が私であること、私が私を選んだ、この道を選んだ私のことを歌いたいと思います」と言葉を添えた上で「存在証明」が披露された。正式に音楽活動を始めると周りには一気に大人が増え、戸惑うことも増えた。高校を卒業して進学をしたけど、どうにも息がしにくい。だけど自分が自分であることまで見失いたくないし、自分らしくあることを諦めたくはないーー。自身を「水中花」に例えたあの頃の自分と、その水中花を水の外から見ている自分を行き来するように語り、歌っている彼女の姿はとても真摯だった。オーディエンスはもちろん、最高のアンサンブルを作り上げたバンドのメンバーも、映像や照明や装飾で彼女の歌と呼応しながら”ライブ”を構成した各フィールドのプロたちもきっと、胸いっぱいに新しい空気を吸いながら歩き出す湯木 慧を頼もしく思ったエンディングだったのではないだろうか。
アンコールで歌われたのは、地元の駅前で目にしたある光景から湧き上がってきた感情を曲にしたという新曲「ハートレス」と、初の全国流通盤の1曲目に収録されていた「一期一会」。作った時期は違っていても、歌声に宿る思いの強さや彼女らしい視点は変わらない。この先への期待なんていうとあまりにも漠然として曖昧すぎるけれど、こうしてチームを組んで「作品」を作り上げる大変さや喜びを味わえた経験は、今後の曲作りやアーティストとしての在り方にもいい作用を及ぼしていくはずだ。まだまだ悩むし、もがきもするだろう。それでも、彼女の心が次に何をキャッチし、どんな色を描いていくのか、今後を楽しみにせずにはいられなくなるような一夜だった。
【取材・文:山田邦子】
【撮影:小嶋文子】
リリース情報
チャイム / 嘘のあと
2018年02月22日
LD&K
2. 嘘のあと
セットリスト
ワンマンライブ「水中花」
2018.3.23@東京・渋谷duo MUSIC EXCHANGE
- 01. 傷口
- 02. 迷想
- 03. 碧に染めてゆくだけ
- 04. アルストロメリア
- 05. 涙スキップ
- 06. 魔法の言葉
- 07. 万華鏡
- 08. 網状脈
- 09. 嘘のあと
- 10. チャイム
- 11. 74億の世界
- 12. 記憶
- 13. 五線譜の花
- 14. 影
- 15. 流れない涙
- 16. 存在証明 <アンコール>
- 17. ハートレス(新曲)
- 18. 一期一会