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日食なつこが魅せた、永久凍土の先ーー「△Sing better△Tour」

日食なつこ | 2020.03.06

 昨年、アルバム「永久凍土」をリリースして行われた「▲Sing well▲Tour」。降り頻る雪や息もできないほどの猛吹雪、吸い込まれそうなオーロラなど、過酷ながらあまりにも美しい極寒の世界を舞台に自身のルーツと向き合ったあのツアーから、早いものでもう1年が過ぎた。フィドルやティンパニ、ストリングスにタップダンスなどが加わった東京公演@EX THEATER ROPPONGIは、間違いなく日食なつこのライブ史上最新にして最強、かつ最高を断言できる夜だったのだが、あの日(正確には、あのツアーで)彼女は、最後にこんな言葉を残していた。
「永久凍土の先で、また会いましょう。」
ひょっとしたらそんなに深読みすることじゃなかったのかもしれないが、最高の夜を共にした最高のオーディエンスとの再会を約束するもののようであり、はたまた、次回は心臓の真ん中をえぐり取られたようなこのツアーの衝撃を上回るものをお見舞いするからなという挑戦状のようにも取れた。いずれにしても期待が高まるその後のツアーは「▲Sing well▲」から「△Sing better△」へと進化を遂げ、今年1月の札幌からスタート。髪を切り(バッサリにも程がある!)、また新たな共犯者たちを引き連れ(その嗅覚たるや!)迎え入れてくれた永久凍土の先にあったのは、もっとフラットに、今楽しみたい音楽を最高の形で届けるから見といて!そんな風通しの良い日食なつこの笑顔だった。

 ファイナルとなった東京公演は、過去最大規模となる国際フォーラムホールCで行われた。本人による開演前のアナウンスでクスクスと笑いが起こり、場内のムードが一気に和らいだところで聞こえてきたのは滴り落ちる水の音。雨のような、せせらぎのような音色へと変化し、ここまでの道のりをダイジェストにしたような映像が気分を高揚させる。白シャツに黒いパンツ、裸足の日食なつこがステージに現れ、笑顔で大きく両手を広げた。彼女の仕草だけで1曲目のテンションを察したオーディエンスが一斉に立ち上がる。ベースの石村順、ドラムのkomakiとともに披露されたのは「水流のロック」だ。はるか頭上、3階席からも力強い手拍子が降り注いでくる。間奏で叫んだ「会いたかったぜー!」のひと言に会場のあちこちから歓声が上がり、ステージと客席が早くもひとつになった。ギターの永田”zelly”健志が加わり、「LAO」、「ハイウェイは気にも留めない」、「致死量の自由」、「レーテンシー」、「ハッカシロップ」、ここまで6曲をノンストップで披露。1曲ごとに拍手や歓声が大きくなっていったのも当然だ。

 「△Sing better△Tour、いろんなドラマを増やしながらここまでたどり着きました。そのドラマを全部音に変えてぶちまけます!極上の非日常を用意してきました。どうそ受け取ってやってください!日食なつこのライブが初めての人、ライブ自体が初めての人にとってはだいぶハードルが高くてちょっとだけ刺激的すぎるかもしれないけど、大丈夫。どうしていいか分からなくなったら私のことだけ見てください。一緒にヤバい夜を作りましょう!」

 相変わらず男前なMCでオーディエンスのハートをガッチリ掴み、次なるゾーンへ。ここからはドラムとピアノ、程よい距離をもって向き合った2者のヒリヒリするような空気感で4曲を披露した。中でも息を飲んだのは、「レッドデータクリーチャー」。もともとは9年前にリリースされていたミニアルバム『FESTOON』の中の1曲だが、この曲が生まれた時の沸々と煮えたぎるような感情までもが蘇っているようで、怖さすら感じてしまうほどの世界観だった。しかし何度見ても、この日食・komakiコンビの演奏はスリリングだ。お互いにあり得ないほどのスピードで別々に高速をぶっ飛ばしているのに、ちゃんと並走しているような感覚とでもいうか。だけど最後の1音までちゃんと2人で作り上げている、そんな繊細さも魅力なのだと思う。童話を読み聞かせるように、不眠症の犬のお話から始まった「グローネンダール」は永田”zelly”健志のアコースティックギターと共に。続く「perennial」はピアノ弾き語りで。ひとつひとつの曲に込めた想いを、真っ直ぐに届けていった。

 「▲Sing well▲から△Sing better△へ。髪も縮み(笑)、確実に前に進んだなと思ったので、1年前の自分を超えたツアーを見てもらおうと思いました。1年前のテーマは真冬。岩手という雪深い山で生まれたこともあり、自分のルーツを掘った1年でした。でもそこに止まっていては前に進めないと思い、そこから飛び出そうということで今回は“雪解け”というテーマにしました」

 今回のツアーのテーマについてそんな風に話しながら、「とは言っても、私は雪山生まれの北国育ち。今年は暖冬だし、解けていく雪を見るのは寂しいものがある」ということで、ここからは彼女のルーツである真冬の曲を。はらはらと舞う雪のような歌い出しが印象的な「white frost」も、雪解けバージョンで披露された「vapor」も、この夜にしか見ることのできない雪景色を私達の心に届けてくれた。

 ここからは、恒例のリクエスト曲に応えるコーナー。この日は一発で「ヒューマン」に決まったのだが、抽選のための箱を持ってきて日食とトークを繰り広げていたkomakiがボソッと「ファイナルなんで、ドラムが入っている曲言ってもらっても良かったのに」と呟き大爆笑に(笑)。ぶっつけ本番、しかも久しぶりに歌うという「ヒューマン」を丁寧に歌い上げると、これまでは会場にいる人全員にリクエスト曲を叫んでもらって決めていたことに触れ、「以前は“マニアたちの親睦会”と名付けるほど絶滅危惧種のマニアックな人ばかりだったけど、(会場を見渡しながら)さすがにこれは、とてもじゃないけど絶滅なんかしないですね!」と日食。「だったら、我々も人数を増やしますよ!」ということで、雪解けに加わる新たな勢力としてBlack Bottom Brass Band(以下BBBB)が呼び込まれた。まずはイギー(sax)、ユウタ(tp)、ヤッシー(tb)を迎えて「廊下を走るな」、続けてタモツ(sousaphone)、セイヤ(snare.dr)、アントン(bass.dr)も加わって「茜のキャラバン」を披露。komakiのカホンとピアノによる「天井のない部屋」ではダンサーの五十嵐拓人とkikiも登場し、しなやかなパフォーマンスで魅了した。その後は、会場後方から現れたBBBBの面々がニューオーリンズスタイルのグルーヴで客席を沸かしながらステージへ。オーディエンスの手拍子も巻き込んで「Dig」へとなだれ込み、五十嵐拓人とkikiも加わった最強メンバーでのパフォーマンスを繰り広げた。「空中裁判」の高揚感。「負けんじゃねぇぞ、”お前ら”!」のひと言で双方に火が付いた「ログマロープ」の爆発力。ピアノを離れ、客席に向かって「鋼の心臓、見せてくれ!もっと!」と扇動する彼女のエネルギーに負けじと繰り広げられた大合唱は、まさに圧巻の光景だった。

 大興奮の熱に包まれたままメンバーを送り出すと、息を整える間もなく日食はラストナンバー「四十路」を歌い始めた。民間ロケット開発企業「インターステラテクノロジズ(IST)」との出会いをきっかけに、<立ちはだかる壁を越え、冒険心に突き動かされ進み続ける全ての人へ>との思いを込めて書き下ろされた最新曲だ。長谷川雅洋率いるクワイア/マスコーラスグループBe Choirのメンバーが生命力溢れる歌声を響かせ、そのゴスペルアレンジを手掛けた佐藤五魚もハモンドオルガンの音色で会場を包み込む。客席からの歌声も負けてはいない。ステージと客席が渾然一体となってきた次の瞬間、彼女は「素晴らしい!素晴らしい!全員ステージに上がって、一緒に歌おう!カモン!」と呼びかけた。もちろん全員がステージに上がれたわけではないが、ピアノを取り囲むようにして生まれた大きな輪が、喜びも悲しみも剥き出しにしたような歌声とともにどんどん広がっていった。1500人のオーディエンス全員が出演者として歌っているなんて、こんなに幸せなライブのエンディングは見たことがない。”お前ら”となら切り拓けることを信じていたからこそ踏み出せた、永久凍土の先。「△Sing better△Tour」は、日食なつこの地元である岩手県公会堂での追加公演をもって完結する。

【取材・文:山田邦子】
【撮影:橋本塁[SOUND SHOOTER]】

tag一覧 ライブ 女性ボーカル 日食なつこ

リリース情報

永久凍土

永久凍土

2019年01月09日

living,dining&kitchen Records

01.vapor
02.空中裁判
03.100
04.モア
05.seasoning
06.メイフラワー
07.Misfire
08.お役御免
09.致死量の自由
10.タイヨウモルフォ
11.8月32日
12.white frost
13.話

お知らせ

■ライブ情報

お寺ツアー“続・欄干わたり”
05/16(土)山形 常信寺
05/17(日)石川 妙法寺
05/23(土)宮城 慈眼寺
05/30(土)福岡 永明寺
05/31(日)広島 本覚寺
06/04(木)大阪 萬福寺
06/06(土)岡山 蔭凉寺
06/07(日)愛媛 善勝寺
06/13(土)山梨 法源寺
06/14(日)愛知 圓福寺
06/20(土)北海道 永祥寺
06/28(日)東京 築地本願寺
w/ komaki

△Sing better△Tour
05/10(日)岩手県公会堂
※振替公演

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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