いいことも悪いことも等しく赤裸々に記録するーーFINLANDS初の無観客配信ライブ「遠隔 記録博 2020」
FINLANDS | 2020.08.06
当たり前だったことが当たり前でなくなってしまう現実を世界中が突きつけられて早数ヵ月、今も現在進行形でそれは続いている。失われたものの大きさ、変容を余儀なくされてしまうことの痛み、当たり前が当たり前であるとはどれだけありがたいことだったのかと改めて知らされる日々。FINLANDSもきっとその例外ではない。ライブはおろかスタジオにも入れなかった数ヵ月の期間を経て、やっと迎えたこの日。リハーサルスタジオに入ることさえとても楽しく、会場となったBASEMENT BARがある東京・下北沢の街を訪れるのも久々でもう何百回と来ているにも関わらずめちゃくちゃテンションが上がってしまったと中盤以降のMCで心境を明かした塩入冬湖(Vo/Gt)。きっと観ている誰もが共感したはずだ。だが、彼女はさらに続けてこうも言った。
「街に出られること、大きな音を出せること、バンドでライブができること……そういう当たり前のことにすごくありがたみを感じてしまって、よくないなと思いましたね」
ドキリとした。なぜなら、まさしく当たり前のことにありがたみを感じていたからだ。ありがたみを感じられるのはいいことだと思ってもいた。でも、それは現状をただ受け入れて思考停止していただけなのかもしれない。「当たり前のことって当たり前であるべきだと私は思うんです。今の状況が狂っているだけであって、当たり前のことに感謝をし始めたら、当たり前がどんどん崩れていってしまう。この半年間以上、ずっとそう思ってます」ときっぱり言い切る彼女の言葉に目が覚める想いがしたのと同時に、FINLANDSというバンド、塩入冬湖というアーティストの真髄に触れたような気がする。音楽を作り奏でること、歌詞を綴り歌うことは彼女にとって息をするのと同じくらい当たり前で大切なことに違いない。当たり前のものを当たり前のまま、当たり前に守っていくのだという強い決意がこの日のライブにはみなぎっていた。
7月23日に行なわれたFINLANDSとしては初となる配信ライブ「遠隔 記録博 2020」。“記録博”とは2018年からスタートした2デイズ・ワンマンライブであり、本来ならば今年も3年連続3回目として3月に開催される予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って一度は7月延期されたものの、収束の見通しが立たない状況下にあって来場者や関係スタッフ、出演者の健康と安全を第一に考慮して今回は1日のみの無観客配信ライブという形を取ることに。なのでタイトルに“遠隔”の文字が加えられたというわけだ。「遠隔 記録博 2020」開催を巡る経緯については塩入本人のnoteにも詳しく綴られており、この日のMCでも語られたが、それらによれば当初、彼女は“記録博”の配信ライブには後ろ向きで、BASEMENT BARから提案されたときも最初は断っていたらしい。しかし振り返れば昨年は、もともと2人しかいないメンバーのうちの1人、コシミズカヨ(Ba)の脱退を発表するという、曰く「最後は地獄みたいな空気になった」“記録博”を行なっていたこと、それについてサポートギタリストの澤井良太から「いいことや綺麗なことばかりより、いいことも悪いことも含めて記録しておくほうが“記録博”っぽくていいよ」と言われたことを思い出し、やれる選択肢があるのにやらないことを選んでしまったらきっと後悔するんだろうなと考え直したのだという。いいことも悪いことも等しく赤裸々に記録する、その潔さこそがFINLANDSをFINLANDSたらしめる所以(のひとつ)だろうと筆者も思う。
この日の1曲目を飾ったのは「カルト」だ。FRSKIDのHIYOKO a.k.a. CHICK BOYが手掛けたイベントイラストが映し出された静止画像の向こうから「お願いします!」と小さく塩入冬湖の声が聞こえると、BGMに流れていたアル・サニーの爽やかなAORサウンドがグッと音量を上げたのちにフェイドアウト。静寂の中、ギターを抱えて立つ塩入の姿がまっ先にフレームインし、サポートドラマーの鈴木駿介が打ち鳴らすシンバルを合図に、軽快なアンサンブルが待ってましたとばかりに溢れ出た。メンバー全員、厚手の冬物コートを着用して演奏するというスタイルはもちろん配信ライブであっても貫かれている。しゃくりあげるようなハイトーンボイスでテンポよく繰り出される歌詞の一言一句も耳に心地好く、あっという間にFINLANDSワールドへと惹き込まれてしまう。
「“遠隔 記録博 2020”をご覧いただいているみなさん、こんばんは。FINLANDSです。いかがお過ごしでしょうか。みなさんに、そして我々に素敵な週末をお届けします」
挑発的かつ確信的な塩入の挨拶から「ウィークエンド」へとなだれ込み、さらに「バラード」ではイントロセッションからしてアグレッシブ、点滅する真っ赤なライトに照らされた塩入のシルエットがまた実に扇情的だ。「バラード」のやぶれかぶれな狂騒は、サポートベーシストの今井彩と鈴木とのリズム隊による抑制の利いた音像を基盤に淡々としながらも切実に展開する「sunny by」の有無を言わさぬ迫力で鎮められ、結果として聴く者の胸にじりじりと消えない熾き火のような熱を残す。「気づけば夏になってしまいましたが、夏といえばざわつく季節、浮き足立ってくる季節だと思います。好きでもない人と付き合ってしまったり、嘘でもいいからと騙されてしまうような季節かもしれません。結婚詐欺の曲を」と告げて突入した「恋の前」の、わかっていて自ら騙されにいく恋にすらならない執着と狂気。「どうしても叶えたいことも、どうしても変えたい人の気持ちも、私はたぶん今生きている人生のなかでは叶わないんだろうなってことが痛いほどわかっていて。だったら生まれ変わったら、願いを叶えてほしいという気持ちを込めて」と歌われた「Hello tonight」の、諦観と一縷の望みののっぴきならないせめぎ合いの妙。正解/不正解で括れない恋情をこんなにも見事に、歌で、演奏で、表情で、佇まいで、表現してしまえるフロントマンは彼女を置いてほかにいないのではないだろうか。エモーションをぶちまけているようで、何かが喉元につかえているような、独特のボーカリゼーションに掻きむしられて、たまらない。
この日、印象的だったのは無観客の違和感がほとんど感じられなかったことだ。塩入自身、「みなさん、観ていただけてますかね」と呼びかけて「反応ないのって新鮮ですよね」とメンバーと笑い合ったり、「これ、世界中どこからでも観れるんですよ。すごいですよね、誰が観てるかわからない。元カレ、元カノ、いざこざがあった人……いろんな人が観ている可能性があるんだなと考えるとちょっと夢がありますね」と冗談めかしたり、「みなさんの反応はここでは一切見えないんです。でも、きっとはしゃいでくれているんだろうなっていう気持ちでこちらも最後までやりますので」と視聴者サイドを慮ったりと無観客という事態を踏まえてはいるのはたしかだったが、それをマイナスに捉えるのではなく、むしろ興味深く楽しんでいるのが伝わってくる。もちろんオーディエンスとバンドが一体となって醸し出す熱狂のカタルシスは何物にも代えられないだろう。すし詰めのフロアでしか味わえない興奮も、振動する空気を肌で感じる喜びも、配信ライブでは分かち合えない。けれど、そのうえでなおこの「遠隔 記録博 2020」は紛うことなく“FINLANDSのライブ”だった。ステージ上の彼女たちを臨場感たっぷりに追いかける優れたカメラワークもそう感じられた要因のひとつかもしれない。ザラリとした映像の質感や、スモークを染めるライトの滲み具合も、凛とした空気感も、どれをとってもFINLANDSのそれであり、画面越しというのを忘れて最前列のかぶりつきで観ているような錯覚にさえ陥った。2月に行なわれたVELTPUNとの2マンライブ以来、5ヵ月ぶりのライブだというバンドの飢餓感も大きいだろう。照明を浴び、メンバーと音を重ねている塩入は心の底から嬉しそうで、ありありと伝わってくる歓喜にはライブで空間を共にしているときとまるで遜色のない生身の美しさがあった。
1年ぶりにして、初のデジタルシングルとして3月に配信リリースされた「まどか / HEAT」からFINLANDSの始まりの曲と呼ぶべき「ナイター」まで、この日のセットリストには新旧、万遍なく選りすぐられた楽曲が並んでいた。1曲1曲に宿った個性豊かな魂は過去の曲であってもけっして古びることなく、いっそう鮮やかに現在に鳴り渡る。新曲「HEAT」に積み上がる体温とやるせなさは今のFINLANDSだからこそ歌えた心情であろうし、歌詞を読めばとことん容赦がないのにどこかコミカルで、ラストの変拍子では吹っ切れた凄みさえ滲ませる「ゴードン」は5年前にはなかった貫禄さえ伴って響いてくる。塩入の囁くような弾き語りから始まった「月にロケット」のしみじみとした思慕は、そっと寄り添うバンドサウンドと今井によるコーラスが加わることでにいっそう厚みを増してオーディエンスを包み込んだ。
「いろいろ時代は変わっていくと思います。それでも私は大事にしたいなって思うものを今、大事にして、生活のこと、恋愛のこと、自分のこと、音楽のこと……全部、今、気に入ってるものを選んでいればこの先もきっと気に入った未来を作っていくことができると思っています」
そう告げて後半戦、朗々と歌い上げられた「USE」のなんと力強いことか。コシミズの脱退後、初めて世に出されたこの曲。別れの痛みを抱きかかえながら、まっすぐに前を向いた決意と覚悟の1曲が画面の前の一人ひとりをもやさしく奮い立たせるかのようだ。ハイテンポに畳み掛けた「yellow boost」からはもう一気呵成、「call end」「ナイター」「メトロ」と駆け抜ける。そうしてラストは「まどか」。前述したデジタルシングルの1曲であり、FINLANDSの在りようにひときわ深みをもたらすだろう、おそらくエポックともなりうるミディアムスローなバラードだ。リリースこそ3月だが、この曲が初披露されたのは昨年行なわれた全国ツアー「REMOTE CULTURE TOUR 2019」のファイナル、11月の東京・恵比寿LIQUIDROOMだった(「HEAT」もそうだ)。当時のMCで「好きなことをやれる日常が当たり前じゃないって、すごく悲しいことだと改めてわかりました。家族や友達や恋人、“また明日ね”って別れた人に次の日に会えないなんてことは当たり前になってほしくない。もっと当たり前に日常を自慢していい世の中になってほしいし、私は当たり前にあなたのことを願っていたいと思って作った曲です」と語っていた塩入。曲に込めた想いが今これほどに切実に響くものになろうとは予想もしていなかっただろう。<泣いて抱いて当たり前を願わせてよ><変えが効くそれでもあなたに拘りたいの><わたしの持った細胞の全てであなたを思う>と歌う彼女の、時折小刻みに震えるビブラートは祈りにも似て、私たちの心を震わせる。「みなさんが、私たちが、まどかなる日々を作っていけますように」と演奏に入る直前、塩入は言った。“まどか(=円か)”を辞書で引けば意味の2つ目に“穏やかなさま。円満なさま。”とある(デジタル大辞泉)。冒頭に書いた“当たり前のものを当たり前のまま、当たり前に守れる日々”もまた塩入の願う「まどかなる日々」であるはずだ。
世の中がどう変わろうともFINLANDSの音楽はきっと鳴り止まない。たしかに刻まれた“記録”を胸に、次の動きを虎視眈々と待っていたい。
【撮影:小野正博】
セットリスト
遠隔 記録博 2020
2020.07.23
- 01.カルト
- 02.ウィークエンド
- 03.バラード
- 04.sunny by
- 05.恋の前
- 06.Hello tonight
- 07.衛星
- 08.HEAT
- 09.ガールフレンズ
- 10.ゴードン
- 11.月にロケット
- 12.USE
- 13.yellow boost
- 14.call end
- 15.ナイター
- 16.メトロ
- 17.まどか