ヨルシカ、初の配信ライブ「前世」。その物語の意味をひもとく
ヨルシカ | 2021.01.12
コンポーザーでギタリストの“n-buna”(ナブナ)とボーカル“suis”(スイ)によるバンド、ヨルシカが1月9日にオンラインライブ「前世」を開催した。
ライブのタイトル「前世」とは、彼らの2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』の1曲目に収録されていたインストナンバーと同じだ。『負け犬~』は“生まれ変わり”がテーマで、1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』とはメタ構造となっており、『夏草~』に収録された「言って。」の主人公である“私”は、何度も生まれ変わりをした末に、「雲と幽霊」でもう一度、“僕”と出会っているほか、『負け犬~』には目の見えない少年や爆弾魔、先生に人生相談を問いかける生徒など、様々な前世が描かれていた。
続く、1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』と2ndフルアルバム『エルマ』は音楽を辞める青年・エイミーの手紙と、その手紙に影響を受けて彼と同じ旅路を辿る女の子・エルマの日記が対になったコンセプチュアルな作品となっていた。その物語で、エイミーはひとりぼっちで月明かりの道を歩き、エルマは彼と同じように湖の底に飛び込み、綺麗な月明かりを見た。2枚のミニアルバムとの繋がりはないものの、『負け犬~』に収録された「ただ君に晴れ」のMVには、別の曲の詩のようなものが映っていたり、音楽の盗作をする男を主人公にした3rdフルアルバム『盗作』(付属の小説には彼と出会った少年との交流が描かれている)には、『負け犬~』の「爆弾魔」が再録されていたりもする。結局、何が言いたいのかというと、全ては、今、現在の“僕”が“君”に出会うまでの過去生を表現しているのではないかということ。“前世”という言葉に抵抗があるなら、“思い出”や“記憶”、“記録”と言い換えてもいいかもしれない。それこそ、偉大なSF作家や詩人、音楽家や映画人、あらゆる芸術家たちが作品に刻んで残してくれた人生も含めて。
開場から開演までの30分間はサメやエイ、イワシの大群が逆方向に泳ぐ映像が流されていた。ゆっくりと、時間が遡っていっているのだ。やがて、画面上に浮かんださまざまな形の時計盤が激しく逆回転し、2バイオリン、ビオラ、チェロの弦楽四重奏による「Overture」によって、ヨルシカLive「前世」の幕が開いた。ここで、彼らが演奏しているのは、水族館の大水槽の前であることがわかった。エレキギター(n-buna)、アコースティックギター、キーボード、パーカッションというバンドメンバーはシルエットしか見えない。やがて、ブルーのシャツにグレーのスカートを履いたsuisが<変わらない風景>と歌い出す。2曲目「藍二乗」と3曲目「だから僕は音楽を辞めた」はアルバム『だから僕は~』の最初と最後に収録されていた楽曲だ。エルマがいなくなって一人になったエイミーの物語の始まりと終わりを一気に見せた。アレンジは音源とは全く異なっており、より繊細に、よりドラマチックになっていた。エレキギターのリフと同じフレーズを弦も重ね、ピアノとボンゴが焦燥感を煽ると、裸足で歌うsuisは慟哭の寸前のような、聴き手の心を震わす叫びをあげた。
バイオリンがピチカート奏法で雨を表現した「雨とカプチーノ」はエルマ視点によるエルマとエイミーの出会いのシーンだ。ダウンビートのファンキーなアレンジで、suisの歌声は、エイミーからエルマになっただけでなく、R&Bシンガー然とした唱法にも変化しているから驚きだ。「パレード」は再び『だから僕は~』の物語。幻想的で美しく、優しくて柔らかい夜明けが訪れそうな予感をもたらしてくれる歌と演奏、そして、照明の演出だった。
ニューオリンズジャズのようなピアノとボンゴのセッションを経て、『夏草~』のリード曲「言って。」。歌声はピュアでチャーミングだが、すでにこの世にいない相手に対して、あなたがもういないということを直接、言って欲しいと繰り返す楽曲だ。続く2曲は、『負け犬~』から。「ただ君に晴れ」では、suisが大きな切り株のようなステージを下りて、レトロなテレビが置かれた小さな部屋へと足を進めた。そこには、演奏するバンドメンバーが映し出されていたが、その画面も最早、思い出、前世ということなのだろうか。やがて、画面には雨が降り出し、「ヒッチコック」ではモノクロームの映像となった。古い映画のようにも見えるし、額縁に納められた絵画のようにも見えたが、アウトロでカメラがぐるりと一周して、カラーへと戻った。
そして、カモメの鳴き声とともに場面は一変した。バンドによる「1、2、3、4」という威勢のいい掛け声とともに始まったインスト「青年期、空き巣」からは、『盗作』の物語に。バイオリンが荒ぶるスイングジャズ「春ひさぎ」では商売音楽を安売りする様を売春に喩え、疾走感たっぷりのポップロック「思想犯」は、どうしようもない孤独感を地鳴りのような低い声で語り、「花人局」(はなもたせ)では、主人公の“僕”の元から“あなた”が温もりと花の香りだけを残して去っていった。続く、「花泥棒」は、1月27日にリリースされるEP『創作』に収録される最新曲で、おそらく、突然、命を失った“あなた”(前述の“僕”の妻)の視点の物語だ(『盗作』の“音楽泥棒”と対になってるのではないか)。歌とアコギ、歌とドラム、歌とベース、歌とエレキギターと順番に会話するかのようなやりとりがあったが、それはまるで言葉を発せなくなった“あなた”と“僕”の愛の語り合いのように感じた。最後には、桜の花びら(命)は全て散ってしまったのだが。
最後は『エルマ』の物語だ。インストの「海底、月明かり」では、水族館の水槽ではあるが、エルマが湖の底で見たような月明かりみたいな綺麗な陽の光を追体験することができた。また、この後で立ち上がったsuisの影が、ヨルシカのロゴマークのように見えた瞬間もあった。弦とピアノ伴奏のみで歌った「ノーチラス」ではチャーミングな歌声で、海の奥底に沈んだ潜水艦から浮かび上がるような、長い長い夢から覚めるような感覚をもたらせてくれた。しかし、エイミーによる「エルマ」で<もうさよならだって歌って>と呼び掛けられたエルマは、次の生で君と過ごすために「冬眠」へと向かう。ピアニカは「Overture」と同じテーマを吹き、suisは水よりも透き通った歌声を響かせ、“僕”は、“君”は、“私”は、“あなた”は、再び長い眠りにつく――。
時計の針がバラバラに解ける中、海の底で繰り広げられた生演奏による物語は終幕を迎えた。筆者は「前世」というライブタイトルと、suisの口から発せられる“思い出”という言葉に惹かれたが、“花”というモチーフに意識を集中して聴くとまた違う感じ方もあるだろう。ヨルシカの音楽はそれくらい多層的で、様々な楽しみ方ができるドラマになっているのだ。
【取材・文:永堀アツオ】
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03. 創作
04. 風を食む
05. 嘘月
セットリスト
ヨルシカ
Live 「前世」
2021.01.09
- 01. Overture
- 02. 藍二乗
- 03. だから僕は音楽を辞めた
- 04. 雨とカプチーノ
- 05. パレード
- 06. 言って。
- 07. ただ君に晴れ
- 08. ヒッチコック
- 09.青年期、空き巣
- 10. 春ひさぎ
- 11.思想犯
- 12.花人局
- 13.春泥棒
- 14.海底、月明かり
- 15.ノーチラス
- 16.エルマ
- 17.冬眠