まらしぃ、日本武道館単独公演『marasy piano live in BUDOKAN』
まらしぃ | 2021.03.10
流れていたBGMが止まり、ついに迎えた開演時間。アリーナの真ん中にあるステージに向かって、ゆっくりと歩いていくまらしぃのシルエットが、薄暗がりを通して見えた。そして、グランドピアノに向かった彼が最初に届けてくれたのは「Love Piano」。流麗なメロディが、1階席、2階席で耳を傾ける観客を瞬く間にうっとりとさせていく。鍵盤をモチーフとした模様で囲まれたステージを起点として、穏やかなエネルギーが武道館全体に広がるオープニングであった。
「この日を楽しみにしてきました。日本武道館に来てくださったみなさん、配信で観てくださっているみなさんにお礼を言いたいんですが、僕はピアノを弾く人なので、ピアノでいろいろ楽しんでもらえたらなと準備してきました」。MCを挟んで、演奏はさらに続いた。ステージ上にはグランドピアノが置かれているのみで、大道具の類はなく、他の楽器パートのメンバーもいない。1台のピアノを自由自在に奏でながら奥行き深い世界を作り上げていく様から片時も目を離すことができなかった。移りゆく天気をテーマとしたアルバム『シノノメ~solo piano~』に収録されている「霧と五線譜」「シノノメ」「崖っぷちオーマイガール」を演奏して、自身が雨男であることを詫びるユーモラスなMCも交えつつ、観客をどんどんリラックスさせていたまらしぃ。この日の東京は強風が吹く雨模様だったのだが、会場内はとても平和な空間となっていた。
レーザーの光で描かれた星形のグラフィックがピアノに照射される中でロマンチックに響き渡った「stella=steLLa」、温かな調べが観客の心を和ませていた「Sogna」を経て迎えたMCタイム。約1年1ヵ月ぶりの有観客ライブができている喜びを改めて言葉にしたまらしぃは、4歳から14歳くらいまでピアノを習っていた日々のことを「結構上手かったんですよ」と言いつつ振り返った。習い事のピアノをやめて以来、遠ざかっていたクラシックに再び向き合ったのが、2019年にリリースしたアルバム『ちょっとつよいクラシック』なのだという。そして披露された「ちょっとつよいクシコス・ポスト」「ちょっとつよいトルコ行進曲」は、ダイナミックな編曲と観客の手拍子によって、お馴染みのメロディにフレッシュな生命が宿っているのを感じた。
「残酷な天使のテーゼ」を演奏した後、友人である堀江晶太について語ったまらしぃ。彼と交し合った「なんかやろうぜ」という10年越しの約束を果たした「十年越しのラストピース」を演奏した後に「六兆年と一夜物語」と「アマツキツネ」も披露。そして、マイクを通さない生の音で届けられたのが、大好きな初音ミクへの気持ちを込めて作ったのだという「空想少女への恋手紙」。続いて、真っ白なスモークがアリーナの床をゆっくりと這う幻想的な風景から届けられた「tadu」。ステージの周囲でかがり火が灯り、厳かな空間が作り上げられた中でドラマチックに躍動した「千本桜」。一度はやめたピアノを再び弾き始める契機となったのだという「ネイティブフェイス」。様々な楽曲を鮮やかに連鎖させた「ナイト・オブ・ナイツメドレー」……ピアノの音が無数の色合いと表情を浮かべながら会場を震わせる様が、ドラマチック極まりなかった。
そして、いよいよ本編は1曲を残すのみとなった。「ピアノで活動させていただくにあたって、いつもたくさんの応援とか嬉しい言葉をいただく機会に恵まれています。僕からみなさんに向けての『こちらこそありがとう』っていう何かが欲しいなと思って」――まらしぃは、次に演奏する曲について語った。「僕からみなさんを応援するような楽曲なんです。日本武道館でピアノを弾くっていうのは、何かのインタビューで『そんな機会がもしあればですけど』という感じで、冗談にもならない感じで1回か2回言ったくらいのことだったんです。そういう場が実現して夢が叶った。すごく嬉しい気持ちでいっぱいです。今度は僕からみなさんを応援させてください」という言葉を添えた「青く駆けろ!」には、爽やかなエネルギーが漲っていた。
1階席、2階席の各エリアに深々とお辞儀をして感謝の気持ちを伝えた後、大きな拍手に見送られながら一旦は舞台裏に戻った彼であったが、Tシャツに着替えてすぐに戻ってきた。「もうちょっとだけ演奏できるということなので、最後の1秒まで、僕が一番楽しもうと思います!」という言葉が明るい。そして、「今日、誕生日の方はいらしゃいますか?」と問いかけつつ、誕生日を迎えた観客、配信を観ている視聴者のために演奏した「Happy Birthday to You」の後、彼はマイクを手にして想いをじっくりと語った。「まらしぃとして作った最初の曲なんですけど。ほんといろんなところで演奏させてもらいました。「ネイティブフェイス」が僕の原点とするならば、この曲はまらしぃの原点なんです。悔いのないように1音1音を楽しみながら、最後まで聴いていただけたらと思います」という言葉を経て、ラストに披露されたのは「夢、時々…」。レーザーが作り上げた円錐のグラフィックで彩られたステージから、瑞々しいメロディが雄大に広がっていった。
開いたスケッチブックを残してステージを後にしたまらしぃ。「3/2 日本武道館 どうもありがとう!!」という手書きのメッセージと、その横に置かれたマスコットキャラクターのサルがスクリーンに映し出されると、観客の間から大きな拍手が沸き起こった。こうして終演を迎えた『marasy piano live in BUDOKAN』。終始、実に楽しそうにピアノを演奏していた彼の姿が、とても印象深く思い出される。届けられたあらゆるメロディが、観客の心を潤していたライブであった。
【取材・文:田中 大】
【撮影:keiju takenaka】
セットリスト
marasy piano live in BUDOKAN
03.02@日本武道館
- 01.Love Piano
- 02.霖と五線譜
- 03.シノノメ
- 04.崖っぷちオーマイガール
- 05.stella=steLLa
- 06.Sogna
- 07.ちょっとつよいクシコスポスト
- 08.ちょっとつよいトルコ行進曲
- 09.残酷な天使のテーゼ
- 10.十年越しのラストピース
- 11.六兆年と一夜物語
- 12.アマツキツネ
- 13.空想少女への恋手紙
- 14.tadu
- 15.千本桜
- 16.ネイティブフェイス
- 17.ナイト・オブ・ナイツメドレー
- 18.青く駆けろ! 【ENCORE】
- EN1.夢、時々…