2007年にリリースされた1stミニアルバム『Human Orchestra』。それから5年後の全く同日である6月27日に、tacicaは5周年記念ミニアルバム『jibun』をリリースする。振り返れば、決して彼らの歴史は順風満帆なものではなかった。メンバーの急病による活動休止など、様々な苦難を経験した時期もある。本作はそれを乗り越え、再び走り始めたバンドの今がギュッとと詰まった作品となった。また、彼らは今までこういった取材を受けることがあまりなかったのだが、そこにはある心境の変化があったようだ。バンドのソングライティングを担当する猪狩翔一(Vo、Gt)に話を訊いた。
EMTG:5周年記念作品の『jibun』は、どういう作品にしようと思ったんですか?
猪狩:今までの集大成とか、もう一回『Human Orchestra』みたいなことをしようということではなく、今まで自分達が吸収してきたものを記録出来ればなと思って作ってました。
EMTG:タイトルの“jibunには”、己の「自分」の他にも、タイミングっていう意味での「時分」もありますが。
猪狩:それも含めてローマ字表記にしていて。すごく自分と向きあって作ってる曲ではあるんだけど、自分の手から離れた瞬間にどんな風に聴いてもらってもいいっていう思いもすごく強くて。受け取る側の自由を求めちゃうっていうか、イメージを限定させてしまうことをしたくないんです。そういう願望の表れだと思うんですけど。
EMTG:そういう意味でも、今回の収録曲のタイトルはとてもシンボリックですね。
猪狩:俺の中で「jibun」っていう言葉から連想するものを集めた感じです。ただ、それを共感するのは難しいところだと思うんですけど(笑)。相当内側のことなので。
EMTG:例えば、1曲目の「CAFFEINE 珈琲涅」には“不眠”みたいなイメージもありますけど。
猪狩:この曲は生活の中で依存してしまっていることや、ダメだと思ってもやってしまうことだったり、そういう“依存性の強いもの”をイメージする単語が「カフェイン」だったんですよね。
EMTG:ちなみに、コーヒーとかよく飲むんですか?
猪狩:そうなんです。俺がコーヒーとかコーラとか、カフェインが入っているものが好きなのもあるんですけど(笑)。
EMTG:なるほど(笑)。次の「RAINMAN 雨人」ですが、猪狩さんの曲には「雨」っていう単語がよく出てきますね。
猪狩:天気って人の気持ちと似てるじゃないですか。晴れてたり、雨だったり、心と繋がる部分がすごくあるなと思って。その中で落ち込んだりするときって「雨」の感じがするじゃないですか。それが曲を書く上でしっくり来ることが多くて。
EMTG:次の「HUMMINGBIRD 蜂鳥」はどんなイメージを?
猪狩:この曲は「キミらしい命」という言葉をすごく歌いたくて。君らしい命というか、自分らしい命というか。そういうことを歌いたかったときに、キレイなものだったり、正しいものばかりでは命とは言えないんじゃないのかなと思っていて。デタラメなものもあって、初めて命なんじゃないかなって。今までも動物がタイトルになっている曲が多かったりするんですけど、一貫してその動物のことを歌ってるわけじゃなく、人間のことを歌いたくて、その例えとして動物を用いてる感じです。
EMTG:次の「ANIMAL 動物」も人間を表現するために?
猪狩:そうですね。この曲はサビのフレーズをとにかく歌いたくて。サビに行くまでにどうしたらいいんだっていうところで、時間がかかった曲ですね。
EMTG:サビの<動物と呼べる程/動く訳でもない僕等>っていう歌詞は、言わば人間の怠惰な部分ですけど、そこが人間らしい部分でもあって。
猪狩:なんか、音楽に求めるものって人それぞれだと思っていて。わざわざ音楽を聴いて暗い気持ちになりたくない。生きてたら辛いことがいっぱいあるんだから、音楽だけは明るい気持ち、楽しい気持ちにさせくれっていうのもあると思うんだけど、自分が曲を書くときに「明と暗」で言うところの、ホントの意味での「明」が表現出来なくて。だから、これは自分を戒めるっていう気持ちで「暗」の部分を書いてます。決して明るいものではないけど、そこに辿り着くまでに、いかに自分が言われて痛いと思える表現が出来るかっていうのをすごく考えてましたね。
EMTG:自分の暗い部分を見つめるのは、すごく大変なことだと思うんですが。
猪狩:大変というか、それしか出来なくて。自分が良いと思えるものを作るっていうと、そういうやり方しか出来ないんですよね。
EMTG:今まで培ってきたやりかただと。最後の「SUN 太陽」は雄大なバラードですけど、猪狩さんの曲には「太陽」っていう単語も多いですよね。
猪狩:太陽も雨と近い感じで、一般的なイメージ通りというか。元気なものとか、明るいものとか。でも、この曲はさっきの「培ってきた」っていう話で言うと、今までのやり方で「太陽」っていう言葉を使ってないんですよ。マイナスな意味じゃないんだけど、今回の曲の中で一番違和感を感じていて。間違いなく自分から出てきたものなんだけど、自分から出てきたものっぽくないというか。自分なりのルールみたいなものがあるんだけど、それに則ってない書き方をしてるからだと思うんですけど。
EMTG:敢えてそこから外れてみようとしたわけでもなく。
猪狩:そうです。意図的にやったわけではなく。そういう意味では5年経ったから書けた曲だとも思うんですけどね。
EMTG:あと、今回のジャケットですけど、猪狩さんが描かれたんですか?
猪狩:いや、違いますよ(笑)。実はこれ、描き下ろしてもらったものじゃないんです。鷲尾さん(鷲尾友公)っていうイラストレーターの方がいて、その人が過去に書いた作品の中の1枚なんです。この絵も2007年のものだから、ちょうど5年前のもので。これに近いニュアンスをお願いしたんですけど“同じものは書けないから、もしこれでよかったら使ってください”っていうことになって。その人は名古屋に住んでいるんですけど、よく見ると「NAGOYA」って書いてあるんですよ。実際のジャケットとか、アナログ盤のサイズだと見えると思います。
EMTG:直接手に取って見てもらいたい部分ですね。5周年記念作品、完成してみていかがですか?
猪狩:まだモノ(=CD)を見てないから(取材は6月上旬)、あんまり実感がなくて。俺、モノを作ってる感覚が強いから。
EMTG:自分が手に取ってみて始めて完成だと。
猪狩:毎回自信はあるんですけど、良いものが出来たなとは思います。
EMTG:tacicaは取材をあまり受けないバンドですけど、“良いものが出来たから今回は受けてみよう”っていう部分もあったんですか?
猪狩:そうですね。単純に受けてみたかったっていうか(笑)。
EMTG:心境の変化があったんですか?
猪狩:活動休止してるときも音楽をかけてくれたり、雑誌もインタビューがないのに記事を書いてくれたり、これは感謝しないとって思って、動き始めたらちゃんと顔を見て挨拶出来たらなと思って。それで『sheeptown ALASCA』(アルバム。2011年4月27日リリース)のタイミングで、地方のラジオ局とかにも行ったりしたんです。音楽を作ってて、音楽以外の作業で一番嫌なことって、作ってる人間をないがしろにされる瞬間なんですよ。嫌というか、たまらなくて。実際そういうことも、あったことはあったんです。その反面、すごく気持ちを汲んでくれたり、すごく分かってくれたりしたのも感じて。例えばインタビューって、作ってる側から聴いてる側にダイレクトに届くはずのところの間に入るものじゃないですか。タイミングによっては発売する前に得られる情報だったりするわけで。そこに俺は違和感がちょっとあったんです。聴く人が先入観を持ってしまうんじゃないかとか、こんなニュアンスじゃなかったのにとか。でも、いろんな人と話してみて、自分がちゃんと話せたら全然大丈夫だと思ったし、結局、“俺はちゃんと出来たのに、あの人がダメだったから”とか、自分達がやってること全部に関して、人のせいにするのが嫌で。なんかそれが起こっちゃいそうな気がずっとしてたんですよ。でもなんか、それもひっくるめて、ちゃんと伝えてくれそうだなって思えたんですよね。だからやってみたくなったんです。自分の言葉で話せれば大丈夫っていう確認もしたかったんで。
EMTG:そういう意味でも「時分」だったのかもしれないですね。
【取材・文:山口哲生】