2006年からニコニコ動画の「歌ってみた」への投稿を開始し、圧倒的な人気を確立している96猫が、ミニアルバム『Crimson Stain』でメジャーデビューする。ドラマチックなメロディが生々しく迫る「Crimson Stain」、人気スマホゲームとのコラボソング「Dream Breaker」などの他、ニコ動シーンで大人気のナンバーのカバーも収録した今作。多彩なサウンド、幅広い歌詞の世界を豊かに表現している1枚だ。彼女はどのように音楽と向き合いながら、この唯一無二の歌声を放っているのか？　様々なエピソードも交えつつ、本人に語ってもらった。

EMTG：ニコ動に投稿し始めたきっかけは、何だったんですか？

96猫：友だちに「やってみなよ」と言われて始めたんです。投稿したての頃は「下手だ」とかなり言われましたが（笑）。そんなこともありながら、もう10年くらいやっているんですかね。

EMTG：10年くらい活動してきたということは、ニコ動が盛り上がっていく様子を、まさに当事者として体験してきたわけですね。

96猫：そういうことになりますね。いろいろ変化したなと思います。10年間やってきて感じるのは、流行とか廃りって、ずっとクルクル回っているんだなということです。例えば「歌ってみた」が人気な時期、アニメが人気な時期、「踊ってみた」とか「MMD」が人気な時期、ゲームが人気な時期……っていうのがずっとクルクル回っているんですよ。流行っているものから次のものへとすぐに移っちゃうけど、そんなに根本は変わらないのかなと。

EMTG：ということは、目先の流行に左右されるよりも、自分がやりたいことに忠実に活動する方がいいってこと？

96猫：はい。そう思うようになっています。久しぶりに自分が昔、投稿したものを観て、「ひどいなあ」って思う若気の至りもありますけど（笑）。「こういう96猫が好き」っていうのに合わせていたら何がしたいのか分からなくなった時期もありましたが、今は「楽しいからいっか」っていうところに落ち着いています。

EMTG：曲毎に表現スタイルが変化する歌い手だとよく言われていますよね。ご自身ではどう感じています？

96猫：自分では「幅」みたいなことは、よく分からなくて。「曲毎にそんなに違っているのかな？」と思うので。例えば「どうやったら、曲毎に違った感じで歌えるんですか？」っていうコツみたいなことを訊かれても、答えられないんですよ。

EMTG：曲にこめられているものに反応して歌っている結果、歌のテイストやスタイルの幅が広がっているということではないでしょうか？　役者さんが、役柄毎に全く違った人格になるような感じというか。

96猫：自然にそうやっているのかもしれないですね。意識的にコントロールできるようにはなりたいです。

EMTG：あらゆる曲を歌う際に、一貫して大事にしていることは何かありますか？

96猫：歌詞を自分の中に入れるというのは、どの曲を歌う時もやっていることです。自分なりの勝手な解釈ですけど。

EMTG：解釈を確立してから歌うから、自ずと歌の表現が多彩になっているということではないでしょうか？

96猫：なるほど。そうおっしゃって頂けると嬉しいです。

EMTG：先ほどから思っていたんですけど、地声も落ち着いたトーンで素敵ですね。

96猫：ありがとうございます（笑）。もともとはコンプレックスがあったんです。「見た目と声が合ってない」と、小さい頃から言われていましたから。今も相変わらず、「声に沿った見た目」になるか、「見た目に沿った声」になるか。どちらかになって欲しいと思っています。もっと落ち着きのある顔面になりたいですよ。大人っぽい色気のあるお姉さん的な顔に憧れます。私はそれとは正反対で、「ランドセルがよく似合う顔だね」みたいなことを言われますので（笑）。

EMTG：（笑）声にコンプレックスがあった人が、こうしてプロのシンガーになっているんですから、人生は分からないものですね。音楽の授業で歌うのとかも苦手でした？

96猫：口パクで歌っていました。人前で歌うのがほんとに苦手だったので、先生が前を横切る時だけちょっと声を出していました。今でも人前で歌うのは、ちょっと苦手なんですよ。でも、昔から1人で歌うのは楽しいと思っていました。

EMTG：ある演歌歌手とお話した際に、「身体の動きとか角度は声と連動しているから、そこを掴むと歌が上手くなりますよ」って言われたことがあるんですけど、そういう自分なりの方法論みたいなのはあります？

96猫：そこまでは考えたことがなかったです。私、いつも正座して歌っているんですよ。

EMTG：えっ！

96猫：正座じゃないと落ち着かなくなっちゃって（笑）。立っている方が歌いづらいんです。

EMTG：噺家みたい（笑）。

96猫：「この歌、正座して歌ってるのかな？」とか想像はして欲しくないですけど（笑）。とはいえ、スタジオでレコーディングしたものは直立不動で歌っています。「正座して歌います？」って言われるんですが、立って歌うのも慣れなきゃと思っているんですよ。

EMTG：正座や直立不動で歌っているというのは意外です。例えば、「Crimson Stain」も、すごく躍動感のある歌声を発揮しているじゃないですか。

96猫：ありがとうございます。この曲は『影鰐-KAGEWANI-承』というアニメの挿入歌なんですけど、「ザ・中二病」という部分が出ている歌だと思います。私自身もかなりそういうところがあるんですよね。患いながら歌った曲です。

EMTG：この曲も直立不動でレコーディングしたんですね？

96猫：はい（笑）。身体で表現するのが苦手なんですよ。ライブで歌う時は身振り手振りをつけるんですけど、どこかダサかったりするみたいです。

EMTG：「Crimson Stain」は『影鰐』で既に流れていますね。ファンのみなさんの反応はいかがですか？

96猫：『影鰐』はホラーですけど、怖いのが苦手な人も観てくれて、この曲を好きだと言ってくださるのが嬉しいですね。この曲をきっかけにアニメも好きになってくれている人もいるみたいです。

EMTG：『影鰐』の声優もやったんですよね？

96猫：やらせて頂きました。放送を観たら反省点がいろいろ出てきましたね。自分が声優をやっていないアニメは、「ここのセリフはもっとこういう風に言って欲しかったな」って思いながら観ていましたが、実際に自分でやってみると難しいものです。プロの声優さんってすごいんだなと改めて感じました。

EMTG：では、他の曲のお話もしましょう。「Dream Breaker」は、スマホゲームの『【18】 キミト ツナガル パズル』とのコラボソングですね。

96猫：この曲を作ってくださった梅とらさんは、「歌ってみた」でお世話になっているボカロPさんです。私の音域とかも考えて頂いている曲だと感じています。歌っていてとても楽しいですよ。海外のライブで歌ったことがあるんですけど、お客さんにもすごく盛り上がって頂けました。

EMTG：「Prisoner」に関しては、いかがでしょう？

96猫：「最後まで諦めず、絶対に探し出す」という気持ちが見える曲ですね。何かしらの希望を感じて頂けるものになっていたら嬉しいです。

EMTG：歌を通じて、ポジティブな何かをリスナーに届けたいという気持ちは強いですか？

96猫：それはすごく思っています。自分も様々な音楽から希望を頂いてきましたので。例えば、今回カバーをした「ピエロ」も、そういう曲になっていたらいいですね。「ピエロ」は歌詞が好きなんですよ。歌詞の中に《大丈夫》って出てきますけど、この言葉をみんなにも伝えたいです。誰しもが心が折れる時がありますし、「頑張れ」って言われても「もう頑張ってんだよ」ってなると思うし。そんな時に「大丈夫」って言われると、大丈夫な気がしてくるんじゃないですかね。「大丈夫」って、不思議な言葉だなと思います。

EMTG：「ピエロ」もそうですが、ニコ動でお馴染みの曲のカバーがいろいろ収録されているのも、今作の聴きどころですね。

96猫：メジャーから出させて頂くことによって「遠くに行ってしまった」って思われたくなかったんです。今までと変わらないスタンスを感じて頂きたくて、ボカロカバーもしました。自分が歌いたい曲、挑戦してみたい曲、生放送とかで「歌って欲しい」って言われる曲から選ばせて頂きました。

EMTG：さて。今作についていろいろお話をして頂きましたが、これでメジャーデビューですよ。幅広い層からの反応が届くと思いますが、どんな心境でしょう？

96猫：どんな言葉も重く受け止めようと思います（笑）。

EMTG：（笑）今作の収録曲ではないですけど、miwaさんの「シャンランラン」（アニメ『ふらいんぐうぃっち』オープニングテーマ）にフィーチャリングで参加したのも、新しいリスナーとの出会いになったのでは？

96猫：はい。miwaさんは同じレコード会社なんですけど、お話を頂いてびっくりしました。最初は「そんなそんな……」という感じだったんですけど、「せっかくの機会だし、初めての体験だから、歌ってみたら？」ということになったんです。「CD買ったよ」とか「むっちゃ好き！」とかおっしゃってくださる方々の声を聞いて、歌ってよかったなと思っています。

EMTG：メジャーでの活動に関して、何か見据えている目標とかあります？

96猫：目標ですか？　えーと……閉じこもりたい（笑）。

EMTG：どういうことでしょう？（笑）。

96猫：外に出ては行きたいですけど、96猫の中の人としては閉じこもっていたい……というような（笑）。96猫としての姿をどんどん前に出すというよりは、歌をもっと前に出していきたいなと思っています。

EMTG：ニコ動に投稿し始めた頃のスタンスに立ち還るような感覚？

96猫：そうですね。表に出ていくからこそファンのみなさんに喜んで頂ける歌い手さんもいらっしゃいますけど、私はそうではない気がするので。気さくな人は表にどんどん出るべきですが、私はお話もあまり得意ではないですし（笑）。メジャーだからといってあまり表に出過ぎることはなく、いろいろな曲を歌っていけたらいいなと思っています。

【取材・文：田中 大】

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