きのこ帝国、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』主題歌を含む2nd Albumで様々な “愛のゆくえ”を描く。

きのこ帝国 | 2016.11.08

 きのこ帝国がニューアルバム「愛のゆくえ」を完成させた。映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の主題歌として制作された表題曲「愛のゆくえ」を中心にした本作は、愛、家族、生と死をモチーフにした様々な物語が描かれる、コンセプチュアルなアルバムに仕上がっている。オーセンティックなレゲエに挑戦した「夏の影」、さらに佐藤千亜妃(Vo/Gt)のルーツでもあるブラックミュージックのテイストを取り入れた楽曲など、リズム・アレンジの幅が広がっているのも本作の魅力。歌詞の内容、サウンドを含め、バンドという枠を超えた自由度の高い楽曲がゆったりと体感できる意欲作と言えるだろう。
 今回EMTG MUSICでは佐藤に単独インタビュー。アルバム「愛のゆくえ」をフックにしながら、バンドサウンド、ソングライティングの新たな変化について聞いた。

EMTG:ニューアルバム「愛のゆくえ」が完成しました。今回はアップテンポの曲がないですね。
佐藤:ゆっくりめですね(笑)。自分が好きなテンポ感だったり、バンドがやりたいリズムの曲を作っていったら、全体的にテンポが遅くなって。無理にアップテンポの曲を作らなくてもいいかなっていう意識もあったんですよ。バラエティに富んだアルバムというよりも、一貫したモードというか、アンニュイな雰囲気の作品になりそうな気もしていたし、「愛のゆくえ」という楽曲が際立つアルバムにしたかったので。
EMTG:「愛のゆくえ」は映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の主題歌。中野量太監督は以前からきのこ帝国のファンだったそうですが、この楽曲の制作はどうでした?
佐藤:台本とキャスティングを送ってもらって、前もって曲を作っていたんです。死を扱っている映画だから、死にゆく側の気持ちを表現したいと思って、きれいなピアノの旋律が入ってる曲を作ったんですけど、監督にお会いしたら「残される側の、明日を生きていく希望みたいなものを表現してほしい」という話をされて。作っていった曲も聴いてもらったんですけど 「いい感じだけど、フィードバック・ギターが聴きたい」ということだったんですよね。監督の中には「ギターサウンドでエモーショナルな高ぶりを表現してほしい」という明確なイメージがあったから、音像、歌詞の世界観などについてディスカッションして、距離を縮めながら作っていきました。
EMTG:ノイジーなギターを中心としたサウンドは、きのこ帝国の初期の音楽性に近いですよね。
佐藤:そうですね。インディーズのときに「ロンググッドバイ」というミニアルバムを出したんですけど、監督はそれをすごく好きでいてくれたみたいで。ただ、以前の楽曲の焼き増しみたいな感じで作るのはバンドとしては発見がないので、自分たちなりに新しさを感じながら曲に出来ないかと試行錯誤して。最終的には自分たちにとっての新しさを表現しつつ、昔のサウンドが戻ってきたかのような音像も作れたので、上手く着地できた気がしますね。
EMTG:ここ数年のメロディの自由さを楽しむような感覚と、轟音ギターサウンドが共存していて。
佐藤:そう、自分としても、そこのハイブリッドが出来たと思っていて。メロディの自由さに対して、感情を解き放っているようなサウンドが被さってくる感じが新しいなと。単に轟音を鳴らしているのではなくて、“この歌詞に対して必要だから、エフェクターを踏む”という感覚なんですよね。必要に迫られて作ったアレンジだからこそ、説得力があるんだと思うし。
EMTG:なるほど。アルバム全体を通して聴くと、まずリズムの多彩さが印象的でした。
佐藤:リズムを中心に掘り下げて楽曲を作ることって、それほどやってこなかったんですよ。特に最初の頃は、まず歌とギターのデモがあって、そこからアレンジを作っていくことがほとんどだったので。今回はドラムのコンちゃん(西村“コン”)が叩きたいフレーズを叩いてもらって、そこから広げた曲もあるんですよ。ドラムが出したいグルーヴもあるから、そこに寄り添って曲を作るのもおもしろいだろうなって。「LAST DANCE」「MOON WALK」「雨上がり」などがそうですね。
EMTG:その3曲にはブラックミュージックのテイストも入ってますね。
佐藤:そうですね。私が音楽に興味を持ったきっかけは、ブラックミュージックなんですよ。兄弟の影響でモータウンとかをずっと聴いていて。ここ2~3年でリズム隊の2人もブラックミュージックが好きだってことがわかったんですよね。スタジオでコンちゃんがマイケル・ジャクソンの「Rock With You」の出だしのドラムを叩いたりして、「いまの“Rock With You”だよね!」って盛り上がったり(笑)。ベース(谷口滋昭)もジャミロクワイが好きだったりするし、そういうアプローチの曲をやってみるのもいいねっていう話になってきたんですよね。インディーズのときの「クロノスタシス」もそういうアプローチの曲だったんですけど、あのときもすごく頑張って作って。
EMTG:「クロノスタシス」はヒップホップ・テイストの楽曲でしたが、今回のアルバムはもっとソウルミュージックに近い気がしました。メロディもしっかり乗っていて。
佐藤:おもしろかったですね。言葉のリズムも自由だったし、それが逆に歌いやすくて。リズム隊の2人はヒーヒー言ってましたけどね。エンジニアのzAkさんに「グルーヴが出てない」って言われて、何度も録り直して。バンドという枠に捉われないで、まずはやってみたい曲を作って、それをバンドで表現するのがおもしろいんですよね。とっ散らかるのは良くないけど、軸がしっかりしていれば、表現の幅はどんどん広げられると思ってるので。そこは制限しないでやっていきたいですね。
EMTG:アルバムの楽曲の歌詞に関しても「愛のゆくえ」が起点になっているんですか?
佐藤:いろんな“愛のゆくえ”を描いたという感じなんです。アルバムには歌詞のある曲としては8曲入ってるんですけど、全部で8人の“愛のゆくえ”があるというか。不倫の曲だったり、愛の末に子供が生まれるハッピーな曲だったり、終わってしまった愛に対する後悔が滲み出ている曲だったり…描いていることは曲によって違うんですけどね。
EMTG:家族観、死生観をテーマにした映画『湯を沸かすほどの熱い愛』に影響されたところも大きいんでしょうね。
佐藤:監督が持っている世界観と自分が培ってきたものとリンクする感じがあったんですよね。家族っていろんなカタチがあるじゃないですか。ハッピーな家族もあれば、歪な家族もあると思うけど、両親や兄弟って切っても切り離せない関係だったり。私自身、音楽を始めたときは家族とのつながりが根底にあったんですけど、それを映画からも感じて。家族というのは、愛の着地点だと思ってるんですよ。ずっと続いていくものだし、いい日も悪い日もあるけど、スタートは“愛があって出来る共同体”なので。そのことを中心にしながら、今まで感じてきたキャパシティのなかで、いろいろな「愛のゆくえ」を表現してみたかったんですよね、今回は。
EMTG:愛を扱った歌が軸になっていることもあって、佐藤さん自身の女性性のようなものも強く反映されている印象を受けました。以前はもっと中性的なイメージの歌が多かったですよね?
佐藤:それはあえてやってたところもあるんです。男性が聴いても女性が聴いても感情移入できるような曲を作りたかったので、なるべく恋愛感情を含ませないようにしていて。今よりも潔癖だったと思うし、女性ソングライター=恋愛ソングというイメージもイヤだったのかもしれないですね。今は全然イヤじゃないです。そういうことも自然現象だと思うようになったので。私、子供の頃は「男の子みたいになりたい」って思ってたんですよ(笑)。可愛いと思われたいという願望がなくて、どちらかというと“賢い”とか“強い“って見られたくて。まあ、性格が可愛くないんでしょうね(笑)。
EMTG:いやいや(笑)。だから、今年の6月の中野サンプラザ公演で白いスカート姿で登場したのがすごく新鮮で。
佐藤:あれはビックリした人もいたみたいですね(笑)。「猫とアレルギー」という曲はラブレターを好きな男の人に渡すような曲だから、自分のなかでは何色にでも染まることができる“白”のイメージだったんですよね。赤いワンピースというアイデアもあったんですけど、それだとちょっと強すぎるなって。だから、衣装は“楽曲ありき”なんですよ。服とかメイクにもこだわりがなくて、音楽的に表現するためにはどんな衣装がいいか?ということなので。私は歌えればいいんです(笑)。
EMTG:では「愛のゆくえ」の楽曲をライブで演奏するときも…。
佐藤:まだ何も考えてないですけど、曲の世界観を壊さないように音を紡いでいきたいですね。このアルバムの楽曲のような雰囲気の曲って、今のバンドシーンのなかにはあまりないと思っていて。それを担っていきたい、つないでいきたいという気持ちもありますね。

【取材・文:森 朋之】

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リリース情報

愛のゆくえ

愛のゆくえ

2016年11月02日

ユニバーサルミュージック

01.愛のゆくえ
02.LAST DANCE
03.MOON WALK
04.Landscape
05.夏の影
06.雨上がり
07.畦道で
08.死がふたりをわかつまで
09.クライベイビー

お知らせ

■ライブ情報

echoes vol.3
11月23日(水・祝) 梅田CLUB QUATTRO
w/NakamuraEmi
11月24日(木) 名古屋CLUB QUATTRO
w/ハナレグミ(弾き語り)
11月29日(火) 東京・Shibuya WWW X
w/9mm Parabellum Bullet
11月30日(水) 東京・Shibuya WWW X
w/MOROHA

ワンマンツアー2017『花の名前を知るとき』
03月24日(金)福岡BEAT STATION
03月31日(金)仙台darwin
04月02日(日)札幌cube garden
04月15日(土)NHK大阪ホール
04月16日(日)日本特殊陶業市民会館
04月19日(水)中野サンプラザホール
04月20日(木)中野サンプラザホール

※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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