【発条式短篇奇譚 第10回】2018年3月号「20本の至福」
Halo at 四畳半 | 2018.03.12
2018年3月号
「20本の至福」
小さな箱を買う。
慣れた手つきで蓋を開ける。
現れる銀紙を摘んで引っ張る。
そこには20本の至福が詰まっている。
私はその至福の中から1本を取り出して口に咥えた。テーブルの上からまた別の箱を手に取り、その中から1本のマッチを取り出す。家で吸う時はマッチと決めている。ライターで火を点けるよりも、あの独特な香りと混ざることで更に美味しく感じるのだ。
深く息を吸い込み、そのまま肺に落とす。落とした煙を口から吐き出して、それが天井に昇るのをぼんやりと眺める。煙はじわじわと広がっていきながらも、最後には等しく消えてしまう。なんてことのないいつもの風景なのだが、疲れていたのだろう。しばらく空白の続いた脳内で考えが芽吹く音が聞こえる。それが仕様もないものへ育っていくことを予感しながらも、私には止めることができないのだ。
煙が一瞬隠したことにより、私の目の前には改めて月3.5万の1Kが現れる。これが私の家。家なのか。少なくとも私が幼い頃、幼稚園の先生に「おうちを描いてみましょう」と言われてもこの部屋を描くことはなかっただろう。幸い貧困でも裕福でもない家庭で育ってきた私にとっては、これは家というよりも箱だ。おおよそ人の生息空間と呼ぶにはあまりに狭く、私の家具選びのセンスと相まってひどく無機質である。
箱の中で私は横たわり、箱を手に取り、箱の中身を咥え、また別の箱の中身で火を点ける。朝になれば満員の箱に運ばれて、金を稼ぐ為に別の箱へ行き、またこの箱に帰ってくる。そう考えれば人と人との関わりも透明な箱の様に思えるし、趣味や国籍、価値観も何もかも我々は透明な箱の中で生きて、死んでいくようなものか。頭がおかしくなりそうだ。
ある友人は魔法だと言った。吸って吐くだけで気分転換にもなるし、人とちょっとした話をするきっかけを生んでくれると。確かに間違ったことは言っていないように思う。しかし付け加えるようにして、実際若い男女に魔法をかけたこともあるなどと言い出したので、彼と次に会うのはTV画面越しになるかもしれない。
私にとっては、魔法ではない。むしろその逆で、現実をより鮮明に写す鏡のように思えるのだ。何をするでもない手持ち無沙汰の時間を潰してくれる。それは私にとってつまり脳内に植えた考えの種に水をやるようなものなのだ。私の生産性のまるでない考え達はまさしく煙のように広がっていき、やがて等しく消える。虚しさを感じるのと同時に、煙の向こうから現実が帰ってくる。
最後には消えるのだ。何を考えようと、何に手を伸ばそうと等しく煙と同じ末路を辿ることになる。私にとってそれは時に救いのようにも思える。どこまで燃えようと、最後には火種を潰して終わる。それでも浅ましい私は思うのだ。どうせ消えるならば様々な箱の中に私がいた証が欲しいと。服や部屋に残るあの臭いに勝るだけの、私の証が欲しいと。
テーマ「煙草(@raaaaa___dora00)」
【テキスト連載】発条式短篇奇譚(ゼンマイシキ タンペン キタン)
Halo at 四畳半の渡井翔汰(Vo&Gt)がお送りするテキスト連載企画!毎回お題をTwitter上で募り、その中でインスピレーションを受けたワードから、短編小説をつくりあげます。 いったいどんなキャラクターが、風景が、彼から描かれていくのか?
一緒に物語の行く末を見届けていきましょう。
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#ゼンマイシキタンペンキタン
★テーマ募集期間:2018年3月12日~3月31日23:59まで
★掲載予定日:2018年4月9日
【Halo at 四畳半(ハロアットヨジョウハン)プロフィール】
千葉県佐倉市出身、渡井翔汰(Vo&Gt)、齋木孝平(Gt&Cho)、白井將人(Ba)、片山僚(Dr&Cho)の4人組ロックバンド。独特な歌詞の世界観、圧倒的な楽器の演奏力は、正統派ギターロックバンドの中でも大きな存在感を放つ。
リリース情報
Animaplot
2017年09月20日
SPACE SHOWER MUSIC
2.ステラ・ノヴァ
3.ユーフォリア
4.劇場都市
5.発明家として
6.トロイカの箱
7.点描者たち
お知らせ
Halo at 四畳半 東名阪 2man TOUR 2018 ARK"WANDER LIGHTS"TOUR
06/15(金)名古屋 Electric Ladyland
06/22(金)渋谷 CLUB QUATTRO
06/30(土)大阪 Banana Hall
※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。