きのこ帝国 青春を経て、大人になった今だからこそ描けた、等身大の心情が詰まった最新作

きのこ帝国 | 2018.09.12

 きのこ帝国のメジャー3rdアルバム『タイム・ラプス』は、何度も繰り返し聴きたくなる素晴しい作品だ。前作『愛のゆくえ』を経て、佐藤千亜紀(Vo&Gt)に関しては初のソロ作『SickSickSickSick』を砂原良徳との共同プロデュースで作り上げたりと、精力的に音楽活動に邁進。そして、遂に完成した今作はバンド然としたサウンドに立ち返り、新たな表情を見せる楽曲も増え、とても間口の広い作風に仕上がっている。「今回は聴く人によって好きな曲が違う」と佐藤は語っていたけれど、1曲1曲噛み応えがあり、全13曲どれもお薦めしたくなる楽曲ばかりである。佐藤に単独で話を聞いた。

EMTG:今作は開けた作風になりましたね。最初はどんな作品にしようと思ってました?
佐藤:前作『愛のゆくえ』を作ってる最中から次は青春っぽいキラキラした、ものを作りたくて。だから、爽やかだったり、疾走感のある曲を書きたいなと。でもこの歳になって青春を描くとなると、爽やかなだけじゃなく、自分の人生を俯瞰したり、友達の人生はどんな状況かを考えたりして……楽しかったり、ときめくだけじゃないよなって。その苦いところを含めて表現したくなったので、当初描いていた爽やか、青春っぽいキラキラしたものとはまた趣の違う作品になりましたね。歌詞にも出ているけど、うまくいかないこともあるよねって、それが根底にあるのかなと。
EMTG:結果、明るいだけじゃない様々な感情が盛り込まれた?
佐藤:盛り込まれてしまった、という感じですかね。自分の人間性もあるんですけど、すごく考えてしまう方ですからね。曲を作るときも、ただ楽しいだけのものが作れなくて。青春を経た大人の歌というか、昔だったらできなかった表現ができたと思います。今回は時間もなかったし、あまりこねくり回さずにやろうと。1日に2~3曲あげてたので……。
EMTG:かなりハイペースですね!
佐藤:はい。きのこ帝国が今後こういう風に見られたいとか、それを盛り込む暇もなかったですからね。フィジカルで出てきたものが多いですね。作っていく中で冗談半分で書いた曲が採用されたり、突然変異でできたものをOKにしたりして……特に「傘」はいままで書いたことがない雰囲気の曲かなと。
EMTG:「傘」は冗談半分で書いた曲?
佐藤:冗談半分というと語弊があるけど、マイナー調のフォークソングっぽい曲は書いたことがなかったんですよ。で、書いてみたら、スタッフの中でも好評だったから入れようと。「Thanatos」も疾走感があるし、これまで好んで作らなかったけど、試しにやったら、みんなにやばいじゃん! と言われて(笑)。違和感もなかったですからね。
EMTG:今作の中でも「傘」はすごく好きな曲なんですよ。
佐藤:ほんとですか? 嬉しいです。中島みゆきさんが昼ドラのエンディングをやったらみたいな気持ちで書いたんですよ。
EMTG:すごく設定が具体的ですね(笑)。「傘をさしてくれますか? 例えその身が濡れても」の歌詞は相手を試すような内容になってますよね?
佐藤:この曲は社会に対するアンチテーゼのつもりで書いたんです。口触りだけで優しいことを言っても、自分に害があるときにその優しさを発揮できるのかなって。自分が濡れるなら、人に手を差しのべないでしょ?って。実はシニカルな内容なんですよね。
EMTG:なるほど。あと、今作はバンド感も、ものすごく高まってますよね?
佐藤:いままでになくバンド感は出ていると思います。ライブでも再現しやすいし、今回は曲が呼ぶままに作っていきましたからね。いままで私はバンドがバンドっぽいことをやるのが好きじゃなかったんですよ。なので、トラックやループっぽく聴こえる曲が多かったんですけど。今回はバンドがバンド然としていいじゃないかと。
EMTG:そこまで考えが変化した理由は何ですか?
佐藤:ソロも平行して作っていたので、バンド然としてないものは、ソロでやればいいやと思ったんですよ。バンドがニュートラルで気張らずにやってみて、それでみんなにいいね!と言われたら、それが一番いいんじゃないかと。料理で例えると、おいしい米と漬け物と味噌汁があったら、それでいいじゃんって。
EMTG:ああ、なるほど。
佐藤:去年は求められているものに敏感になりすぎちゃって。『猫とアレルギー』を作ったときは、してやったりと思ったけど。『愛のゆくえ』のときは、ちょっと拗ねてたんですよ(笑)。今回は気負ってないし、悩みを抜けて、普段着のアルバムができました。自分たちのセンシティブな部分を押し付けるわけじゃなく、かといって、過剰に空元気になるわけではなく、ナチュラルな感じなのかなと。
EMTG:等身大の作品になったと?
佐藤:ああ、そうですね。去年はポップな曲を書きたくて、試行錯誤してたんですよ。音楽を解析しながらジャンルレスに聴いて、いろいろ盗めたことも多くて。バンドの楽曲は2~4コードとか少ないコードワークの中でやっていたんですけど。近年はコードを多く入れることにハマッてて。今回はいままでやってない進行が含まれているので、シンプルながらに新鮮な楽曲になっているかなと。「WHY」、「タイトロープ」みたいなコードの流れ方は、インディーズの頃には確実にやれなかったことですからね。去年から今年にかけて自信が付きました。
EMTG:音楽を解析しながら聴いて、学べたのはどんな部分ですか?
佐藤:メロディとコードの関係性ですかね。なぜそういうモードに入ったかというと、大阪のイベントでCHARAさんとソロでコラボする機会があって。ほかにオリジナル・ラブの田島貴男さん、吉田美奈子さん、小田和正さんとか、皆さんラスボスみたいな人たちばかりで(笑)。で、小田さんを観たときに敵わないなと。どうにかして、小田さんの年齢までにこの域に行けないものかなと。世の中の人々が聴く名曲とはどうやったら作れるのかなって、考えるようになったんですよ。
EMTG:前作『愛のゆくえ』は歌も演奏も研ぎ澄まされていましたけど、今作はスッと聴ける感じなんですよね。
佐藤:わかります。今年に入ってから自分の作詞のテーマとして、情景を固定しすぎず、感情を指定しすぎず、なるべく多角的になればいいと思ってたんですよ。昔は言葉の強さ、感情や状況を決め打ちで出す方が人に刺さると思ってたんですけど。今は……悲しい曲を常に聴きたいと思う人はいないよなあと思って。楽しいときや疲れたときにも聴ける曲を作れたらいいなと。
EMTG:その歌詞のアプローチも作風に繋がっているんじゃないですか?
佐藤:そうですね。『猫とアレルギー』、『愛のゆくえ』は追い求める像が強くて、ライブで再現するのが難しかったんですよ。でも今回は歌唱もフラットな状態でやれましたからね。『フェイクワールドワンダーランド』よりもさらに聴きやすさでは上を行ったかなと。こんなに安心してリリースを迎える作品もなくて……。
EMTG:あっ、そうなんですか。
佐藤:毎回どう思われるかなって心配なんですよ。『フェイクワールドワンダーランド』は自信満々だったけど、『猫とアレルギー』、『愛のゆくえ』はどんな反響が来るんだろうと思ってましたから。今回はいいね!って言われるだろうなと(笑)。優等生の作品ができましたね。

【取材・文:荒金良介】

リリース情報

タイム・ラプス

タイム・ラプス

2018年09月12日

ユニバーサルミュージック

01.WHY
02.&
03.ラプス
04.Thanatos
05.傘
06.ヒーローにはなれないけど
07.金木犀の夜
08.中央線
09.humming
10.LIKE OUR LIFE
11.タイトロープ
12.カノン
13.夢みる頃を過ぎても

お知らせ

■ライブ情報

きのこ帝国 New Album 『タイム・ラプス』Release Party
09/20(木)大阪・なんばHatch
09/23(日)東京・東京・新木場STUDIO COAST

Date fm MEGA★ROCKS 2018
10/06(土)仙台市内ライブハウスサーキットイベント
※佐藤千亜妃出演

J-WAVE開局30周年イベント「TOKYO SOUND EXPERIENCE」 10/07(日)六本木ヒルズアリーナ
※佐藤千亜妃出演

ZIMA×音楽ナタリーコラボの5大都市対バン企画
10/18(木)恵比寿 LIQUIDROOM
※佐藤千亜妃出演

台湾大型ロックフェス TAKAO ROCK 2018
11/17(土)高雄港3号船渠(KAOHSIUNG HARBOUR SHIP CHANNEL No.3)
※佐藤千亜妃出演

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

トップに戻る