活動10周年を迎えた鹿乃が見つけた「自分らしさ」と、積み重ねてきた「縁」とは?

鹿乃 | 2020.03.04

 ニコニコ動画へのカバー動画の初投稿から10年。TVアニメ『放課後のプレアデス』のOPテーマを収録した1stシングル「Stella-rium」でのメジャーデビューから5年。これまでに5枚のシングルと4枚のアルバムをリリースし、国内外で絶大な人気を誇る女性シンガーの鹿乃(かの)が、中国語で「運命の糸で繋がれた仲」を意味するタイトルをつけたニューアルバム『yuanfen』(ユァンフェン)をリリースした。アニソンヒットメイカーとして知られる田中秀和(MONACA)をプロデューサーに迎え、「やりたいことをやり切った!」と胸を張る彼女の“これまで”と“これから”とは――。

EMTG:活動開始から10年目を迎えました。
鹿乃:数としては10周年という数字になっているんですけど、10年経った実感は全然なくて。普通、10年も活動していたら貫禄みたいなものが出てくると思うんですけど、一切ないんですよね(笑)。でも、振り返ってみると、確かにこの10年間、いろいろあったような気もします。特に転機になったのは、メジャーデビューですね。メジャーデビューしていなかったら、10年いかずにやめていたんだろうなって思います。メジャーデビューすることも勇気がいることだったんですけど、チャレンジしたからこそ、ここまで続いてきたんだって思いますね。
EMTG:メジャーデビューまでの最初の5年間はどんな日々でした?
鹿乃:最初は本当に軽い気持ちでニコニコ動画に投稿したんです。人気者になってやろうっていう気持ちもないどころか、そもそもよくわかってなくて。家でできるし、面白いなと思って、当時、100円くらいのめちゃめちゃ安いスカイプマイクで歌ったのが始まりだったんですね。歌をお仕事にしたいっていう発想もなかったし、友達とカラオケに行っても、みんなが歌っているのを聴いてるタイプだったので。なんでこうなってるのか、いまだにわからないというか(笑)。長いどっきりが続いてるような感じではあるんですけど、もともと声が高めだったので、「変な声してるね」ってからかわれることが多くて。その声が活かせたというか、やっぱりいい時代だったなって思いますね。最初の5年間は楽しかったです。
EMTG:では、メジャーデビューしてからの5年間は。
鹿乃:去年の8月までは、なんとか“恩”を返したいっていう気持ちが大きかったかもしれないですね。
EMTG:トリビュートアルバム『いつかの約束を君に』をリリースした時期ですね。
鹿乃:そうですね。メジャーデビューシングルを書き下ろしてくださったsamfreeさんのトリビュートアルバムだったんですね。メジャーデビューする直前は「やっぱりムリ! やんなきゃよかった」っていう後悔というか、怖さがあって。そんなときに、「いや、大丈夫だよ」って励ましてくださったり、「緊張するなら一緒に神頼みしよう」って、レコード会社の近くの神社に絵馬を書きに行ったりしてて。お互いの目標を話したりもしていたんですけど、その方が「自分の集大成として、ボカロのベストアルバムを出したい」って言っていたんですね。今も準備をしてるんだよっていう話をしてたときに訃報を聞いたので、あの形が望ましかったのかはわからないんですけど、どうにかして出したいなと思って。トリビュートアルバムを出せた瞬間に、もういいのかな?とも思ったんですけど。
EMTG:鹿乃さんがメジャーデビューした2015年の、9月24日に他界されてしまったんですよね。
鹿乃:メジャーデビューしてから初めてのライブの時に、本当は後ろでギターを弾いてくれているはずだったんです。だからその時は、ご家族にお願いしてギターをお借りして、一緒にライブもやって。それから4年かかってしまったけど、トリビュートアルバムも出せたし、当時二人で「Stella-rium」のMVが500万再生くらいったらいいんじゃないかなっていう話もしてて。そろそろ達成しそうだし、二人で話していたことが大体叶ってきた時に、「じゃあ、私はこれから何がしたいんだろう?」っていう問題に突き当たって。実は去年、一度マネージャーさんや社長さんに本気で「やめようかな」って相談したんですよ。
EMTG:そうなんですか!? そこで踏みとどまって、音楽を続けようと思えたのはどうしてですか。
鹿乃:やっぱり歌が好きだったのもあるんですけど、応援してくれてる人を裏切るのかっていう気持ちになったのが大きいですね。ここでやめたら逃げたことになってしまう。たとえ結果が伴わないとしても、やるだけやって、わがままを貫いて、ダメだったっていうところでやめた方がいいじゃんって思って。そこで、社長やマネージャーさんに「勘弁してよ……」って言われるまでわがままを言ってからやめてやろう!、と思ってたんですね(笑)。
EMTG:あははははは。
鹿乃:で、続けることが決まった時に、「やりたいことをやりたい!」って言いまして。今回のアルバムからは“自分”を出したい。自分がやりたい音楽をやろうと思って。だから、かなりガラッと変わりましたね。
EMTG:鹿乃さんがやりたいことというのは?
鹿乃:音楽ができるようになりたい。まだ自分の音楽が見つかってないなっていうのがずっとあって。鹿乃といえばなんだ?って。私が聞かれても、一番最初に出てくるのは声しかなくて。
EMTG:その声だけでも十分に他にはない独特の個性だと思いますけどね。
鹿乃:でも、10年でわがままになろうって決めたので、声だけではなく、これが鹿乃の音楽だっていうのを見つけたいって思った時に、以前、田中秀和さんに作ってもらった「Linaria Girl」(2ndアルバム『アルストロメリア』収録)が思い浮かんで。私はずっと、自分の歌には個性がないなと思っていたし、それが一番のコンプレックスだったんですね。音楽は自分を表現しているもののはずなのに、演じてるわけではないんですけど、自分らしさが出せていない。その葛藤を払拭したいし、自分のために歌おうと思った時に、「田中秀和さんがいい。田中秀和さんじゃないと無理!!」ってなって(笑)。めちゃめちゃお願いして引き受けてもらいました。
EMTG:田中さんにはどんな話をしましたか?
鹿乃:すごく悩んでいますって正直に言いましたね。私はCymbalsさんとか、HNC(Hazel Nuts Chocolate)さんとかの渋谷系の音楽を通ってきたんですけど、自分が好きな音楽はあるけど、どういう音楽が自分に合うかわからない。自分を見つけて欲しい!っていう中学生みたいな話をして(笑)。でも、田中さんはとてもいい人で、音楽に真摯な方なので、笑うことなく向き合ってくださって。「鹿乃さんの歌はウィスパーが特徴だ」って言ってくださいましたし、音楽で返してくださいました。
EMTG:全編ウィスパーボイスが基調になってますが、自分らしさは見つかりました?
鹿乃:誰かを励ますとかじゃなくて、内面的なものを歌っていく――人間の感情を歌うのが自分らしさかなって思いましたね。曲によって歌い方は変えていますけど、これが鹿乃だ!っていうアルバムができたと思います。
EMTG:アルバムの中で特に自分を出せた曲を挙げるとすると?
鹿乃:9曲目の「エンディングノート」と4曲目の「KILIG」ですね。最初に田中さんから「1曲目から9曲目まで、こういう流れで、こういう思いで曲を作ります」っていうテキストをいただいて。「9曲目は終わりに向かっていくんだけど、終わりたくないっていう想いが伝わる楽曲に仕上げようと思ってます」って言われた瞬間に、「エンディングノート」だって思って。歌詞は、自分が音楽をやめるときの心境になって書きました。
EMTG:最初にアルバムを通して聴いた時は、リード曲になってる1曲目「午前0時の無力な神様」からこんな物語が展開していくとは想像できませんでした。

鹿乃:あはははは。最初はめちゃめちゃ明るいですよね。「午前0時の無力な神様」は、悩んでるみんなに向けて手紙のように受け取って欲しいっていう思いで書いてて。「エンディングノート」は音楽を辞める時の遺言と言いますか。この仕事って辛いことも多いし、私を含めて、どんなに頑張っても報われない、聴いてもらえない、届かない音楽の方が多いんですよね。どんなにいいものを作れたとしても、聴いてもらえなかったら、存在してるのに、存在してないことになってしまう。そんな葛藤があったんですね。でも、samfreeさんが亡くなって価値観が変わって。たとえ亡くなってしまったとしても、音楽は生きてる。私が死んだ後も音楽は生き続けてて、その音楽が誰かの役に立ったり、誰かの支えになればいいなって。それが、私の使命と言いますか、「エンディングノート」だけじゃなく、私の音楽に託した想いだなと思ったんですね。
EMTG:アルバムのテーマも集約されてますよね。
鹿乃:そうですね。私がここまで来れたのは全部、誰かと会ったり、誰かが私の歌を聴いてくれたり、誰かと繋がって広がっていったコミュニティだったり、全部、“縁”だなと思ってて。いろんな縁が繋がっての10年だったなって感じていたので、アルバムのテーマは“縁”にして。
EMTG:ここでは、<僕ら巡り愛しあい>と歌っていて、最後に<歌おう 愛の唄を>というフレーズからは決意表明のようなものも感じます。縁=愛でした?
鹿乃:愛でしたね。若い頃は素直に受け取れなかったけど、私はたくさんの愛情に囲まれてたなって思って。だから、全体的には縁=愛の歌になってると思います。もちろんその中には、良い縁もあれば、悪い縁もあって。たとえば「yours」は、私の視点では、“好きだよ”って言ってくれてるけど、二番手三番手、その他大勢の中で“鹿乃も好きだよ”っていう方に対しての、ふざけんなよ!っていう気持ちも込めてて(笑)。
EMTG:あはははは。曲を聴いて欲しいってことですよね。切ない片思いソングに聴こえます。
鹿乃:皆さんの日常に寄り添えるように書いてるので、そういう意味では“腐れ縁”の曲ですね。「漫ろ雨」は、自分が踏み出さなければ何色にもならない透明の縁で、嫉妬をテーマにした「罰と罰」は、本当に切れたほうがお互いのためにいい悪縁。そして、「おかえり」は最期に間に合わなかった愛犬に向けて書いてますね。私の中で、一番きれいなものは何だろう?って考えたときに思い浮かんだのが、犬との思い出だったんです。
EMTG:「KILIG」は?
鹿乃:このタイトルは、シングルのカップリングに入っていた田中さんの曲「CAFUN?』から続く、日本語で表現できない外国語の言葉シリーズで、“カフネ”はポルトガル語で“愛する人の髪にそっと指を通すしぐさ”と言う意味で、今回のアルバムタイトルの“ユァンフェン”は中国語で“運命の糸で繋がれた仲”という意味なんですね。そして、“キリグ”は“お腹の中に蝶が舞うようなロマンチックな気持ち”という意味のタガログ語で、一見、恋愛みたいな曲だと思うんですけど、私から音楽へのラブソングになってまして。音楽に向かっての告白ですね。
EMTG:鹿乃さんにとって音楽は、お腹の中に蝶が舞うくらい好きなものなんですね。
鹿乃:そうですね。音楽って恋をしても永遠に両想いになれないし、つかめないし、見えないものでもある。私にとって音楽って、“キリグ”に近いものがあるなって。ロマンチックな幻想を抱いているし、ちょっと怖い部分もあるし。お腹の中に蝶が舞ってるって、冷静に考えたら怖いですからね。そういう意味で書きましたね。みんなは恋愛という意味でとってくださっても大丈夫です。でも、私自身は私の音楽への恋愛観を書いてますね。逆に「光れ」は、才能はないかもしれないけど、音楽をやめたくない!っていう泥臭い曲になってます。
EMTG:音楽に対する情熱、愛がそこかしこに溢れ出してますよね。「聴いて」にも、歌う意義というものが描かれてますし。
鹿乃:アルバムを通して一番好きな曲は?、と訊かれたら、「聴いて」が一番好きな曲なんですね。デモの段階から引き込まれるものがあったので、歌詞は困らずに、ありのまま等身大で書いていこうと思って。
EMTG:どんなメッセージを伝えたいと思いましたか。
鹿乃:歌を歌っていると、歌の世界観に引っ張られて、綺麗なイメージでみられることが多いんですけど、全然そんなことはなくて、至って普通なんですよね。SNSで「おはよう」って言っただけで、「うるせー。ぶりっこ」って言われたら、なんでおはようって呟いただけでそんなこと言われるんだろうって思うし(笑)。音楽だけに限らず、みんな、自分の輪の中から外れている人のことを人間扱いしてないのかなって思う瞬間があって。必要以上に自分を下に見ているのか、上に見ているのかわからないけど、私を含めて、全員人間だよっていうメッセージですね。特にこれは、私のことを知って欲しいと思って書いた歌詞ですね。
EMTG:後半の<何気ない言葉で傷ついた>からとても生々しい歌唱になりますね。
鹿乃:そうですね。「聴いて」は歌い方も変えていて。私のイメージにあるであろう、たどたどしい感じからスタートして、<何気ない~>までは淡々と抑えながら、最後に今の感情を出す歌い方に変えていっていて。最後の「エンディングノート」にバトンタッチする曲かもしれないですね。
EMTG:いろんな縁をテーマにした9曲が揃って、ご自身ではどんな感想を抱きましたか。
鹿乃:今までは、歌わせていただいているっていう感覚が強かったんですけど、今回は全部、イチから田中さんと相談しながら作らせていただいたので、自分の歌だっていう気持ちが強くて。あとは、やっぱり、田中さんや他の編曲家の方とお話しする機会がいつもより濃密だったので、仕事に対する姿勢を見習わないといけないなって思いました。編曲を担当してくださった方から田中さんへの尊敬だったり、田中さんから編曲家さんへの尊敬だったり、お互いに仕事で仕事を認め合うみたいな関係性がカッコいいなって思って。田中さんとも「音楽の異種格闘技戦だね」って笑ってたんですけど、編曲者さんたちは皆さん、殴り合ってるというか(笑)、プロの仕事の戦いを見せてもらったような気がしていて。すごく気持ちのいいアルバムになってると思いますし、編曲家さんたちのプロの意地も楽しみながら聴いてもらえたらいいなと思います。
EMTG:自分のやりたいことをやる、という目標は果たせましたか?
鹿乃:完全にやり通せましたね。レコーディングは終わってるんですが、まだやれることがあると思うので、3時間後にもう1回やらせてくださいってお願いしたりもして。わがままも言わせてもらったし、後悔なく出来上がったと思います。
EMTG:これから先の10年も見えましたか。
鹿乃:そうですね。もっと世界に向けて活動していこうかなと思うようになりました。あんまり意識してなかったんですけど、ネットミュージックっていうシーンから出たということは、常に世界中と繋がってるってことなんですよね。私はこれまで、なぜか自分で自分の首を絞めるように、型にハマってしまっていたり、日本の流行だけを気にしてしまうところがあったけど、もっと自由に羽ばたいていけたらいいなと思ったし、もっと広い視野で活動していければいいかなって思いますね。
EMTG:世界に向けて歌い続けていくという宣言と受け取っていいですか。
鹿乃:そうですね。ネットってそれだけの力や可能性があると思います。もともとネットから出てきて、ネットの強みを生かしてきたんだから、ネットで楽しくやろうと思って。今回、MVでバーチャルのキャラクターをやったのも、いろんな縁が重なって、今、ようやく動き出した感じがあって。いろんな意味で、10年目にして、原点に返ってきた感じはありますね。

【取材・文:永堀アツオ】

tag一覧 アルバム 女性ボーカル 鹿乃

リリース情報

yuanfen

yuanfen

2020年03月04日

テイチクエンタテインメント

01.午前0時の無力な神様
02.光れ
03.yours
04.KILIG
05.聴いて
06.漫ろ雨
07.おかえり
08.罰と罰
09.エンディングノート
bonus track 光の道標

トップに戻る