マイアミパーティ、約3年ぶりとなる1,000枚 完全限定生産E.P「p.q.b.d」

マイアミパーティ | 2020.05.13

 きっと誰でも心の奥底に怯えや迷いを抱えていて、臆病な自分に直面するたびどうしようもなく打ちひしがれてしまう。でも、それでいいんだと、あなたはあなたで大丈夫だと力強く叫んで抱きしめてくれる音楽がある。それが札幌発4人組バンド、マイアミパーティの「p.q.b.d」だ。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、ライブやイベントが中止や延期になるなど、音楽シーンにおいても暗いニュースに偏りがちな現在だが、そうした中、3年ぶり2作目のEPとなる今作を予定通り5月13日にリリースすると決めた彼ら。今この状況だからこそ、彼らのがむしゃらで真っ直ぐな意志と、そこに鳴る音楽の力はきっと明るく大きなエネルギーをもたらしてくれるに違いない。Fanplus Music初登場となる今回、ボーカル&ギターのさくらいたかよしに本作「p.q.b.d」についてはもちろんのこと、バンドのこと、音楽との出会いなど、とことん聞いてみた。なお本作は1,000枚完全限定生産、完売御礼となる前にぜひともゲットしてほしい。

――新型コロナウイルスの影響で音楽の世界にも暗いムードが続いていますが、今のこの状況をどう受け止めていらっしゃいますか。
さくらいたかよし(Vo/Gt):僕の周りのミュージシャンたちも「何かやれるんじゃないか」ってみんな、すごく動いてて。僕はあまり先頭に立つようなことはできていないんですが、周りのみんなにせめてついて行きたいと思いながら、何かできないかなとずっと模索しています。結局は曲作りを続けているという感じなんですけど。
――さくらいさんのTwitterを拝見すると、いろいろ働きかけをされていますよね。少しでも力になりたいという前向きな姿勢をすごく感じました。
さくらい:今って悲しいニュースが強すぎて、一発逆転みたいなすごく明るいニュースを届けることはもしかしたらできないんですが、それでも悲しいニュースを少し紛らわせることはできるんじゃないかと思って動画だったり、まだみんなに聴かせたことのない曲だったり、そういうものをTwitterにあげるようにはしていますね。
――チャーハンの動画がめちゃくちゃ美味しそうでした。
さくらい:ありがとうございます(笑)。あれもみんなの気持ちがちょっとでも紛れたらいいな、くらいの気持ちで。
――今回の2nd EP「p.q.b.d」を予定通りリリースしようというのも、そうした気持ちからですか。
さくらい:そうですね。でも、そこはかなり悩んだんですよ。リアルな話をすれば延期したほうがいいだろうなとは思うんですけど、でもこれ以上、悲しい想いや寂しい想いをさせたくない、そういうニュースを自分が流したくないなっていうのがいちばんだったかもしれないです。
――この歌が今、届けられるというのが素晴らしいなと思いました。聴いていると力が出てくるというか、前を向けるんです。きっと曲を作っていらしたときは、世界がこんなふうになるなんて想像もしていなかったと思うんですが、今のこの状況下にもすごくリンクする気がして。
さくらい:歌詞に書いてある、例えば愛を掴んだとしても何かに怯えてしまうとか、そういうことってみんな、心の奥底に隠れて持っていると思うんですよ。そういう深層心理というか、奥底にあるものはきっとみんな、同じだなって。だから「みんな同じなんだよ。だから安心してほしい」ってことを提言したいと思って、そもそもは作ったんです。
――その「安心してほしい」という想いがダイレクトに届くからなんでしょうね、大丈夫だよって言ってもらえている気持ちになれるんですよ。マイアミパーティの音楽からはそうした等身大の感情がビシビシ伝わってきて、それがたくさんの人の共感を呼ぶんだと思うんです。今回、Fanplus Musicに初登場していただくということで、このEPについてじっくり伺う前に、まずはプロフィール的なこともいろいろ教えていただけますか。
さくらい:はい、お願いします!
――マイアミパーティは札幌のバンドで、現在は東京在住なんですよね。かなり遡ったことをお聞きしますが、そもそもさくらいさんはなぜ音楽の道に進まれたんでしょう?
さくらい:もともと音楽がすごく好きで、いろんなアーティストのライブに行っていたんです。ただ、お客さんとして観てただけでした。僕、ずっと野球をやっていて、高校を卒業するまで周りに音楽をやってる友達がひとりもいなかったんですよ。だからライブを観に行っても自分がやるっていう発想がなかったんです。例えば今ぐらいの年齢になってプロのサッカーとかラグビーの試合を観ているときに「僕もプロになりたいな」とか思わないじゃないですか。それぐらいかけ離れていて、自分には関係のないことだと思っていたんです。で、高校卒業後は音楽とは全然関係ない専門学校に行ってたんですが、ある日、友達から「ライブをやるから観にきてほしい」ってメールで誘われたんです。そいつとは小学校の頃からわりと仲が良かったんですけど、音楽をやってるなんて知らなくて。観に行ったら、すごい狭いライブハウスだし、お客さんもいなかった。だけど、ちゃんとステージに立ってギターを弾いて歌を歌ってたんですね。それを観たときに「あ、これは僕もできるんじゃないか?」って初めて思ったんです。
――ステージに立っているのが友達だからそう思えた?
さくらい:そうなんです。こいつができるなら僕もできるっていう発想になって、その翌週くらいにはギターを買ってました(笑)。
――早っ!(笑)
さくらい:そこからはずっと音楽ですね。高校の野球部を引退してからは夢中になれるものが何ひとつなかったんですけど「僕も音楽ができるかもしれない」って思ったときに、すごく見つけた気がして。実はそのとき就職も決まっていましたが、その友達のライブを見た翌日くらいにキャンセルして、そのあとギターを買いに行ったっていう。
――それはすごいです。就職よりも自分が音楽をやるということに大きく心が動いたんですね。
さくらい:動きましたね。タイミングは悪かったんですが、やりたいことを見つけてしまったので、その気持ちのまま就職したとして、例えば仕事先で上司に怒られたり、なかなか環境に馴染めなかったときに「俺がやりたいのは本当はこれじゃない」とか言い訳してしまう気がして。そこに逃げ道を作っちゃうくらいなら一回、ちゃんとやりたいことをやって、納得してから就職するほうが絶対いいと思ったんです。
――でもかなり大きな決断ですよ。
さくらい:あの……ちょっと黒歴史になっちゃうんですけど(笑)、それまで僕、ひとりで詩を書いていたりもしたんですよ。詩を書いて路上で売ったりしてたんです。
――へぇ!
さくらい:たぶんメンバーも知らないと思います(笑)。18歳の頃でした。だけど18歳ってバレちゃうと年齢のフィルターがかかって、僕の詩が浅いものだと思われそうだなと思ったので、ピエロのマスクをかぶってたんですよ。
――めちゃくちゃ怪しいじゃないですか。
さくらい:相当、怪しいですよね(笑)。1年間ぐらいやってたのかな、それでも発見がたくさんあって。例えばギャルギャルしい女性とか、僕が普段あまり接しないタイプの人たちも、マスクをかぶっているから話しかけてくるんですね。で、相談とかされるんです。その頃の僕は人を見た目で判断してしまってたんですけど、今まで関わったことのないギャルの人たちが相談してくる内容っていうのがすごい普通で、「なんだ、僕と同じようなことで悩んでるんだな」って。そうやって書いていた詩を、歌だったらさらに昇華できるんじゃないか、今まで書いていたものを歌に変えればもっともっと聴いてくれる人が増えるんじゃないかと思ったんですよね。
――これもTwitterで拝見したんですけど“7年前はお笑い芸人を目指していた”みたいなことをつぶやかれていましたよね?
さくらい:うわ、すごい見てくださってますね(笑)。
――すみません(笑)。たしか、その頃にガガガSPのコザック前田さんに将来の不安を相談した、それも今の音楽の道につながっている、というようなことを書かれていたと思うのですが。
さくらい:ちょっと時間軸が前後するんですが…さっきお話した専門学校って、テレビ番組や映像制作の学校だったんですが、そこに入るのに物凄く悩んでいたんですよ。もともとお笑い芸人になりたくて、高校のときに友達とコンビを組んで賞レースとかにも出てみたりしていて。で、進学はどうしようって悩んでいた頃にコザックさんの弾き語りライブを観に行ったんです。ガガガSPはすごく好きで、ガガガSPのライブに行った翌日か翌々日くらいにその弾き語りがあったんですよ。そこは古き良き時代のライブハウスという感じで、30人ぐらいのキャパシティなんですね。で、ライブが終わったあと、コザックさんが一人ひとりと話をしてくれて、僕は「お笑い芸人になりたいんですけど、成功するかどうかわからない。コザックさんならどうしますか?」って相談して。そしたらコザックさんは「やるだけやんなよ」って言ってくれたんです。
――おお!
さくらい:なので、お笑いをやるだけやってみた結果、自分は前に出る人間じゃないな、と。じゃあテレビの世界の裏方として、お笑い芸人さんたちを支える方向に行こうと思って、その専門学校に進んだんです。
――でも、そうして進んだ道が気づけば音楽につながっていて。しかもマイアミパーティが所属されているレーベルの先輩にガガガSPがいらっしゃるって、とても運命的なものを感じるのですが。
さくらい:そうなんです! だから、めちゃくちゃ感慨深いんですよ。かりゆし58も同じレーベルの先輩で、僕が「自分も音楽をやれるかも」と思ってギターを買って、弾き語りをやっていたときによく歌っていたのがかりゆし58の「オワリはじまり」だったんです。そういうふうに振り返ってみるとすごく感慨深くて。
――さくらいさんはマイアミパーティが今の4人編成バンドになる前にも、一度上京されているんですよね。でも上手くいかずに、打ちひしがれて札幌に帰ったときも、よく「オワリはじまり」を歌ってらしたと聞きました。
さくらい:はい、歌っていましたね。
――最初に上京されたのは、東京で音楽をやろうと思ったから?
さくらい:東京でバンドを組もうと思ってました。バンドに憧れがあったというか……僕の力不足なんですが、弾き語りをやっていてバンドと対バンしても、どうしても勝てないんですよね(笑)。じゃあ違う角度で、バンドができないことを弾き語りでやろうかって考えたりもして、でもそうじゃないな、と。そういうことを考えていたら、やっぱりバンドがやりたいと思って。でも最初の上京では組めなかったんです。
――それって結構な挫折だったのでは。
さくらい:挫折でしたね。札幌は狭い街なので、誰が出ていくとか帰ってきたとか、すぐに広まるんですよ。僕が東京に行くとなったらみんながみんな「いってらっしゃい!」って旗を振ってくれるようなところなんです。短いながらも札幌で2年ぐらいバンドをやっていましたし、それなりに友達や応援してくれる人もいて。東京に出発する日はみんなが「頑張ってね」って送り出してくれたんですけど、結局1年半後に帰ったのかな。わざわざ上京したのに上手くいかずに帰ってきて、また札幌で活動するって僕の中ではすごい恥ずかしいことで。そのときは音楽をやめようかなってくらい悩んでました。
――でも結局、諦めなかったわけで。
さくらい:そうなんです。札幌から上京する人って先輩にもたくさんいましたが、東京で挫折して帰ってきて、札幌でまたはつらつとバンドをやってる人って今までいないなと思って。じゃあ俺は逆にそっちに行こう、そうやって続けたら何かあるんじゃないかって思ったんですよ。
――実際、“何か”はありましたね。札幌に帰ったからこそ今のメンバーとも出会えたし。
さくらい:かなり運がよかったと思います。ホント最強のメンバーで。メンバーの中で僕がいちばんバンド経験っていうのが少なくて、しかも他の3人は圧倒的に上手な人たちなんですよ。順応性も高いし。説明すると、マイアミパーティっていう名義は僕が1回目の上京をする前からあったんですよ。東京でバンドを組むことありきで、まずマイアミパーティという名義でCDを作って、それを100枚ぐらい東京に持っていて「マイアミパーティっていうバンドをやりたいんです」ってギタリスト、ベーシスト、ドラマー、いろんな人に頼み込んでいたっていう。だからバンド名と音源はもともとあったんですよね。それを知っていて、好きでいてくれた3人と今、一緒にやっているので。
――やっぱり運命かもしれません。
さくらい:続けていないと噛み合うときって来ないんだなって思いますね。バンドメンバーが集まったのも、僕があそこで音楽をやめずに続けてきたから噛み合ったってことでしょうし、コザックさんのことも、かりゆし58もそう。僕が好きで、あり続けて音楽を続けている、プラス、相手も続けてくれているからこそようやく噛み合ったなって思う機会が最近多くて。
――その後、精力的に活動を展開、昨年はついに1stフルアルバム『美しくあれ』をリリースされたマイアミパーティですが、その後、再び上京を決めたのはなぜでしょう?
さくらい:僕は札幌がすごく好きなんですが、どうしても限界があるというか……僕らがすごく憧れていたイベント、出たいなと思ってきたイベントってやっぱり東京での開催が多いんですよ。徐々にそういうイベントに誘われることも多くなってきて、そしたら月に2往復ぐらいは飛行機に乗ることになって。それを1年間ぐらい続けてたんです。だけど雪で飛行機が飛ばないこともわりとよくあるし、飛行機代とか考えたら東京に住んだほうが安くなっちゃったんですよね(笑)。なので、上京することにしたんです。あとはやっぱり、みんなの気が引き締まるかなって。もう後戻りはできないっていうところで。
――そういう意味でも今回の「p.q.b.d」は音楽で本格的に勝負をかけようという、覚悟の1枚でもあるんじゃないかと思うのですが。
さくらい:もちろんそうです。
――これまでの楽曲も強く訴えかけるものを感じていたんですけど、この曲はさらにバンドとしての本気度が上がった気がするというか。
さくらい:今まで僕は曲を作るとき、ひたすら自分と向き合って内に籠るタイプだったんですよ、特に歌詞とかは。けど、東京でライブをやっていくうちに、やっぱりお客さんを巻き込んでいきたいと思うようになったんです。わかりやすい話で言うと、東京に来る前は僕はわりと下を向いていたり目を瞑って歌うことが非常に多かったのが、東京に来てようやく前を見て歌うことができるようになったんですね。心がそっちに向いたというか、開けてきたというか。それこそ「p.q.b.d」の曲の中で“僕ら”って歌ってるんですけど、昔は歌詞の中で“僕”に“ら”を付けることがあまりなかったんです。
――“僕”と“君”という、わりとクローズドな視点からが多かったですよね。
さくらい:そうなんです。別に意識していたわけではなく、自然と“僕”と“君”を歌ってて。でも東京に来てお客さんに対する気持ちの変化もありつつ、“僕ら”って歌うようになってました。
――それは大きな変化じゃないでしょうか。
さくらい:かなり大きな変化だと思ってます、僕の中では。最初はアドバイスされたんですよ、「目を瞑って歌わないほうがいいよ」「お客さんを巻き込んでいこう」って。でも僕はそれ、最初は怖かったんです。きっとついてきてくれないだろうし、何より自分のひとりよがりになってしまうのがイヤだったんですよ。それまで僕が家でひとりで作っていた曲って、言ってしまえば自分のために書いているようなもので。それをたまたまお客さんが聴いて「いいね」って言ってくれてるだけだと思ってて。だから、みんなに投げかけるってどうしたらいいんだろう?みたいな。でも試しに一回、投げかけてみたら僕が思ってる以上にリアクションが大きくて、すごく受け入れてくれたんです。お客さん一人ひとりが僕の歌を、“僕の歌”としてではなく、自分のことのように聴いてくれてる気がしたんですよね。自分が心を開けば、みんなも同じように心を開いてくれて、今まで以上に楽しそうな顔になってくれて。なので少しずつそっち側に行きました。
――“僕の曲”が“お客さん一人ひとりの曲”になった実感を得られたからこそ、生まれた曲なのかもしれないですね、「p.q.b.d」は。ちなみに、いつ頃作られた曲なんでしょう?
さくらい:歌詞にも“p.q.b.d”というワードを使ってるんですが、このワードを使いたいと2年前ぐらいから思っていたんですよ。ただ、そのときは上手い形に落とし込めなかったんですよね。だから、この“p.q.b.d”以外の歌詞はほとんど最近書きました。
――一見、記号的なこのワードですが、意味するところを伺ってもいいですか。
さくらい:僕の中では“p.q.b.d”は擬人化されているというか。例えば右から見た君は“p”だけど、左から見たら“q”で、別の角度から見れば“b”でも“d”でもあるっていう。つまり人間っていろんな表情を持っているから、あるところでは嫌われていても、あるところではちゃんと好かれているから大丈夫だよっていう意味があります。例えば、ライブハウスではお客さんが楽しんでいる姿しか見えないんですよ。そのお客さんが先生に反抗してる姿とか、つまんなそうにバイトしている姿とかはそこでは絶対に見えない。だから僕は“p”の角度からしか君を見ていないけど、でもここから見た君がすごくいい顔をしてるから、他の“q”とか“b”とか“d”は僕からしたらなんでもいいよ、みたいな。
――僕にとっては“p”の君が素敵なんだから、それで充分なんだよ、という?
さくらい:そういう意味もありますし。また別の意味では、さっき路上で詩を売っていたときにギャルの人が相談してきた話をしましたけど、僕から見たら“p”だった人が、話を聞いたら“q”や“b”や“d”でもあって、いろんな一面を持ってることに気づく、とか。そういうのがずっと頭の中にあったんですけど、歌の中でどう説明すればいいのかってすごく悩んでて。ようやくこの曲で落ち着いたんです。
――この4つのアルファベットの相似性に着目して、そこまで発想を膨らませるとは。
さくらい:僕、言葉遊びがわりと好きだったんですよ。こういうの、気づくと面白いですよね。
――でも歌詞を読んでいくと、実はネガティブな言葉も散りばめられているじゃないですか。冒頭でおっしゃっていた“何かに怯えてる”もそうだし、“空を飛べないんだ”とか“何かに迷ってる”とか。でも曲として聴いていると、飛べないけど、でもそれは悲しいことでもないんだろうな、とも思えたんですよ。飛べなくても走れるし、音も鳴らせて歌えるし、本だって読める。飛ぶことだけが素晴らしいわけじゃないよって言ってくれてるようにも受け止めましたし、一方で「でも、飛んでみなよ」って励まされているようにも思えて。わかりやすく背中を押すというよりも、一人ひとりそれぞれの気づきに訴えかける、そういう前向きさも感じたんです。
さくらい:前向きさという意味では、バンドメンバーがそうしてくれたのかなって思っていて。もしこれを僕が弾き語りで歌っていたら“空を飛べないんだ”をあんなに明るく歌えてないと思うんですよ。バンドのバックサウンドがああいう形で存在しているので、僕も明るく言えるというか。鳥は空を飛べるけど、鳥は僕らみたいに早くは走れないわけで、みんな違ってていいじゃん!みたいな意味合いにも受け止めてもらえるのは、メンバーのおかげですね。
――たしかに、この爽快で勢いのある頼もしいバンドサウンドが鳴っていてこそ、かもしれないです。
さくらい:メンバーのことは本当にすごく信頼してるんですよ。この曲も歌詞の内容だけ見ればネガティブな部分もあるんですけど、これを聴いて元気が出てくれたら嬉しいなって気持ちで作っていたので。だから明るい曲になって僕は嬉しかったです。

――2曲目「未来予報」は、すでにライブの定番となっているというのも納得のアッパーチューンですが、この曲も歌詞にはさくらいさんならではの“明るいだけではない部分”が滲んでいますよね。“シワシワになっちゃって”とか“昨日の記憶も持たないようなジイちゃん(バアちゃん)になってしまっても”とか、実はシビアな現実だったりするし。
さくらい:そうなんですよ。僕の作る曲ってわりと恋愛の曲みたいに受け取られることも多いんですが、Aメロなんかは実は男友達のことを書いていて、サビでは一転、ウチのおばあちゃんのことを書いているんです。僕、札幌でおばあちゃんとほぼほぼ2人暮らしをしてた時期があって。その家のテーブルにはいつも、おばあちゃんとおじいちゃんが夫婦で撮った写真が置かれてまして、おばあちゃんは昼過ぎになるとそれを手にして「写ってるのは誰だい?」って必ず僕に聞くんですよ。「じいちゃんだよ。ばあちゃんの旦那さん。覚えてないの?」って言うと「そっかぁ」ってその写真をしばらく眺めるんです。もうボケが進行してしまっていたんですけど、きっと思い出せる範囲で思い出を反芻してるんだろうなと思って。
――なんだか素敵なエピソードですね。
さくらい:そう、素敵なんですよ。そんなおばあちゃんを見て、僕もいつかはおじいちゃんになるんだよなと思ったときに、こうやって写真が残っていれば、もしもボケてしまっても、大事な人との思い出に毎日浸れるからいいのかもなって。それで、こういう歌詞になったんです。結構前に作った曲だし、すっごいわかりやすい曲と言うわけではないけど、やればやるほどお客さんにも馴染んできて、みんな楽しんでくれて。すごく好きな曲ですね。
――3曲目の「道」は、新たに歩み始める人の勇気にきっとなると思うんですよ。しかも今この状況下で聴いてもすごく響きますし。フィジカルCD限定収録のライブ音源含め、すごく力をもらえました。
さくらい:偶然にも今の状況と見合ってしまったんですが……でも、これを聴いた人に、不安なことはたくさんあるけど大丈夫って思ってもらえたら嬉しいですね。みんな同じようなことで悩んだり振り回されてしまうけど、それでも辿り着くべきところには遠回りしても辿り着くから大丈夫だよってことを感じてもらえたら。
――いかに音楽を届けていくかが、これからいっそう問われるようになると思いますが、ぜひ果敢にマイアミパーティのやり方で突き進んでください。
さくらい:もちろんです! こういう時代だからこそ、聴いてくれる人の何かしらの光になればいいって思いますね。暗闇に光が差し込んだときって、すごく気持ちがいいじゃないですか。長いトンネルの中でもゴールが見えた瞬間、「そこに向かって行こう」って明るい気持ちで走れるので。そういう光になれればいいなと思っています。

【取材・文:本間夕子】

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p.q.b.d

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2020年05月13日

living,dining&kitchen Records

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