この作品は、彼女が吐き出した煙――。湯木慧、メジャーファーストEP「スモーク」

湯木慧 | 2020.08.19

 昨年、自身の誕生日でもある6月5日にシングル「誕生~バースデイ~」でメジャーデビューを果たした湯木慧。今年もその記念日にメジャーファーストEP「スモーク」をリリースする予定だったが延期となり、同日から始まるはずだったツアー「選択の心実」も新型コロナウイルスの影響で中止となった。しかし今回、さまざまな困難を乗り越えいよいよEPがリリースされることとなり、ツアーは“防護服ライブ”というコンセプトによるワンマンライブとして開催が決定。「これまでなかったほどの苦しみがあったが、やっとスタートラインに立てた気がする」という制作の過程や現在の心境を聞いた。

――当初予定されていたEPの発売日であり、ツアー「選択の心実」の初日だった6月5日から4回にわたってLINE LIVEの生配信が行われました。EPの収録曲の世界観を絵で表現するという、湯木慧らしい、そして湯木慧にしか出来ないアプローチでとても見応えがありました。
湯木:ありがとうございます。いろんな人が無観客ライブを始めていたタイミングだったからそれも考えたんですが、結局生のライブに勝るものはないし、じゃあツアーで予定していたものと同じセットリストで配信ライブにすればいいかと言ったらそれも嫌で。全く別のもので同じものーー「選択の心実」というものを表したいなと思って企画しました。プラスしてより面白い、別の方向から面白いことになれば、それは本望だなと思って。結果的にはすごく新しいことができて、よかったなと思いました。
――その延期になっていたメジャーファーストEP「スモーク」がいよいよ8月19日にリリースされます。湯木さんの作品はこれまでも一連の流れというか、繋がりや伏線の先で生まれてきていますが、今作のテーマにたどり着いた過程を聞かせてもらえますか。
湯木:重要なのは、ちょうど1年前にリリースした「一匹狼」という作品でした。他者がいることによって自分が孤独だと感じる、他人のあたたかさを知って自分が際立ち孤立するみたいなものを表現していて、結果として、そこから立ち上がり踏み出すというところに落とし込んだんです。じゃあ次はどういうことを表現したいかな、孤独の後に襲ってくるものはなんだろうと思った時に、自分と自分との戦いだなと。周りのあたたかさを知って強くなるとともに、あたたかさを知ったからこそ脆くなるっていうことに気づいた。その脆さって自分の弱さで、自分の中にある、自分と自分の戦いなんですよね。
――自問自答することというか。
湯木:そこで、<わからない>という感情を表現したいと思ったんです。自分の中にある<わからない>という、自問自答とか曖昧なものを作品にしたいなって。これまでは、全部わかっていたんですよ。自分がどういうことを表したくて、こういうことを表現したら誰に届いて、どこの言葉が響くみたいな。だとしたら、自分自身がわからなくなるっていうことが、次にやってくる戦いとか恐怖とか苦しみなのかなと。その自分自身との戦いを象徴する考えや事柄が、<わからない>っていう感情だなと思ったんです。
――なるほど。
湯木:それこそ物と灰の間の煙みたいに、掴めないし、でも確かに存在していてどこかに消えていくその感情――今回はそこにいる時の言葉や音を作品にしたいと思って、この「スモーク」を作ったんです。
――例えば自分が<わからない>という感情に襲われたら、そこでただ右往左往するだけで肯定できない自分がいるような気がするんですが、湯木さんは今回、それを受け入れ作品として出してみようと。
湯木:肯定はできてなかったです。肯定するまでの過程が「一匹狼」が終わった後にあったんですが、その途中経過がめちゃくちゃキツくて。死を覚悟しました、物を作っていて初めて。本当の意味でわからないっていうことにぶち当たったのは、たぶん初めてだったんですよ。
――いつも設計図みたいなものを、言葉としても視覚的にもちゃんと準備して制作を始めるから珍しいですよね。
湯木:そうなんですよ。よし、作品を作るぞってなったときは到着地点がわかっていて、こういう光に持っていきたいってわかった状態で始めているから、何となく、言葉選びとかもそうなっていくんだけど、制作をしていて初めて最終地点がわかっていない状態で始めてしまったんですよね。そこにはちょっと、いろいろな要素もあったからなんですけど。
――肯定するに至ったのは、何かが後押ししてくれたんでしょうか。
湯木:この作品は一人暮らしをしている期間に作っていたんです。ひとりで作っていて、いろんなことがあって訳もわからなくなって、視野がどんどん狭くなって、あるとき視野がなくなっちゃった瞬間があって。お母さんが「大丈夫?」って尋ねてきた時に見つけられたんですけど、3日間、何も食べずにキッチンに座っていたんです。
――3日も。
湯木:そのタイミングで、大分県の阿蘇野にいる仲のいい家族から、メジャーデビューのお祝いというか、メッセージアルバムみたいなものが送られてきたんです。阿蘇野の写真とみんなのコメント。すごくベタになってしまうかもしれないんですが、自分で自分を肯定できなかった時に救ってくれるのって結局他者で。周りからのそういう言葉とか、お母さんが何も聞かずにご飯に連れて行ってくれるとか、そういうのを感じた時なんだなって思いました。
――そこからは落ち着いて?
湯木:だんだん整理できるようになって、肯定できるようになっていきました。究極を言ってしまうと、どんな物事も全部わからないんですよ。わからないんだけど、愛と苦しみ、どっちも含まれた選択をするっていう答えにたどり着いたんです。これまで選択するのはいいことしか含まれてちゃいけないって感覚があって、苦しみを選択するっていう勇気がなかったんだけど、それができるようになったっていうのが、肯定するすごく大きな理由になったのかもしれないです。
――大変だったけど、必要な時間だったのかもしれないですね。
湯木:めちゃめちゃ必要な過程だったと思っていて。たぶん燃えてなかった。発火していなかったんだろうなっていう感じなんですよ。だから、煙にもなれていなかった。向き合っていなかったのかもしれないです。それこそ自分自身に。だけど、どこまで向き合ってもわからないんですよ、絶対に。だって数学じゃないし、答えはひとつじゃないから。でも唯一ある答えは、納得するかしないかということだと思っていて。こんなはずじゃなかったのにって、納得していないままやり続けてしまったからガタが来たこのタイミングで、まさに向き合って、やっと本当の意味で納得できた。やっと本物になれてきてるな、やっとスタートなんだなっていう感覚がしたんですよね。

――そういう気持ちの変化を経て、歌詞を書くということについてはどう向き合ったんですか。
湯木:今までは着地点が決まっていたからこういう言葉を使おうとか、それこそ巧妙にじゃないけど、光と闇の塩梅みたいなものをすごく考えて作ってきたんですね。でも今回は、良くも悪くもそんなこと考えられなくて。中でも「スモーク」と「狭間」は自分のことしか考えていないというか、自分のことしか考えられなかった時に作っていた歌詞なので、まんま、自分に起きたことが歌詞になっています。特に「狭間」は、3日間何も食べずキッチンに座っていた時に作った曲で。何が怖いのかわからなかったけど、めちゃめちゃ怖かったんですよ。何かが。視野なんて小さな点くらいしかないからもう、ひとつのことしか考えられなくて。それは、死んじゃいけないってこと。一番酷い状態だった時に、泣きながら、何かしなきゃと思って、キッチンから作業台に歩いて行って、ギター持って作ったのが「狭間」だったんです。覚えてないんですけど。
――「狭間」って、そういう一連の過程を言い表すキーワードでもあるかなと思います。
湯木:もともと、今回のタイトルを「スモーク」にするか「狭間」にするかくらい悩んでいた言葉であり、キーワードでもありましたね。いろいろな狭間で揺らぐ感情をスモークに見立てたので、どちらも近しい意味というか同じ意味がこもっていて。2曲とも大事な曲になりました。
――コロナの影響もあったと思いますが、無事完成してよかったです。
湯木:ある人から言われたんですが、世の中みんなが厳しい状況に立たされている今、応援とかかける言葉なんてないなって思っていたけど、コロナの少し前に私自身が苦しんで作った、ただの私の嘆きっていうものこそが、今実際に窮地に立たされている人に響くものになったりするんじゃないかって。同じ状況にはなれないけど、安全なところからかける言葉よりも、実際に苦しんだ人が苦しんだ言葉で作った楽曲こそが響く世の中かもしれないって言われて、あぁ、苦しかったけどよかったなって思えたんですよね。
――6月の配信の時も<わからない>を恐れないで欲しいし、何か迷った時には<選択>をする後押しになればって言っていましたね。
湯木:私自身、何か決めるのがどんどん怖くなっていたんだと思うんです。小さい頃から自分が何をしたいか、これはいい、これは嫌だみたいなのもはっきりわかっていたのに、どうしたいですか?どうしますか?って聞かれるその割合に押されてしまって、好きでやり始めたことなのにどんどん重荷になっていってたっていう部分があって、「自分」が死んでしまった。だけど完全に全てのことがいい方向に行くなんてもともとないんだから、何か行動するってことだけに、その行動するってことに意味があるんだって気付いてから、やっと落としどころがわかったんですよね。私は、そういうことを伝えたいんだって。同じような状況になっている人が、この作品を、選択できるきっかけとか力にしてくれたらいいなと思ってから、すごく像が見えてきた感じでした。そこから、もともとあった歌詞もちょっとずつ変えたんですよ。誰かに向けて聴こえるように。
――「スモーク」と「狭間」以外は、少し前に作られていたそうですね。
湯木:はい。「ANSWER」は、前作「一匹狼」からの繋がり部分になるような曲。完全に「スモーク」の世界観でもなく、「一匹狼」寄りでもなく、そのグラデーションのために必要な曲として作りました。



湯木:「雑踏」は「一匹狼」の時からあった曲で、それこそ排他的な部分とか、灰色みたいな色味を感じたので今回入れようと思った曲です。



湯木:「追憶」は『蘇生』前の夏に2週間大分に行った時に山の中で作った曲なんですが、埃っぽさみたいな、褪せた感じが欲しくて色彩的に入れました。



湯木:「Careless Grace」もだいぶ前の曲。今までどの作品にも収録されなかったのは、まだ完成していないと思っていたからなんです。フェードアウトで終わるし2番までしかないから、Dメロを作って、落ちサビを作らないとどのCDにもまだ入れられませんって言ってた、すごく曖昧な曲。でも別に、完成してなくてよくて。あれはフェードアウトするのが完成形なのに、そう思えてなかったっていう未熟な自分がいたからなんですよね。でもやっとこの作品で、入れるということに納得ができたんです。だから結構思い入れが強くて。裏テーマになるのかもしれないけど、この曲を入れたっていう行為は、「スモーク」を作る上で変わっていった私の心境をすごく表しているなと思いました。

――これらの楽曲を携え、9月12日には”防護服ライブ”を行うことも発表されました。
湯木:選択というものを表現したかったんだけどできなかった「選択の心実」ツアーの名前を変えて、「選択」というワンマンライブをやります。人一倍誰かのために何かをやりたい性格なのに、コロナとかいろんな要因があって動けなかった時にこのライブの話が持ち上がって。私が思っている心の防護服というものを可視化できればと思ったんです。これまでのライブでも目で見えるコンセプトを大事にしてきたように、今回私のやりたいこととタイミングがぴったり合ったし、思いも重なり合ったから実行するという選択をした。防護服ってとても今の世の中では特にセンシティブでそして重要なもので、作品として、芸術としても何か発信できたらなと思って決めました。今のこの世の中、ひとつひとつの選択がすごく大きなものだろうから、勇気を持って選択して欲しいなと思っています。来ても来なくても正解で、それを決断して欲しいなって。
――さっきのスタートラインの話じゃないですが、今日お話を聞いていて、いろんなことが動き出したんだなという印象を受けました。最後に、何か伝えたいことはありますか?
湯木:今までの作品を否定しているわけではないけど、今回は今までとはちょっと違う作品作りでした。私が苦しんだことが、誰かのためになったら嬉しいなっていう思いがあります。そして一番伝えたいのは、本物になったということ。これまで『蘇生』を作ろうとか、メジャーデビューだとか、自分でスタートラインを決めてやってきたけど、自分で決めるもんじゃなかったんですよね。時が来て、「あ、今か」って思う、その今が来たなって実感できたんです。だから全然心持ちが違うし、本当に強くなったなって思う。この先、どれだけ忙しくなっても全力で表現したいことをしようって思うし、そんな私がこれからやること全てを楽しみにしていて欲しいなって思っています。

【取材・文:山田邦子】

tag一覧 EP 女性ボーカル 湯木慧

リリース情報

スモーク

スモーク

2020年08月19日

ビクターエンタテインメント

01.Answer
02.雑踏
03.追憶
04.Careless Grace
05.スモーク
06.狭間

お知らせ

■コメント動画




■ライブ情報

ワンマンライブ『選択』
09/12(土)横浜 1000 CLUB

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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