塩入冬湖(FINLANDS)、自宅待機期間中に作られたソロ作品集第4弾『程(ほど)』

塩入冬湖(FINLANDS) | 2020.09.23

 FINLANDSのボーカル&ギター・塩入冬湖の4作目となるソロワーク『程(ほど)』。全7曲が収録されたこのミニアルバムに綴られているのはけっしてハッピーな恋物語ではない。むしろ聴く者の心奥を容赦なく抉りにかかるような切なくやるせない恋愛事情だ。“あなた”と“わたし”の間に滲むのっぴきならない痛みや苦み。綺麗事になどまるでならない感情の揺らぎを音楽に昇華させて彼女の右に出るアーティストはおそらく他にないだろう。新型コロナウイルスの感染拡大によって活動自粛および自宅待機が要請されていた期間に作られたという今作、ソロならではの音楽的遊びや実験もふんだんに詰め込まれたこのミニアルバムに、彼女へのインタビューを通じて迫ってみたい。

――ソロ第4作目となる『程』ですが、この作品は新型コロナウイルス感染拡大防止のための自粛期間中に作っていらしたそうで。
塩入:はい。その期間、ずっと作ってましたね。実を言うと今年はソロを出すつもりはなかったんですよ。でも予定していたFINLANDSのリリースがコロナ禍の影響で延期されたので、だったらと思ってソロの作品を作ることにしたんです。
――FINLANDSのほうはだいぶ前から進めていたんですか。
塩入:去年からずっと作ってました。あとはレコーディングだけっていうときにコロナが蔓延し始めたので。
――作ったものを仕上げられない、リリースを見送らざるを得なくなってしまうというのはアーティストにとって相当辛いことですよね。モチベーションを保つのも大変そうな……。
塩入:そうやってモチベーションだったりメンタル面を気にしていただくことも多いんですけど、逆にそういうことを考えるひまもなかったというか……3~4月の頃ってライブが今後どうなるのか、時勢がわからなかったじゃないですか。自分たちの身の振り方や、ライブをやるか/やらないかというのを考えていかなきゃならないというなかでアルバムの延期が決まったので、だったら他にやれることを探して取り組んでいかないとたぶん取り残されちゃうなって。そういう危機感が自分のなかにあったので、わりと落ち込むことなく、次に切り替えられた気がします。FINLANDSにしても延期にはなったけどアルバムをリリースすることは決まっていることだし、ここで時間を置くことでよりよく変わっていくところもあるだろうし、いい方向に捉えたほうがいいなって思ってました。
――変なことを伺いますが、FINLANDSの正式メンバーは今、塩入さんお1人で、ソロももちろん1人じゃないですか。そこはどう差別化はされているんでしょう?
塩入:差別化が上手くできているのか、正直、自分でもあんまりわかっていないところがあって。バンドスタイルがFINLANDSで、アコースティックに寄せたものがソロだって言ってしまえばそれまでなんですけど、私にとってのソロって実験的な趣味だったりする部分が大きいんです。ソロに関しては自分の趣味でやっていたものを事務所の人が面白がってくれて作品にしてくれたというのが最初なんですよ。「こんな曲を作ってみたいけど、バンドのサウンドじゃ叶わないしな~」っていうものを、実際に形にする/しないは考えずに実験していくのが私にとってのソロというか。自分の生活の中の遊び的な部分がソロには大きく反映されているのかなって。
――自由度もより高いでしょうしね。
塩入:そうですね。自由度が高くて、かつ自分で全部やらなきゃいけないっていう。その苦労が絶えないのがソロ(笑)。“楽しい”と“辛い”を繰り返すんです、ずっと。
――それでも作らずにはいられないのがアーティストの性といいますか……。
塩入:うん、好きなんだろうなとは思いますね。
――今作を作るにあたって、テーマとか「こういう作品にしたいな」って思い描いていたものはあったんですか。
塩入:作り始めたときはなかったと思うんですよね、正直に言うと。配信作品になるのか、ただ曲を作って映像を作るだけなのか、どんな形になるのかも全然決まってなかったですし。作っていくなかで見えてきたことが多かったように思います。
――ちなみに今作に収録されている7曲はいつ頃作られたんでしょう?
塩入:「Time blue tiny」と「うみもにせもの」と「ラブレター」はもともとあった曲なんですよ。特に「ラブレター」に関しては私が初めて宅録というものを始めた6~7年前に作っていた曲で、かなり時間が経っていたので今回、改めてリアレンジして収録したんです。とはいえ、ホント何年も付き合ってきている曲なので自分のなかでも曲の印象ができあがってしまっているというか。なので大きくアレンジを変えることはせずに、そのままを録った感じですね。たしかアコースティックギターを買ったときに作った曲なんですよ、これ。アコギと言えば指で爪弾きたいなとずっと思っていて、それで作った曲だったと思うんですけど。
――「ラブレター」にはFINLANDSでもサポートギターを務めていらっしゃる澤井良太さんが参加されてますね。
塩入:最初、自分で弾いてみたんですけど、あんまり上手くいかなかったんですよ。そのときに澤井さんがフルアコ(フルアコースティックギター)のいいギターを持っているのを思い出して(笑)。ちょっとこれ、あのギターで弾いてくれないかなってお願いしたら、いい感じにアレンジして返してくれたんですよ。
――シンプルな曲だからこそ腕前が際立ちます。
塩入:そう、仕事はきちんとやる男なんです(笑)。
――「SCRIPT」にこまけんガッツさん、 (KAWAI JAZZ, ペドラザ / 神々のゴライコーズ)「Arrow」に合月亨さん(Ao, オトノエ)、「残花」にじょうざき まさゆきさん(ミスタニス, ZOOZ)「うみもにせもの」には鷲見こうたさん(ズーカラデル)とゲストベーシストも多彩な顔ぶれで。
塩入:大好きなベーシストの方々です。私がベースをお願いするときって化学変化みたいなものを望んでいる、この人がベースを弾いてくれたら、自分が想像してる以上にこの曲の違った顔が見られるんじゃないかっていう期待があるんですけど、みなさん、遥かに超えてきてくださるんですよ。ホントどの曲も素晴らしいベースを弾いてくださって。あの……今回、ソロを何かしら形にするとなったときに、もともとあった曲以外で言うと、最初に新しく作ったのは「SCRIPT」だったんですね。でも最初はただ楽しくて遊びながら実験的に作ってただけで、世に出すつもりではなかったんです。で、この曲のベースを弾いてくれているのが、こまけんガッツくん (KAWAI JAZZ, ペドラザ / 神々のゴライコーズ)なんですけど、曲を作っているときにガッツが弾いてくれたらめちゃめちゃ面白くなるんじゃないかなって思って、お願いしてみたんですよ。そしたら100億倍くらい良くなって返ってきて。それを聴いたときに「この曲はきちんと形にして出そう。だったら今回のソロはミニアルバムっていう形にするのがいちばんいいな」っていうところまで見えてきたんですよね。だから、この曲から始まったようなものなんです。
――今作が生まれるきっかけがガッツさんのベースだった、と。
塩入:それくらい面白かったんです。人から与えてもらったものによって自分の楽曲を面白いなと思えたことがすごく大きかった。ソロだけど自己完結しなかったっていうことが。
――そこから、さらに「洗って」「Arrow」「残花」を作っていったんですね。
塩入:はい。いちばん最後にできたのが「洗って」でした。この曲は逆に全部自分1人で完結させている曲なんですけど……他の6曲できあがる直前くらい、あとちょっとでミニアルバムが完成するっていうときになって、どうしても作りたくなったんですよね。他の6曲をやってるのに、また別の曲を作るなんてアタマ悪いなって自分でも思ったんですけど(笑)。

――アルバムに入れる入れないは関係なく、純粋に作りたい曲のイメージが降ってきたということですか。
塩入:そういう感じです。ふと「こういう曲を歌いたいな」と思ってしまって。
――“こういう曲”?
塩入:大まかな歌詞ができていたんですよ。コード進行だったり打ち込みだったりもすごくシンプルで延々と続くような曲調の、音だけで悲しいとか寂しいとか感じられるような曲でこの歌詞を歌いたいなっていう気持ちがあったんです。そしたらすごく作りたくなって。もし作品にならなくても自分の曲として取っておけばいいやと思いながら作り始めたら、すごく早い段階で最初の形ができたので、どうしても作り上げたくなったんですよね。で、進めていくうちに「やっぱりこういう曲が入っているほうがアルバムとしてもいいな、私がリスナーだったら聴きたいな」と思うようになって、結局「洗って」の完成を待ってから全部を仕上げることになりました。
――面白いですね。しかも、そういう経緯で作られた曲が1曲目を飾っているという。塩入さんにとって、これが1曲目に聴いてほしい曲になったんですね。
塩入:そうですね。自分にとって最新の曲であり、私がアルバムを聴く側だったらいちばん聴きたいなと思う曲だったので。大切な曲になったなって思います。
――それにしても今回もまた胸に刺さる曲揃いの作品になりましたね。“あなた”と“わたし”の関係性、恋愛事情がこんなにもやるせなく響いてくるとは。
塩入:ありがとうございます(笑)。でも、これも「洗って」の話になるんですけど、この曲の発端って実は全然恋の話ではないんですよ。私の知人が潔癖症で1日8時間ぐらい手を洗ってるという話を聞いて、それって自分の汚れを落としたいのか、一緒に住んでる家族を自分によって汚したくないのか、自分のためなのか、相手のためなのか……みたいなところから発想して書いたものなんです。「残花」とかもそうで、これは19歳20歳の頃にコンビニでバイト頃のことを思い出したときに作ったもので。当時は何もかも上手くいってなくてホント、ダメ人間だったんですよ、私。めちゃくちゃ燻っていて、生活が上手く回らないっていう自分の負い目を捨てるために曲を作ってたようなところがすごくあって。
――負い目を捨てる、ですか。
塩入:その頃の私はいろんなものに対して羨ましいなと思っていて、でも、その羨ましいっていう感情を表に出すことはカッコ悪いと思っていたんです。今思えばすごくひねくれてますけど、「私は別にそうなりたいわけじゃない」って言っている自分にすごく正義を感じていて。歌詞の“諦めに慣れていく”とか“まだ 一夜 咲く花に 焦がれる思いがある”とかは、本当は咲きたいのにそう言えない、その頃のもどかしさを書いたものなんですよね。だから発端がすべて恋愛というわけではないんです。でも発端は全然違うところにあって、結局恋愛に落ち着くっていうのは、自分のなかで1対1の関係性を描きやすいものとして恋愛があるんだろうなって。恋愛で受け取ってもらったほうが読み解きやすいかなとも思いますし。
――発端がまるで違うものを恋愛に昇華してしまえるところが塩入さんのすごさですよね。しかも恋してハッピー!みたいな歌詞には絶対ならないじゃないですか。
塩入:自分の今までを振り返ったときに、めちゃくちゃ幸せだったこととか思い出すのって実は少ないなって思うんですよね。むしろ、シャワーを浴びているときにうっかり思い出して叫びたくなるような恥ずかしいこととか……「ア~~~ッッ!」ってなりません?(笑)
――なります、しょっちゅうです(笑)。
塩入:あと寝る前に思い出して、びっくりして飛び起きちゃうくらい悲しかったこととか、そういうことのほうが鮮度高く思い出せる気がするんです。幸せなことってわりと軽々しく思い出せるんですけど、悲しいことなんかは思い出したときに、そこに紐づくストーリーや前後の経緯とかを自分のなかでまた探り出してしまうというか。
――悲しかったこと、恥ずかしかったこと、そういうもののほうが自分にとってリアルだったりしますし。
塩入:なんでこんなに覚えてるんだろう?って思いますよね(笑)。ホント叫びたくなる。
――自分で自分を抉るような(笑)。
塩入:そうなんですよ(笑)。自粛期間中に作っていたのもあって、そういうことを考えている時間が多かったんでしょうね。別に落ち込んでたわけではないんですけど、時間だけはいっぱいあったので。
――ネガティブな感情のほうが曲になりやすいんでしょうか。
塩入:そうかもしれない。幸せな曲の書き方があんまりよくわからないっていうのもありますけど(笑)。悲しかったり、やりきれなかったりすることって種類がすごく豊富なんだと思うんですよ。それこそ人の数だけあるんじゃないかなって。その人専用の含みみたいなものがそれぞれの思い出のなかにあると思いますし、そういうものを紐解くのが楽しいんです。だから切なかったり、やるせなかったりする曲ができやすいのかもしれないですね。
――今作の歌詞を通して見ていくと“嘘”という単語があちこちに出てくるんですけど、いわゆる悪いものとして書かれていないですよね?
塩入:悪いイメージではないですね。本質は嘘じゃないんだけど、その本質を伝えるためにつかなきゃいけない嘘みたいなものというか。それを嘘としてカウントするのかどうか、嘘か真実かだけじゃないものが1対1でのやり取りには多く含まれていると思っていて。それに嘘って言葉だけではないと思うんですよね。空気感だったり、テンションだったり、行為だったり、行動だったり。「嘘でいい」って思っちゃってる自分もどこかにいるでしょうし、自分は嘘だと思ってなくても相手にとっては嘘だと思う言葉を発してることもあるでしょうし。言葉だけで真実を伝えるのはすごく大変なことだなと思うんですよ。
――塩入さんが真摯に言葉と向き合っているからこそ、より感じられることかもしれません。
塩入:そうですね。この半年ぐらいって特に言葉を使って伝えるしかない期間だったと思うんですよ。SNSとかを見ていてもそうですけど、会えないことが弊害になるっていうのをこういう世の中になって初めて実感したというか……言葉だけで伝えなきゃいけないってホント難しいんだなと思って。『程』っていうタイトルも、そういう想いから来ているんですけど。
――つまり言葉の裏にある想いとか、そういったものの“程度”みたいなことですよね。
塩入:はい。“あれ程”“それ程”“山程”の“程”ですね。「これ程あなたのことを好きなのに」とか「あれ程愛しあっていたのに」とか、そういう言葉の“程”って個人差がすごくあると思うんですよ。尺度がわかりづらくて、不透明で。“程”の中身というものについて、今までなら会話だったり、抱きしめ合ったり、頷くときの間だったり、そういうもので感じ取ってきたはずなんですけど、コロナでそれが全部できなくなって、言葉だけで伝えなきゃいけなくなって。そうなったときに言葉には一体どれだけの効力があるんだろうってすごく気になったんですよね。今まで以上に言葉というものを探索していくなかで「“これ程”とか“あれ程”の“程”に含まれる意味をお互いが共通認識で持ってなきゃいけないなんて、人間がこれから生きていくなかで解決されることはたぶんないんだろうな」って思ったらすごく興奮したんですよね。言葉を突き詰めていけばいくほど、言葉だけじゃけっして成り立たない世の中なんだ、言葉だけじゃ絶対にどうにもならないんだっていうことが、自分のなかですごくしっくりきたというか。なのでタイトルにしたんです。
――このミニアルバムは塩入さんにとって“どれ程”の作品ですか。
塩入:どれ程でしょう? この世の中がどうなるかわからないなってすごく思ったときに作ったので、これで最後になってもいいやって思った程ですかね。
――それぐらい渾身の作品。
塩入:今まで「これで最後」なんて思ったことは一度もなかったんですよ。でも世の中、いつどうなるかわからなくなってしまって。コロナは大丈夫だったとしても、この先、もしかしたら別の何かで死ぬかもしれないし、わからないじゃないですか。だったら後悔なくやりたいなって。そういう想いがよぎったこと自体、初めてだったんですけど。
――今後、作品を作ったり、ライブをやるたびに「これが最後かもしれない」「これが最後になってもいい」って思うようになったり……?
塩入:イヤですね、それは(笑)。次があるって私は当たり前に思っていたいです。でも、イヤですけど、平和に世界が続いていってほしいですけど、そういう想いがよぎることはもしかしたらまたあるのかもしれない、今回の学びとして。
――今作について、どんなふうに聴いてほしいとか、そういうものはありますか。
塩入:特にないですね。どんな人にも聴いていただきたいとは思いますけど。大好きか大嫌いか、どっちかになってもらえればうれしいです。
――大嫌いでもいいんです?
塩入:全然いいです。こんな暗い曲を連続して聴きたくない人だって絶対いると思うので。そういう人には「もう絶対聴かない!」って思ってもらえればいいし、好きだなって思った人には末永く聴いてもらって記憶に残してもらえたらすごく幸せですし。
――暗い曲ばっかりってご自身でも思うんですか。
塩入:思いますよ(笑)。でも暗いけど、落ち込んではいないんです、どの曲も。
――わかります。どこか醒めていますよね。カラッとしてるというか、暗さに酔ってないというか。そこが魅力だと思うんですけど。
塩入:私、インドアなんですけど明るいんですよ(笑)。そういう自分の人間性が創作していても隠し切れず出るんでしょうね、きっと。

【取材・文:本間夕子】

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リリース情報

程

2020年09月23日

サンバフリー

01.洗って
02.SCRIPT
03.ラブレター
04.Arrow
05.残花
06.Time blue tiny
07.うみもにせもの

お知らせ

■配信リンク

『程』
https://ultravybe.lnk.to/hodo



■マイ検索ワード

賃貸 防音
引っ越ししようと思っていて、なので防音されているところを探してます。“賃貸 防音”で毎日検索してますね(笑)



■ライブ情報

「程」発売記念程良い弾き語り配信ライブ
10/04(日) 20:00

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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