羊文学、変わらないスタンスと今だからこそ生まれたアルバム『POWERS』

羊文学 | 2020.12.16

 羊文学がメジャーデビューアルバム『POWERS』をソニーミュージックレーベルズ/F.C.L.S.から発表した。ボーカル/ギターの塩塚モエカがASIAN KUNG-FU GENERATONの新曲「触れたい 確かめたい」に参加するなど、次世代アイコンとしての存在感を高める中、本作ではオルタナティブロックやシューゲイザーを影響源とするソリッドな3ピースのアンサンブルを磨き上げ、純度高くパッケージ。2020年の空気を深く吸い込み、この不確かな時代に拠り所となる作品を目指したというアルバムについて、3人に話を聞いた。

――「F.C.L.S.」=「FIRST CHOICE LAST STANCE」、つまり「自分たちのスタンスは最初から変わらない」という意味ですが、羊文学のインディーズデビューからここまでの歩みの中で、変わらない部分と変わった部分についてどうお考えですか?
塩塚モエカ(Vo/Gt):変わってないのは、3人が鳴らしている以外の音を入れてないこと。弦とかは機会があれば入れてみたいと思うんですけど、シンセっぽい音を羊文学に持ち込まないっていうのは、コンセプトとして変わってないですね。イメージ的に、ポップスだったらそういう音が入るのもいいと思うんです。でも、羊文学はロック……っていうほどロックでもないですけど、何かを流しながら演奏するっていうのはあんまりやりたいと思わなくて、3人が実際に鳴らしてる楽器の音だけでやりたいので、現状は入れてないです。
河西ゆりか(Ba):曲作りのやり方もずっと一緒ですね。変わったのは、ライブ一つひとつの重みが3年前とは全然違うなって。もちろん、前が適当だったわけではないですけど。
フクダヒロア(Dr):変わらないのは、感覚を大事にしていることで、スネアのチューニングひとつにしても、チューニングメーターを使って完璧にやるよりも、自分が心地いいと思うならちょっと低めにしたりとか、そういう部分はこれからも大事にしたいなって。
――『POWERS』という作品も、もちろんあらゆる部分で3年前から進化しているけど、でも根本は変わってなくて、3年間で磨き上げてきたものを、純度高くパッケージしたような印象を受けました。
塩塚:ポップな曲とか暗い曲とか、いろんな曲が入ってますけど、曲のジャンルというか、テンションで分けるとしたら、これまでと外れたことはそんなにやってないと思います。ただ、アレンジの細かい部分とか、現時点でやれることはやり切ったかなって。
――メジャーからのファーストアルバムだからこそ、まずは自分たちの核の部分をちゃんと出しておこうという意図があったのでしょうか?
塩塚:メジャーとかはあんまり関係なくて、もうちょっといろんな人に聴いてもらえるようになるまでは、変な方向に振り切るのは違うと思っていて。今までやってきたことで、もっと多くの人に聴いてもらえるチャンスがあるなら、このままやっていきたいと思っているので、それをナチュラルにやった感じです。作った曲を並べてみて、そこからテーマが見えたらそれでいい、くらいな。
――アルバムのテーマに関しては、いつ頃どのように見えてきましたか?
塩塚:最初からテーマがあったわけじゃなくて、キャッチーな曲も重めの曲もやりたいと思って作って並べて……これ説明がすごく難しいんですけど、コロナの前に一回、そのときあった曲を並べたときに、何となく“しょぼい魔法”みたいなのがいいなと思って。“しょぼい”っていうのは悪い意味じゃなくて……色のイメージで言うと、アクリル板みたいなところにピンクとか水色のフワフワしたやつがいっぱいあって、それが全体できれい、みたいな。でも、作って行くうちにだんだん一曲一曲がパワー強めになってきたんです。「おまじない」とかも、ほんとはアコースティックなアレンジで、インタールード的な曲にしようかなと思ってたけど、7分とかになっちゃって。
――だいぶ変わったんですね。
塩塚:曲順とかも何回か変わりつつ、全部の曲を見てたら、これは私の性格でもあるんですけど、どの曲も悩んだり、葛藤したりしてる歌詞だったんですよね。私、一人暮らしを始めて、そうしたらコロナの感染が拡大して、ずっと家にいたから、拠り所となるものとか、安心できる場所が欲しいと思ったりして、それで魔法までは行かないけど、お守りみたいな、そういうものになったらいいなって。
――ゆりかさんはできあがった作品をどう捉えていますか?
河西:今年やったことが全部入ったアルバムになったと思います。私たちはずっとアナログなやり方で曲を作ってきて、でも自粛期間があったので、2~3ヵ月スタジオで合わせられなくて、その後久しぶりにスタジオに入って作った曲もあったり、それに対する喜びとか、そういうパワーも入ってると思います。
――ちなみに、リモートでの曲作りにトライしたりはしてない?
河西:やろうとはしたんですけど……。
塩塚:パソコンとかでやると違うものになっちゃうのかなって。今って、DAWとかじゃなくて、生の音だけでやってるバンドって逆にあんまりいないと思うから、そこの部分を守るのは結構気に入ってるんですよね。
――アルバムタイトルの『POWERS』と、9曲目の「powers」の関係性や意味について教えてください。
塩塚:曲の「powers」に関しては、なかなかタイトルが決まらなくて、ずっとiPhoneの太陽マークの絵文字を曲名にしてたんですけど、もともとタイトルトラックにするつもりはなくて。このアルバムの曲たちで最初にパワーを感じたのは「ghost」とか「変身」で、そのあたりが核となる曲としてあったんです。アルバムタイトルの『POWERS』は、私がこっそり一人で曲を上げてるSoundCloudがあるんですけど、その中に「POWERS」っていう曲があって。それにはお母さんが掃除機をかけてる音が入ってて、電力だから「POWERS」ってつけてただけなんですけど、曲が揃ってきたときに、「POWERS」いいなと思って。
――じゃあ、先にアルバムタイトルの『POWERS』があった?
塩塚:まずソロ曲の「POWERS」があって、そのときは複数形にするとどういう意味になるかとかも知らなくて、適当につけたんですけど、それをアルバムタイトルにして、「powers」に関しては、ホント締め切りの直前くらいに決めました。なので、この曲がアルバムのテーマを表しているというわけでもないんですけど、アルバムタイトルを『POWERS』にしようと思ったきっかけは、よく考えてみると、太陽マークのこの曲だったのかなって。
――そもそも“しょぼい魔法”という最初のイメージから、なぜ一曲一曲のパワーが強くなっていったのでしょうか?
塩塚:何でだろう……今思い出したんですけど、最初はしょぼいスーパーマンがいっぱいいるみたいなアルバムにしようと思ってたんです。でも、そこから徐々に変わって行って……骨太になっていったのは、アレンジの癖ではあると思うんですけど。
――コロナによる閉塞感が感じられる中で、パワーのある曲を求めたという側面もあったのでしょうか?
塩塚:全体的にはそうでもなかったりするんですけど……「powers」に関しては、もともと「人間だった」を書いた後くらいに、去年香港でデモとかいっぱいあったじゃないですか? そういうのが他にもいくつかあって、思ってることとか、言えなかったこととかをはっきり言うことで、その人の未来とかじゃなくて、世界がもっとよく変わっていけばいいなって、そういうテーマの曲だったんです。でも、書いた後にちょっと軽薄すぎると思ってボツにしてたんですけど、曲調は気に入ってたし、コロナの状況になって、歌詞を書き直したりして、徐々にこの歌詞に近づいていく中で、友達に「自分が本当にそう思ってる言葉なら、作品の中でそれを言ってもいいよね」っていうことを言われて。
――それで<未来は変わるかもね>のような、これまでにはなかったポジティブな歌詞が、羊文学らしい温度感で入っていると。
塩塚:「絶対行けるよ」みたいな感じじゃなくて、「行けるんじゃないかな」みたいな、誰かにちょっと背中を押してほしいときってあると思うんです。コロナだけじゃなくて、私自身の暮らしの変化とかもあって、言いたいことが定まったので、だったらいいのかなって。なので、この曲はコロナの期間がなかったら完成しなかった曲だと思います。
――曲調自体にパワーがあるので、それに紐づいて言葉が出てきた部分もあるのかなって。最初に「純度が高い」と言わせてもらったように、アルバムには比較的シンプルで強い曲が並んでいるんだけど、「powers」は展開も多いし、コーラスも派手だし。
フクダ:はいじ(塩塚の愛称)が言ったように、誰かの背中を押すような曲で、リズムも最初ハイハットのカウントで入って、そこから開放感のある感じになっていって。結構リズムキープが難しい曲で、手数も多いし、マスロック的な要素も、変拍子ではないんだけど、そう聴こえる箇所もあったり。参考で言うと、YUIさんの曲をみんなで聴いたりして。
塩塚:マスロックではなくてね(笑)。
フクダ:そっちの要素じゃなくて(笑)、YUIさんははいじが昔からずっと聴いてて、勇気をくれるというか、そういうところで繋がるから、安心できるようなドラムだったり、そういうことを考えました。
河西:サビの開ける感じは、太陽のエネルギーをすごく感じて、真ん中のマスロックみたいなところは、ミュージカルっぽいというか、ダンスしてるみたいな、繊細な強さがあるし、コーラスもみんな歌ってて、アレンジの面でも新しいことをやった気がします。
塩塚:私、『リトルマーメイド』めっちゃ好きで、アリエルが自分の家にあるいろんなものを自慢する歌(「Part Of Your World」)わかる?
河西:わかるわかる。
塩塚:「たくさんの宝物~♪」みたいな、あの感じを入れたくて、中盤はそういう感じになってます。
――「POWERS」というタイトルは、もともと意図的に複数形にしたわけではないということでしたが、今はその意味合いをどう捉えていますか?
塩塚:辞書で調べたり、友達に聞いたのは、複数形にすると権威とか権力みたいな、威圧的な、上から押さえつけるような意味にもなるし、あと“魔法の力”みたいな意味のときは“S”をつけるらしくて。押さえつけられるような力と、気分を上げてくれるような力と、日々どっちも感じながら生きていて、そこから生まれた葛藤が歌になってるんですよね。なので、「POWERS」っていう言葉だけを見ると、「元気」とか「パワフル」みたいなイメージだと思うんですけど、“S”をつけることによって、もっと奥行きが出る。「強さ」みたいなことよりも、“MAGIC POWERS”みたいなことがテーマだったりするんです。
――その意味では、途中で話にも出た「おまじない」は象徴的なのかなと。歌詞に出てくる“許し”はこれまでの曲でもテーマになっていたし、モエカさんの根底にあるテーマのように思います。この曲がインタールード的な曲から、大曲になっていったのはどういう流れだったんですか?
塩塚:構成は歌謡曲っていうか、Aメロ・サビの繰り返しで3番まで行って、「はい、終わり」ってしようと思ってたんですけど、最後繰り返して盛り上がっていくのって、今までやったことなくて、上手く景色が広がったら気持ちいいだろうなって。歌詞で言ってることは……一人暮らしをして、あんまり外に出られなくて、寂しかったからできた曲なんですけど、確かにずっと言い続けてるテーマではありますね。このアルバムの核になってるのは「ghost」だと思っていて、「おまじない」が中心というわけではないですけど、全曲で葛藤してる中、これが一番シンプルに、自分のこととして語ってるかもしれない。
――「ghost」がアルバムの核だというのは、どういう理由ですか?
塩塚:私、今年からNetflixで『ストレンジャー・シングス』にハマったんですけど、暗闇の中に女の子が閉じ込められてしまって、地上にいる好きな男の子のことを呼ぼうと頑張って、男の子の部屋のトランシーバーからその声が聞こえるんだけど、みんなはその子のことをもういないと思ってて、でもその男の子は声が聞こえるのを信じてるっていうシーンがあって、それがすごく印象的だったので、その景色を基に作ったんです。この曲があったから、このアルバムがまとまったというか、「ghost」があれば締まる、大丈夫って思えたのが大きかったです。あと、1曲目の「mother」でも存在の不確かさみたいなことを言ってて、「ghost」は不確かな存在を信じるって言い切ってるから、目線としてはこの曲が一番強くて。なので、アートワークもこの曲に引っ張られたし、「『POWERS』ってどんなアルバム?」って聞かれたら、思いつくのはこの曲のことなんです。
――確かに、「見えないものを信じる」みたいな感覚は、アルバムを通して感じられます。
塩塚:2020年は不思議な一年だったので、「mother」で始まって、「ghost」で終わるのは、現実の歪さにホラーっぽいものを感じてるからかなって。「ghost」はここ数年で知り合いや親戚が亡くなって、それで作ったのもあるんですけど、昨日まで生きてた人が今日いなくなるとか、ちょっと前まで外でいろんな人に会ってワイワイしてた生活が、急に部屋から一歩も出られなくなるとか、そういうホラーっぽさは、このアルバム全体に何となくあると思います。
――ゆりかさんは「ghost」という曲についてどう感じていますか?
河西:見えないものを信じるって、確かに意志が強いなって、今話を聞きながら思ってて、サウンド面でもそういう強い部分と、その一方の儚さとか、繊細な部分もベースで表現できたと思うので、大切な曲になった気がします。
フクダ:「mother」にしても、「ghost」にしても、シンプルで手数の少ないミニマムな感じと、ドラム全体にリバーブがかかってる感じは、自分がずっと好きで聴いてたオルタナな感じにも近くて、すごく気持ちいいなって。
塩塚:3人で空間を埋めつつ、広げるみたいなことは、羊文学の一番大切な部分だと思っていて。それをテクニカルにやるというよりも、実際に3人で合わせてみて、チェックしていく感じで、「ghost」は構成的にもすごく上手く行ったかなって。
――では最後に、年明けのツアーに向けて一言いただけますか?
塩塚:「Hidden Place」っていうツアーのタイトルは、ライブハウスが誰でも簡単に行ける場所ではなくなってしまった中で、こっそりやるじゃないけど、お客さんが共犯者というか、秘密基地みたいなイメージなんです。あと、ツアーファイナルはオンラインにして、最後はその隠された場所にどこからでもアクセスできるっていう。配信だからこそできることもいろいろ考えているので、面白いライブにしたいと思います。

【取材・文:金子厚武】



羊文学 "POWERS" Official Trailer

tag一覧 J-POP アルバム 女性ボーカル 羊文学

リリース情報

POWERS

POWERS

2020年12月09日

F.C.L.S.

01.mother
02.Girls
03.変身
04.ハロー、ムーン(album mix)
05.ロックスター
06.おまじない
07.花びら
08.砂漠のきみへ
09.powers
10.1999
11.あいまいでいいよ
12.ghost

<DVD online tour”優しさについて”>
-Day 1- Live at 調布Cross, Date aug 2, 2020
01.雨
02.うねり
03.踊らない
――――――――――
-Day 2- Live at 下北沢LIVE HAUS, Date aug 9, 2020
04.エンディング
05.RED
06.Step
――――――――――
-Day 3- Live at BASEMENTBAR, Date aug 16, 2020
07.ミルク
08.祈り
09.優しさについて

お知らせ

■コメント動画




■ライブ情報

羊文学 Tour 2021 “Hidden Place”
2021/01/31(日)愛知 名古屋 BOTTOM LINE
2021/02/11(木・祝)大阪 梅田CLUB QUATTRO
2021/02/26(金)東京 新木場STUDIO COAST

羊文学 Tour 2021 “Hidden Place”
Oneline Live

2021/03/14(日)


FM802 ROCK FESTIVAL RADIO CRAZY
2020/12/27(日)大阪 インテックス大阪

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

トップに戻る