2020年に19歳でメジャーデビューを果たした気鋭ラッパー・空音が、年内に2作目、通算3作目となるアルバム『TREASURE BOX』をリリースした。二十歳の誕生日を目前にしてリリースされる本作には、リスナーとの対話や他アーティストとのコラボレーションなど、より多くの人々との出会いを経て新しい言葉を紡ぎ出す、そんな現在進行形の空音像が生々しく刻み付けられている。出会いの数だけメッセージが増え、フロウが増える。それが音楽性の多彩さにも直結しているという、素晴らしいアルバムだ。2021年も飛ぶ鳥を落とす勢いで邁進するはずの空音に、新作に込めた思いを訊いた。

――間もなく誕生日を迎えるんですよね。新成人ということで、フライングですけどおめでとうございます。

空音：ありがとうございます。年明けの1月4日に、二十歳になります。

――『TREASURE BOX』は、とてもチャレンジングな姿勢に心揺さぶられるアルバムだと思いました。配信シングルの「scrap and build」が1曲目に置かれて、冒頭3曲でゴリゴリのラップアルバムになるのかと思いきや、4曲目の「MenU」でムードが変わりますよね。ここから楽曲のバラエティ性に驚かされます。

空音：そうですね。やりたいことが全部やれたので、良かったです。「MenU」は、つまりMe and U(You)の略なんですよ。韓国のリスナーの方よりいただいたメッセージから出来た曲です。本人が見たら、気づくかも知れないです。

――なるほど。このアルバムには、世の中のいろんな声と向き合う空音さんがいるんですよね。TENDREさんとのコラボ曲「BLOOM feat. TENDRE」は、何かきっかけがあったんですか。

空音：最初は、トラック制作とアレンジのみをTENDREさんにお願いしようと思っていたんですよ。でも、歌も入れてもらったらおもしろいんじゃないか、という話になって、快くOKを出してもらえました。レコーディング当日までトラックが完成していなくて、TENDREさんはブースの中でフックの部分を作っていました。僕も2ヴァース目の歌詞が出来ていなくて、ぶっつけ本番で完成しました。2020年前半の自粛期間中とかはむしろ、一文字も歌詞が書けなかったんです。昼夜逆転して、朝7時に寝て夜7時に起きるみたいな。そんな中に星野源さんが「うちで踊ろう」を出して、アーティストの鏡だなあ、と思いながら。あとは他のアーティストのライブ映像作品を買って、勉強していましたね。

――じゃあ、本当に6月の『19FACT』リリースの後に動き出したんですね。で、新作の大きなトピックとして「どうせ、愛だ feat. クリープハイプ」があると思うんですけど、ドラマ仕立てのショートフィルムも制作されるという。

空音：はい。先にショートフィルムをYouTubeで公開して、そこに繋がる「どうせ、愛だ」のミュージックビデオはエンドロールのような位置付けになっているんです。今回はどちらかと言うと、ショートフィルムの脚本に沿って歌詞を書きました。これまでのミュージックビデオを監督してくれたシンイチローさんに、今回もお願いしたんですけど。

――脚本もシンイチローさんですか？

空音：はい、才能豊かです。その脚本ありきで作って。クリープハイプにお願いする段階で、ショートフィルムとミュージックビデオを作ることは伝えていたんですよ。もしクリープハイプとの共作には至らなかったとしても、ショートフィルムは作ろうと思っていたんですけど、最初に尾崎（世界観）さんから楽曲のテーマのアイデアを頂いて、それに合わせて制作を進めていきました。

空音：そのテーマが自分にとっては難しくて、色々な映画を観たりして勉強しました。あとは、尾崎さんが書いたフックの最初の2行、＜ぽっかり空いた 穴を塞いだ／その正体は どうせ、愛だ＞だけが上がってきたので、それをインスピレーション源に歌詞を書いていって。ストーリーを勝手に付けていいのか、恋愛感情についてのみ書くのか、二通りの道で迷ったんですけど、僕は割とストーリーを作るのが得意なので、この歌詞でレコーディングしたら、すごくいいって言って貰えました。

――クリープハイプの「愛す (空音 Remix)」のときは、尾崎さんの歌詞を解釈してストーリーを押し広げる作業だったわけじゃないですか。それと通ずるものはあったんですか。

空音：うーん…。それとはまた別かもしれないです。「どうせ、愛だ」は全体像が見えていない状態だったので、何から手をつけていいのか分からなかったですね。これまでの作詞で一番難しかったです。クリープハイプとやるという重圧もあり。尾崎さんに負けないぐらい詩的にしたかったし、でもこれは勝負じゃなく、一緒に良い曲を作るというのが目標だったので。

――すごい曲ですよ。空音さんの歌詞の中にクリープハイプが、尾崎世界観が棲んでいる。ブリッジの部分、いびつでファンキーな感じにガラッと曲調が変わるのは、最初からあったものなんですか。

空音：この変則的なブリッジは、僕が作詞してメロディも決めました。僕の中ではこれがないと曲が完成しなかったんです。ここからの間奏が大事で。

――そういうところにも、チャレンジが感じられますね。アルバムの最後に収録されている「誰かの正義の歌 feat. yonkey」はとてもメッセージ性の強い曲なんですけど、ここに込めた思いはどうですか。

空音：それこそ最近の世の中、政治や、若い子たちの動きを見ていて、コロナ禍とブラック・ライヴズ・マターが重なっていたこともそうですけど、人それぞれに正義があるということを特に若い人たちに伝えたくて。自分の意志があるのに、見えない力のせいで発言できなかったり、才能があるのに形にできなかったり。自分の正義があるなら、それを振りかざすんじゃなくて、上手に指摘したらいいのになって思って、それを曲にした感じですね。冒頭の歌詞ではチャレンジしていて、《銃》とか《戦争》とかって、今の日本ではNGワードに近いレベルで危なそうだし、聞く人によってはビクッとするんじゃないかと思うんです。でも、若い人がこうやって発言しないと変わらないし、人間としての存在意義や自由の権利に関わるんですよ。

――だから、「誰かの正義の歌」なんですよね。君はどうだ、って問いかけているわけで。

空音：そういうことです。僕自身の正義じゃないんです。若いからこそ、自分の意見を持たないことの危なさを分かって欲しいなあ、と思って。僕の中では、言いたいことのゴールがここにあったんです。

――空音さんの世代からすると、インターネットやSNSを通じて、出る杭は打たれる感覚が早い時期から身についてしまうじゃないですか。それについてはどう思いますか。

空音：僕は、自分の意見を曲にしないとアーティストとしての仕事が果たせないんですけど、みんな、怒られることを怖がっていると思うんですよね。間違っていることを非難されるのは仕方ないですけど、ただの意見の食い違いは間違いではないんです。だから、若い人は正しいと思ったことをちゃんと言えばいいと思うんですよね。

――この曲が出来たのは、いつ頃ですか。

空音：最初にレコーディングしたのが、この曲かもしれないです。

――ああ。自粛期間中に歌詞を書けなかったぶん、言いたいことが溜まっていたのかな。

空音：溜まっていたんですね。頭の片隅にあるものが、いざ直面してみると一番大事なことだったりするんで。今回、一番気に入っている曲です。

――十代最後の主張、アルバムのフィナーレとしても素晴らしいです。年明けの3月には、全国6ヵ所のツアーが開催予定ということですが、今後のライブ活動に向けての意気込みはどうですか。

空音：バンド編成のライブにもチャレンジしたいんですけど、クリープハイプと一緒にやったからバンド編成というわけじゃなくて、自分ひとりでバンドの、ロック調の曲があってもおもしろいと思うんです。海外シーンではそういうこと取り入れている人も多いんで、いろんな層の人に来てもらって楽しめるように、頑張りたいです。

【取材・文：小池宏和】