さまざまな表情を見せたパスピエの現在地、傑作ポップスアルバム『synonym』を徹底解剖!

パスピエ | 2020.12.24

 自分たちのレーベル「NEHAN RECORDS」を立ち上げて初めてのアルバムとなったパスピエ6作目の『synonym』。結成10周年、そして2020年のコロナ禍。さまざまな変化を経た今のバンドの姿が詰め込まれた最高傑作である。パスピエらしいポップス「プラットホーム」、テクニカルな実験性の中にポップセンスを注ぎ込んだ「現代」、ドラマーがいないからこそのリズムの冒険が実を結んでいる「tika」、そしてバンドのここまでの歩みを見渡すような歌詞が歌われるアルバムの最終曲「つむぎ」。曲ごとにさまざまな表情を見せながら、より自由に、そしてより自然体で音楽に向き合っているパスピエが見える。成田ハネダ(Key)と大胡田なつき(Vo)のふたりに手応えを語ってもらった。

――最高傑作なんじゃないかと思うんですが、手応えはどうですか?
成田:まあ、毎回そういうふうにして作らないとなっていうのは思ってますけど、今年はどうしても切り口が変わらざるを得ない年だったから、どういうふうにやるのがいいのかなっていうのは考えましたね。やっぱりバンドっていうフォーマットでやっている以上、ライブで楽曲を披露するっていうところまでセットに考えていくっていうのが通例だろうし、頭の片隅でそれを踏まえて考えるみたいなところがあったと思うんですけど、今年は180度がらっと変わってしまって。自分の好きな音楽を、何のよどみもなく、どうやって音源に詰め込むかっていうところにすごく集中できたんですよね。それが作品としてはすごいよかった。
大胡田:私もライブっていう実体験が今年全然ないなかで歌を書いてたので。外からの影響というよりも、自分の中から生み出すみたいなところはすごく強く出たかなと思いますね。
――なるほど。では曲について聞いていきたいんですが、まずは1曲目の「まだら」。これは先行してシングルとしてリリースされましたが。

成田:これは10周年という節目が終わって、またアルバムを出すってなったときに、どうしたって切り替わりのアルバムになるだろうなと思ってて。そういう時系列で見ても最初に出したシングルが「まだら」だったので、1曲目に「まだら」を入れるのがベストだろうなというのはぼんやりとあったんです。アルバムの配列を考えたときも、「まだら」が最初にあったほうが深く届けられるというか。聴かれ方は年々変わっていくけど、アルバムっていう形で作品を出してる以上はそれがいちばんきれいに見えるストーリーを作らなきゃいけないと思うし、その中で「まだら」っていう曲がいちばん自分的に心地よかった。
――今までは1曲目ってわりとパンチのある曲を持ってくることが多かったけど、それとは違う感触ですね。
成田:これは大胡田の録ってるときの声質にも関係すると思うんですけど、刺激を届けるのか、間口を広く届けるのかっていうバランス次第だと思うんですね。どうにかしてパスピエっていう面白さを届けながら、でも切り捨てない楽曲という。それがどうしたらできるかなっていうのは考えてましたね。
大胡田:この曲、A・B・サビ、A・B・落ちサビみたいな、そういう順番とかには縛られてないんですよね。そういうところがすごく好きだなと思いました。
――うん。次の「Q.」も、一見パスピエらしい曲なんだけど、じつはメロディワークとかは結構「まだら」に近い思想を感じるんですよね。ベタすぎないっていうか。

成田:メロディの抑揚だったりそのコードワークであったりとかは、今回は「頭で楽しんでもらえるアルバム」っていうのを考えていて。その要素を強くするために意識したところではありますね。「ライブってよかったよな」っていう懐古主義には絶対させたくないと思ってて。これはこの年だからできたアルバムだけど、それと関係なく「この作品が出来てよかったな」と思わせなきゃいけないし、そのためには今までの作り方じゃダメだろうなあって。
――「現代」とかも、まさに頭で楽しむっていうか、聴くのに頭を使う曲だしね。「Q.」と「現代」って全然テイストとしては違う曲ですけど、通じる部分がすごくある曲ですよね、じつは。
成田:「Q.」から「現代」って、一聴すると全然タイプ違うんですけど、メロディーラインとかを踏襲してるところがほんの少しあったりもするんです。「現代」は最後の最後でアレンジをガッと変えたんですよ。最初はもっとフュージョンっぽいというか、テクニックのサイドを見せる曲っていうのを作りたいなと思ったんです。でも曲の全体像を見たときに、それだけじゃないほうがいい、さっき言った「広く深く」っていうところを意識するために、ちょっとテコ入れしないといけないなと思って。
大胡田:歌詞も、最初はこういうものにしようと思ってなかったんです。でも作っていくにつれて成田さんの言う「広く」の部分なのかな、が出てきて。私も歌詞を日常的なものに寄せてみようかなって感化されたんですよね。
――<雨の匂い シワのないシャツ/色付く街路樹 震える肩>って、詩だよね。まさに普段着というか、ちょっと生活感が垣間見えるっていうか、僕らが見ている街の風景と繋がるものを書いてるんだなという。『SYNTHESIZE』の歌詞もそうですよね。これは成ハネ作詞ですが。

成田:大胡田が歌うわけだから、大胡田が歌って格好がつくものにしないといけないっていうのはありましたけどね。
大胡田:本当にそこを考えるのがね、上手。だからなんかイラッとするんですけど(笑)。
成田:やっぱり俺は歌い手じゃないから。本当に1ミリも自分がフロントで歌ってる姿っていうのは想像して作ってないんですよ、当たり前ですけど。だから歌詞を書くときに自分の視点っていう感覚はあんまりないかもしれない。
――同じく成田ハネダ作詞の「真昼の夜」が、いろんな意味で、アルバムの中でもキーになっている曲だなというふうに思うんです。アルバムの前半で見せてきたものが、ここに集約されている感じがあるなと。

成田:この曲を作るまでは、それこそこういう状況になるとも思ってなかったし、『more humor』に近いというか。アルバムもそういうもので作ろうかなって思ったんですよ。たとえばミドルテンポで楽しめるものだったりとか、1個テーマを持ってアルバム全体を作ろうかなっていうのを考えてたんです。だから「まだら」まではその要素があったんですけど、「真昼の夜」を作ったことが、アップテンポな自分ももっと遊んで入れてみようっていうトリガーになったんですよね。
――たしかにこれ、結構テンポ速いんですよね。落ち着いているからあまりそう感じないんですけど。
成田:これも本当に、聴く人によっては「ジェットコースターみたいだね」って言う人もいれば、小川さんみたいにとってくれる方もいるし、「展開が凄まじいね」みたいな人もいるし。たぶん切り口によって見え方がいろいろ変わる曲だと思います。
――うん、複雑な展開なんだけど、後味はスッキリ、みたいな(笑)。歌詞は?
成田:これはわりと、自分の日常の浮き沈みみたいなのを、それこそ大胡田が歌うっていうのでやったらどうなんだろうって。誰からも何か共感を得たいわけじゃないけど、自分の日常をつらつら歌うみたいなことってあるじゃないですか。それをいろいろとデフォルメして書けたら面白いなあと思って。
――そして「Anemone」って曲、これはまさにクラシックの意匠を取り入れている曲なんだけれども、荘厳な感じはありながらも、むしろすごくポップスになっていますね。
成田:メロディはそうですね。だからそれこそ僕が切り取るクラシックの視点って、「刺激物」って捉えてないんですよ。クラシックとロックが組み合わさったらものすごく、ゴリゴリッとしたものになるよねとか、そういうのじゃなくて。クラシックって紐解くとすごくシンプルな作りだったりとかするので。本当に弾き語りポップスとも通じるところがあったりするんです。
大胡田:でもそう感じられるのは、成田さんがずっとクラシックで育ってきたからかもしれない。うちらからすると、やっぱクラシックってすごくモチーフみたいなイメージがあるから。
――でも、パスピエ(印象派)って名前のバンドがこういう古典的な音を取り入れていくっていうのも面白いよね。それ自体批評というかパロディというか。
成田:そうそう、だからパロディなんですよね。そういう視点で見てもらえるのはうれしい。クラシックでひとくくりにするだけじゃなくて、「Anemone」さえもパロディだし。
――わかりました。で、「tika」。僕はこの曲いちばん好きかもしれない。
大胡田:私も好きです!
――楽しいですよね。リズムがやっぱりキモなんですけど、ちょっと民族っぽいニュアンスもあって。リズムでいうと、今パスピエにはドラマーがいないわけじゃないですか。そのメリット、デメリットってあると思うんですけど、それをうまくポジティブに転化しているっていう感じはすごくする。
成田:それは自分の中ではあります。この4年で紆余曲折してきたし、最初、今の体制になって出したミニアルバム(『OTONARIさん』)とかは「ここから打ち込みのほう行くべ」みたいなモードもあったし。でもやっぱり急にギアを変えられるわけじゃないし、それまで7年とかやってきたものもあるから、それに嘘をつくわけにもいかないし。だから結局サポートドラマーを入れて、バンドらしい骨太サウンドを作ろうかって思った時期もあるし。そういうのをいろいろやっていくなかでの落としどころっていう意味では、このアルバムがいちばん見えてると思いますね。
――そうだよね。いろいろなものを柔軟に取り入れる、自由な感じがこのアルバムにはあるなと思います。そして最後の「つむぎ」。これは本当にいい曲だなあと。これ、古い曲だそうですね。
成田:そうなんです。やっぱり、作ったけど入れるタイミングがない曲ってどんどん増えてくるんです。で、今回はこれか、ほかの曲のどれでもないまた違うパターンの最新の曲と、どっちにしようかなって思って。これは俺の独断で、最終的にやっぱりこの曲を入れたほうがいいなと思って入れたんですけど。理由としては、伝え方が難しいんですけど、最後にいろんなことを経て「赦される曲」があったほうがいいなっていうのはあって。
――「赦される」?
成田:それは例えばアルバムっていうことで言えば、いろいろ実験的なことをしてきたし、この曲もしてるんですけど、でも最後聴いた心地として「ああ良かったな」っていうところ。それが今年出すっていう意味でも、「ああ、やっぱりこの2020年に出された『synonym』、最後これでよかったな」って思えるっていう。そういう曲があったらいいなっていうところに、これがドンピシャだった。
大胡田:これは本当にいちばん最後に録ったし、アルバムの最後にするって言われて歌詞を書いたんです。だからまとめじゃないけど、辿り着くアルバムの最後として自分たちのことを書こうと思って。
――パスピエのことを書いてるわけですね。<綱渡り手を伸ばし探して見つけた>って歌っていますけど、ここまでバンドで進んできた道のりについてはどういうふうに捉えていますか?
大胡田:途中までは「こうなるな」っていうふうに進んでたんですけど、武道館やり終わったぐらいからかな、ちょっとずつ変わってきた。よくバンドは生き物だって聞きますけど、そうなんだなってすごく感じることが増えました。メンバーが脱退したりとかもありましたし、自分たちがやっていくものが変われば変わってくし、何かそういうのを感じて。だから今は予想どおりではないです、全然。
――成田くんはこの歌詞を受け取ったときにどう感じました?
成田:もう、ちょうどいいというか(笑)。まあ、それは冗談ですけど。自分が曲を作ったときに、この曲はなんか包括してくれるというか、意図がダントツ強く受け取られる曲だと思って。歌詞も、こういうタイプの俯瞰って今まであまりなかったと思うんで、こういう最後の曲で、そう見えるっていうのは、それこそ今だからできるんだろうなと思うし。
――パスピエって、そういう紆余曲折みたいなところって、今までそんなに見せてこなかったじゃないですか。
大胡田:そうですね、ものの過程は見せなかったですね。
――それがこの曲にはちょっと顔を覗かせているのも新鮮だなあと。
大胡田:そんなに格好つけて生きなきゃいけないっていう歳でもないかなというのもありますし(笑)。ちゃんと自分たちが作りたいものを作って、皆さんにお届けして「うれしいな」っていう。そういう気持ちが育ってきた年齢なので、私たちも。だから10年っていうのはあるかもしれないですね。
――その10年を経て、今年レコード会社も移籍しましたが、ここから先っていうのはどういうふうにイメージしているんですか?
大胡田:売れたい……。売れたいっていうか、なんだろう。
成田:まあ、それに越したことはないよね。でもやっぱり難しいものだなと思います、エンターテインメントって。自分がアップデートしてるって思うことが必ずしもそうは受け取られないし、自分が進もうと思った道が、世の中的には違う風潮になってる場合もあるし。でもその中でもわかってもらう、聴いてくれる人を置いていったらダメだとは思うんですよ。そこのバランスって改めて難しいものだし、なんか大胡田がさっき「最初は想像どおりの景色を見ることができた」って言ってたけど、想像どおりって逆を返せば、考えなくてもそこに行けてたみたいなところでもあるから。
大胡田:自分の想像に収まっちゃってるっていうのもあるしね。
成田:そうそう。そこの道から離れたことも経験したので、じゃあ道をまた作るのか、前の道に戻るのか、前の道に戻るんだけど舗装するのかとか、いろんな方法があるから。そこはやっぱり、年数重ねるごとに出す意義っていうのも考えさせられますよね。
大胡田:うん。誰かが何かを感じてくれて、その感じてくれたっていうことがわかる場所にはいたいなって思う。
成田:こないだ何かの本で見たんですけど、これいい言葉だなと思ったのが、アスファルトの道は誰もが歩ける道だけど足跡は残らない。でも、舗装されてない道は歩きづらいけど足跡残る、と。俺らはたぶん後者のほうが好きなんだろうなと思います。そうやって続けてきた11年間でしたし、これからもそうなのかなって思いますね。

【取材・文:小川智宏】

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リリース情報

synonym

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2020年12月09日

NEHAN RECORDS

01.まだら
02.Q.
03.現代
04.SYNTHESIZE
05.プラットホーム
06.oto
07.真昼の夜
08.Anemone
09.人間合格
10.tika
11.つむぎ

<初回限定盤Blu-ray収録内容>
2020年2月に人見記念講堂で開催した結成十周年特別公演“EYE”のアンコール含む全22曲の映像を収録。
01.あかつき
02.始まりはいつも
03.ハレとケ
04.永すぎた春
05.トリップ
06.ネオンと虎
07.DISTANCE
08.瞑想
09.あの青と青と青
10.resonance
11.チャイナタウン
12.マッカメッカ
13.グラフィティー
14.MATATABISTEP
15.つくり囃子
16.シネマ
17.正しいままではいられない
18.真夜中のランデブー
19.ONE
20.まだら
21.トロイメライ
22.贅沢ないいわけ

お知らせ

■配信リンク

『synonym』
https://umj.lnk.to/synonym



■コメント動画




■ライブ情報

one man live “synonium”
2020/12/25(金)東京 LINE CUBE SHIBUYA
※有観客+生配信にて開催
※配信アーカイブ期間:2020/12/26(土)10:00~2021/01/06(水)18:00

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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