注目のシンガーソングライター碧海祐人、Fanplus Music初登場!

碧海祐人 | 2021.02.03

 昨年9月にEP『逃避行の窓』でデビューを果たした愛知県在住のシンガーソングライター碧海祐人から、前作からわずか3ヵ月というショートスパンで新作が届いた。12月にリリースされた配信EP『夜光雲』は、宅録音楽家・浦上想起をフィーチャーした「逃げ水踊る(feat. 浦上想起)」はじめ、『逃避行の窓』とはまた手触りの違う碧海のエモーションに触れることのできる4曲入りだ。前作を経て、彼はどんな思いでこの作品に臨んだのか。“逃避行”を求めて飛び出した先で、彼はどんな境地にたどり着いたのか。理路整然と語り口から、アーティストとしての深化が伺えるインタビューだ。

――短いスパンでの新作ですが、前作『逃避行の窓』を作ってみて、どんなことを感じましたか?
碧海:いちばん大きなその感情としては「まだやれるな」っていう感覚ですね。『逃避行の窓』は(ドラマーの)石若駿さんに参加していただいたり、ミックスを藤城真人さんに頼んだりしていいものに仕上がってくれたけれど、自分自身の技術や知識を昇華させていく作業っていう面でもっとできることがあるなっていうことになんとなく気づけた。たとえば自分の好きなものに対する深度であったり、楽曲の強度みたいな面で、もっとたくさん聴かれたときに耐え凌げるだけの強さがあるものにもできたんじゃないかなっていう。でも、僕としてはそれがわかったことが何より良かったなと思ってます。
――それを経て、今作『夜光雲』というEPはどういうイメージをもって臨んでいました?
碧海:今回はコンセプトっていうかもともとの原案として、曲を作る上でほぼ全てのことを自分でやろうっていうことをスタートに掲げていたんです。ミックスであったり、楽器の演奏であったり、アートワークもそうですね。全工程を一度自分でやって、『逃避行の窓』で学べたことをなるだけ自分の中に一度引っ張り込んでくるようなことができたらなっていうのは思っていたので。そこは『逃避行の窓』との大きな違いかなと。やってみたらひたすら難しかったですけど(笑)。やっぱり、知るということとそれが自分の身に付くっていうことは違うなっていうか。でもそこの具体的な距離みたいなところを測れたのはよかったなと思います。
――そういう意味では、今作の『逃げ水踊る』では浦上想起さんがキーボードとコーラスで参加していますが、あの曲の作業はどうでしたか?
碧海:浦上さんはもともと大好きだったんです。「逃げ水」はもともと1人でやろうかと思ってたんですけど、作っていくにつれて、そこに足りない部分みたいなものを全部浦上さんが持っていたというか、ちょうどパズルのピースがカチッとはまる感じがしたんですよね。かつ、歌っている内面的な部分でも、浦上さんが曲の中で言っていたことと、僕がこの曲で歌っていることがなんとなく近いと勝手に思っていたんです。それで共振する部分がもしかしたらあるのかなと思ってたんですけど、スタジオに入って一緒に歌ったり、鍵盤のイメージについてやりとりをしていく中で、結構思いもよらない形で進化を遂げて。それはすごく面白かったですね。スタジオに一緒に入ったときも、自分から提案をしてくれたり、結構真摯に僕の意見を聞いてくれたり、コミュニケーションもすごく円滑にとれましたし。

――今回音楽性としては結構新しい一面を見せているなあと感じたんです。1曲目の「眷恋」を聴いたときの、あの軽やかさはこれまでの曲から受ける印象とは違うなと。それは意識的に変えたものだったんですか? それとも作ってみたらそうなっていた?
碧海:どっちでもあると思います。『逃避行の窓』を作り終えた前後くらいで「逃げ水」とか「眷恋」はできていたんですよ。ある種『逃避行の窓』で自分の位置を点で作ったとしたら、その点を押し広げていくような方向性を持った楽曲を集めてEPにしたいっていう気持ちもあったし、そう思ったのはたぶん「眷恋」とか「逃げ水」があったからだと思うので。ジャンルであったり、曲の作り方であったり、入ってくる音であったり、自分としての幅を広げていきたいという感覚はありました。

――サウンドメイキングのプロセスでも変化はありましたか?
碧海:そうですね。『逃避行の窓』では、最初にビートとパッドを入れて、そこからコーラスを乗せるっていう形で。だからわりとヒップホップ的な、最初にビートメイクしてその上にメロを乗せていく、それに合わせて展開を変えるっていう感じで作っていたんですけど、結構今回は、「眷恋」なんかは特にそうなんですけど、最初にシンセパッドを使わないで、ギターのリフっていうかカッティングっていうか、そういうものを重ねてつぎはぎにしていく中で、曲を作っていくっていう作業をしたんです。結構そこは大きく違ったのかなと思います。
――それは結構根本的な構造の変化じゃないですか?
碧海:そうですね。でも結構昔、DTMにはまる前後ぐらいのタイミングでは弾き語りをたくさんやっていたので、ギターでコードを弾いて曲を作るっていう時期があったんですよ。それと、DTMだけで曲を作る、ビートメイクから曲を作るっていう方法にギャップはすごく感じていたんです。できる曲も全く違うし、サウンド感も全く違うし、進行も全然違うし、ある種自分がふたりいるかのような感覚がずっとあったんですけど、そこをまとめたいなというか、両方を織り交ぜながら曲を作れるようになれたらなっていうことは思っていて。それを「眷恋」や「hanamuke」っていう形にできたのは、僕の中ではすごく成長できた部分なのかなって思いますね。

――うん。だから、どちらかといえばDTMでロジカルに作られている部分が碧海祐人の音楽にはあったとしたら、今作では逆にエモーションのほうに針が振れているような瞬間もあるなって思うんですよね。
碧海:そうだったら嬉しいですね。僕自身がすごく理系なので、曲を作るときもロジカルに、全てを意図して作るタイプだとは思うんですけど、ギターを弾いてるときって、ロジカルに組み立てることよりも先に、ある種アドリブ的に、その場で何かを出さないといけないっていう圧が常にかかり続けるので。直感的にメロが出てきたりとかっていうのは、ビートメイクのときよりも遥かにあるんです。そういうのが作用してるのかなって思いますね。
――エモーショナルなんですよね、今作。もちろん宅録で、自分の好きな要素を詰め込んで純度高く音楽を作っていくっていう側面もあるけど、同時にやっぱり外に向かって開けている感覚もあって。今作の曲はすごく聴かれたがっている感じがするというか。
碧海:これは大きく最近変わったというか気付いた部分なんですけど、たぶん僕は聴かれたいんだと思います。これまでは結構、曲を作れたら、ある種の音楽的な探求ができたらそれでいいなと思っていた部分があったんですけど、改めて年末年始頃に今後自分はどうしていきたいのかを頭の中で考えてみて、やっぱりたくさん聴かれたいんだろうなっていうのは思って。もちろんこの1年で聴いてくれる方が大きく増えたことがそのひとつの原因ではあるんですけど、でももっともっと聴かれたいと思っていて。自分がいい曲を作るという軸がぶれなければ、そのために何でもしたいという気持ちでいると思います。
――歌詞も、難解な言葉も多いし、聴き手がわかるかわからないか、すごく絶妙なところを突いてくるなと思っているんですが、たとえば「hanamuke」とかはちょっとニュアンスというか、ベクトルが違いますよね。メッセージになっている感じがする。
碧海:そうですね、確かに「hanamuke」は結構異質だと思います。僕の中で歌詞っていうのは、映画でいうと小物とか衣装ぐらいにしか思っていないんですよ。話の本筋に関わってきてしまってはいけないものとして認識してるんですね。なので、歌詞で多くのことを言いすぎても聴く人の感受性を邪魔してしまうというか、解釈をとどめてしまう感覚があるので、あえて何にも言わないように作ってるんです。でも「hanamuke」に関しては結構明確に「これを伝えたい」っていう軸があったので、そこをしっかりと伝えつつ、だけど、それをそのまま伝えるというよりは、その伝えたいことの一番近い母集団を伝えて、その母集団から選び取ってくれたらいいなっていう感覚でしたね。これのことを言ってるのは絶対にわかるし、こういう方向に導きたいというのもわかるんだけど、それをどういうふうに各々が感じるかは少しずつ変えたいって思って書きました。
――「夜光雲」という曲では歌詞に<逃避行>という言葉も登場します。『逃避行の窓』も含めて<逃避行>という言葉にはどんな意味合いを込めているんですか?
碧海:それこそ僕自身もそうですけど、音楽が好きで、だけど普段の生活にはちょっと嫌気がさしているような人たちが僕の音楽を聴いてくれて、それが逃避行になったらいいなというのはあります。<逃避行>ってちょっとマイナスなイメージを含んでる言葉ではあるんですけど、すごく心休まることでもあるし、ちょっとした子供ごころを思い出させてくれるじゃないけど、なんかすごく心を入れ替えるような感覚を持ってる言葉だと思ってるんです。そういう音楽になればいいなっていう思いもあって<逃避行>っていう言葉を使っていて。でも「夜光雲」に関しては、思いっきり『逃避行の窓』のことを指して使っているんですけど(笑)。
――ああ、そうなんですね。
碧海:「夜光雲」は結構、自分のプライベートな部分というか、部屋から見えたものとか、部屋で悩んでいたり考えていたりしたことがそのまま曲の歌詞になってますね。なので、いちばん自分の素に近い曲というか。だからこそ、自分が好きなものだけを曲の構成する要素として置いているし。自分のための曲であるっていう感じはすごくあります。だから歌詞も難しい言葉だらけにして、最大限読みづらくしているというか(笑)。あえてわからなくしてるみたいな部分が若干あって。非常に難解な煩わしい文章をあえて作って、そこに自分の好きな音楽的なジャンルであったり要素みたいなものをねじ込んで作っていった、ある種の自己満足でもあるので、聴いてもわからないことが多いと思います。
――じゃあこれを書いた当時の心境が結構入っていたりする?
碧海:そうですね。自分の中にあった感情であったり、考えたことみたいなのが結構詰め込まれていると思います。
――その心境について、どこまで具体的に聞くべきかわからないんですが、ざっくり前向きか後ろ向きかでいうとどういうものでした?
碧海:すごく後ろ向きだと思います。これからに希望があるとか、これからにすごく期待しているという感情よりは、「どうしたらいいんだ」というか、『逃避行の窓』を終えてなお残った気持ち悪さを押しとどめるためというか、そこで区切りをつけるための曲でもあるという感じがします。でも、ある本を読んでいて、村上春樹さんの『1993年のピンボール』だったと思うんですけど、この曲の最後の歌詞にある<もちろんいつかは帰ってくるさ、別に逃げ出すわけじゃないんだから>っていう言葉が出てきたんです。『逃避行の窓』は逃げ出していきたいという気持ちから作っていたCDでもあるので、そこに対して<いつか帰ってくるから>っていうのが僕がたどり着いたひとつの答えでもあって。『逃避行の窓』で投げたものに対して僕自身がたどり着いた答えをもう一度投げて終わるっていう形で最後の曲は締めたかったんですよね。

――なるほどね。どんどん外に出ていって、新しい世界を見て、そのまま行きっぱなしでもいいわけじゃないですか。でも「帰ってくる」という気持ちになったのはどうしてなんでしょう?
碧海:なんだろうな。たぶんすごくパーソナルな部分で、僕は今愛知県の田舎にいて音楽を作ってるわけなんですけど、『逃避行の窓』っていうのは僕がここから逃げ出すための窓口であってほしいっていう気持ちもあったんですね。ここからどこかへ逃げていく、それは東京なのかもしれないけど、出ていって音楽をちゃんとやれる人間になって……その先のことを大きく考えてなかったっていうか。ずっと音楽を作ってどこかで暮らしていきたいとは思うけど、だけど自分の血縁の親族の人間たちとの繋がりをばちっと立ち切るわけではないし、そこにあるものは絶対に繋げていかなければいけない。それってたぶん、また戻ってくるってことなんだろうなっていう。ある種、音楽を作るということばかりに目を向けすぎて、ちょっと夢見がちになって、浮き足立ってたんですよ。でもいろんなことをしないといけないという現実もしっかり見るべきだなと。だからこれは音楽家というよりも、ひとりの人間としての答えかもしれないと思います。
――そういう視点ももって作っていく音楽はまた変わっていきそうですよね。今の時点で、碧海さんのなかに音楽家として将来的なビジョンというのはあるんですか?
碧海:そうですね……やっぱりたぶん、たくさん聴かれたいと思っていて。たくさん聴かれるということは、それだけ影響力が生まれるっていうことでもあるじゃないですか。僕は今の日本の音楽が、これは若干のエゴかもしれないですけど、100%いいものだけでできているわけでもない気がするんですよ。それでも誰かにとってはいいものだから否定するつもりはないですけど、僕にとっては「これは違うんじゃない?」と思うものが存在してしまっていたりする。それがすごく嫌だというよりも、「もっといいものあるよ」って言いたい気持ちがすごく強いんです。自分に対してもみんなに対しても胸を張って「これは僕が本当に好きなものです」って言えるようなものを生み出せるようなミュージシャンになりたいですね。
――なるほど。いいですね。
碧海:今もいろいろ作っているんですけど、『夜光雲』がいろいろな人に聴いてもらえていて、それが本当にいいものなら、もっといろんな人に広がっていくんじゃないかなっていうことは思ったので。若干の自信というか、証拠を手にできたなと。だから今はもっと貪欲にいろんなものを取り入れ始めているんです。それで結構今バーッて曲ができつつあります。まだそれはレーベルにも聴かせてないんですけど(笑)。

【取材・文:小川智宏】

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リリース情報

夜光雲

夜光雲

2020年12月16日

ULTRA-VYBE, INC.

01.眷恋
02.逃げ水踊る(feat. 浦上想起)
03.hanamuke
04.夜光雲

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ハンガリー音階
ハンガリーの音階があって、主にロマ音楽とかジプシー音楽とかで使われる音階なんですけど、最近それがすごい気になっていて。葉加瀬太郎さんも演奏している「ツィゴイネルワイゼン」っていうバイオリン曲でも使われている音階ですね。自分の曲に使うかはわからないですけど、面白いなとは思いました。

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