バービーボーイズの曲も飛び出した杏子の最新ツアー
杏子 | 2011.01.07
この日は数年ぶりの皆既月食。しかし残念ながら、その晩の東京は大雨であった。多くの人が降りしきる雨を恨めしそうに眺めながら、昨晩の吸い込まれそうな名月にならい、その満月の欠け、更には影に吸い込まれ、再び生まれるがごとく、満月に戻っていくさまを、頭に思い描いていたことだろう。
思えば、杏子の歌は、まるでその月食時の月が見せる時々の表情のようだ。満月の光のように、女心を全てを正直に吐露するように伝えられるような歌もあれば、月が太陽に被さるように女性の秘めた想いや願い、本音を湛えた歌。そして、再び芳醇な満月を取り戻すかのような、女性の笑顔や少女性を擁している歌の数々。
そして、この日の彼女のライブも、そんな月食時の月の時々の表情のように、様々な表情や心情の数々を歌に乗せ披露してくれた。
「TOUR2010 Just I’’m here ~The Band ver.~」とタイトルされた、この日のライヴは、今秋に名古屋、仙台、東京にて行われたアコースティックライヴツアーとは対をなすバンド・スタイルで行われたもの。既に大阪、福岡を経、ここ東京がそのファイナルとあいなった。今年7月に発売された男性アーティストたちとのコラボレート作品『Just』、そして、続く冬口に発売された、こちらは女性アーティストたちとのコラボレート作品『Justess』と2枚の最新アルバムからの選曲が中心に行われたこの日。3度のアンコールに応えてくれ、ライブは2時間半強に渡り展開された。
SEと共に、深海にいるように青く浮かび上がったステージにまずはバンドのメンバーが登場する。ソリッドなカッティングのギターとオルガンの効いた1曲目の「TARGET」をプレイが始まると同時にステージに杏子が登場する。<狙った獲物は逃がさない>的なクールでタフ、それでいて女豹のようなしなやかさを持ったナンバーでライヴは開幕した。そのまま密林のようなジャングルビートが会場に響き渡り、早くも会場はヒートアップ。続いての「秘蜜の花園」では、間にバンドのメンバーを各々のキャラクターも交え紹介し、そのグルーヴィーなサウンドの上、いきなり各人の名うてさを会場に刻み付けるように、各人のソロ回しも披露され、そのさまはさながら、"今日はこのメンバーで最後までいくから、よろしく!!"とでも言っているかのよう。
「杏子TOUR2010 Just I’’m here にようこそ」と軽いMCを挟み、そのままワイルドでダイナミックなサウンドの上、男女の駆け引きや仕草から期待値を上げられる女心を歌った「Gibier」、会場をディープでサイケな空間へと怪しく惹き込んだ「ENAMEL」では、ロングヘアを振り乱し、曲の内容同様に激しいアクションを交え歌われる。続く人力エレクトロとも言える「www.~World Wide Wisteria~」では、後半のトランスパートにて会場中が高揚とエクスタシーを得、場内がダンステリアへと一変した。
「今日はそわそわして、朝の6時に目が覚め、外を見ると、この上ないほど美しい満月を見た」と間のMCにて語ってくれた彼女。ライヴに戻り、盲目の少女と夢の世界の使者との物語「青猫」を歌う。しっとりさを中心としながらも、それが最後にはとてつもないエモーショナルさを持ち放たれる同曲。会場の多くが歌のディテールまで聴き漏らすまいと、まるで聴き耳を立てるように聴き浸っているのが手に取るように伝わってくる。
そして、アコースティックギターを持ち、3拍子のワルツのビートと妖艶なサウンド上、力強い歌声も印象的であった「冬の花火」、もっともっと深く相手知りたい心理が鬱屈した想いとして吐き出され、"ねぇ、どうして分かってくれないの?"の気持ちが痛いほど伝わってくる「ねぇ、もっと」、ソロになって初めての作品であった、スパニッシュテイスト溢れる情熱的な「DISTANCIA~この胸の約束~」、男女のコントロールできない迷路のような気持ち歌った「Un-fine」等が歌われる。
「今年は他流試合が多かった」と語る杏子。そんな中でも、バービーボーイズの"いまみちともたか"通称"イマサ"からの「色派」の曲提供、はたまた実際の彼とのレコーディングのエピソードは、昔日のファンを中心に会場を興味深く聞き入らせた。そして、その「色派」が歌われ、その流れで、オルタナギターのイントロを挟み、バービーボーイズの代表曲「STOP!」にインすると、思わぬサプライズに会場中が驚喜。身勝手な男に振り回される心情と、それを断ち切るべく、心の「STOP!」が場内や会場に響き渡る。
後半には、アルバム『Justess』でコラボレートした、ロックバンド、SHAKALABBITSのボーカルのUKIが呼び込まれ、ここで同アルバムのトップを飾った、ポップでロックなナンバー「Wandering Boots」がサプライズ・デュエットされ、場内を不思議な旅へと誘う。そして、ラストスパートは杏子のサンバホイッスルを呼び声に、会場中を灼熱のコパカバーナへと誘った「恋するサンビスタ」。同曲では杏子もロングスカートの裾を持ち、振り回す。会場はまるでカーニバルのような賑やかで派手やかな様相だ。そして、本編ラストは、出会いと別れを繰り返しながら、絆を深め、これからもそれらを大切にしていきたいとの想いを込め、「Hello Alone」が久々に歌われる。ラストは果てしなく力強く、ダイナミックに朝日が昇り行くようなパワーを会場に与えてくれた。
アンコールに登場した彼女。まずはアコーディオンとパーカッションも交え、バスキングスタイルにて披露された、アイリッシュトラッド調の「ちいさな旅」、そして、「この歌も大切な縁でずっと歌っています」の言葉の後、「星のかけらを探しに行こう」が歌われる。サビの部分では会場中に大合唱を生んだ同曲。合わせて杏子もマイクを持ってステージを降り、お客さんの中で一緒に歌う。会場中が幸せそうな表情となり、会場中の多くの人が、自分なりの星のかけらを探しに行ったことだろう。
ダブルアンコールでは、「BABY QUEEN」がポップで弾んだ、それでいてキャッチーな楽曲内容で会場にハッピーを振りまいた。
全く予定になかったトリプルアンコールにも応えてくれた彼女。ここでは「ねぇ、もっと」がリプレイされ、さながら会場は杏子からのクリスマスプレゼントに酔いしれた。
ライヴが終わり、外に出てみると大雨が降っていた。しかし、確かにライヴ中、心のどこかにくっきりとした名月の満ち欠け見えた気がしたのは、私だけであったのだろうか?その日、会場に居合わせた、みなさんにお聞きしたいものだ。
【 取材・文:池田スカオ和宏 】
【Photo by 岩佐篤樹 Atsuki Iwasa】
リリース情報
セットリスト
- TARGET
- 秘蜜の花園
- Gibier
- ENAMEL
- www.~World Wide Wisteria~
- 青猫
- 冬の花火
- ねぇ、もっと
- DISTANCIA~この胸の約束~
- Un-fine
- イコール ゼロ
- 色派
- STOP!
- MUDDY FLOWER
- Wandering Boots
- ガールズトーク スイーツ ランジェリー
- 恋するサンビスタ
- Hello Alone Encore
- En-1.ちいさな旅
- En-2.星のかけらを探しに行こう Double Encore
- En-1.BABY QUEEN Triple Encore
- En-1.ねぇ、もっと。