これまでとこれからを惜しげもなく披露してみせた、くるりの武道館ライブ
くるり | 2011.03.24
アルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』発売記念ツアー“~言葉にならしまへん、笑顔を見しとくれやしまへんやろか~”のファイナルだ。京都弁のすごく砕けたツアー・タイトルに較べると、アルバム・タイトルはちょっと気取って気恥ずかしい感じ(笑)。反対に言えば、くるりはググッとオーディエンス近づくために、このツアーに出たのかもしれない。実際、武道館の入口で僕らを迎えてくれたのは、イラストレーター吉田戦車氏の手になるプフフなキャラクターの看板だった。
そのキャラクターはステージ上にも増殖していて、戦国武将の立てるような“ノボリ”と、うっすら灯の点る“アンドン”に化けている。
ステージには今回のツアーを回ってきた岸田繁(vo,g)と佐藤征史(b)、サポート・ドラムのbobo、さらにサポート・ギターの山内総一郎(fromフジファブリック)の4人が登場。いきなり岸田が自分のギター一本だけで、♪言葉にならない笑顔を見せてくれよ♪と朗々と歌ってライブの開幕を告げると、そこから4人の演奏が始まる。すっかりこなれたセッションを聴かせる。ただし、“こなれた”といってもライブの回数を重ねた馴れ合いではなく、お互いにいつも一触即発の気配を漂わせ続ける暗黙の約束が、4人の間で当然のことのように結ばれていることを指す。
「目玉のおやじ」からスリリングなインタープレイが会場に鳴り渡る。アルバム『言葉にならない・・』からの3曲でオープニングを飾った後、「ハヴェルカ」で観客から歓声が上がり、「ワンダーフォーゲル」でくるりのポップが最初の爆発を起こす。続く「鹿児島おはら節」は、九州民謡をくるり流にカバーしたもので、岸田の音楽的好奇心が相変わらず旺盛なことを示していて興味深かった。
「くるりです。日本武道館でポカリスエットを飲んでます」と、岸田が例によってほのぼの話し出す。「今年で結成15周年でございます。そんな節目を、ツアー並びに武道館で飾ることが出来るとは、誰が思ったことでしょう」。鋭い演奏とは対極のゆるい口調のMCに、充実したキャリアを築いてきた岸田の自信と、ファンに対する感謝が伝わってくる。「最後までゆっくり楽しんでいってください。では、この巨大な武道館を極上のぬるま湯にしてみます」と、「温泉」が始まる。ここから『言葉にならない・・』収録曲を6曲連続で並べる。
途中、4回目にして武道館がしっくりくるようになったというコメントをはさんで歌った「魔法のじゅうたん」がよかった。岸田の弾くアコギの豊かな倍音、boboのクレッシェンドの大胆かつ繊細なタッチ、山内のニュアンスに富んだギターリフの美しさ、そしてバンド全体の音量をコントロールする佐藤のベースプレイ、それらのすべてがこの佳曲を輝かせていて、素晴らしかった。
ニューアルバムの曲をほぼ演奏し終えて、ライブはリラックスしながらもエキサイティングに展開していく。ギターやベースの手元に取り付けたカメラの映像を巨大スクリーンに映し出して、「我々の指先という恥部をさらけ出す」というサービス・コーナーや、ウィーン録音の名曲「ブレーメン」ではドラマティックな演奏で泣かせる。あるいは「東京レレレのレ」では岸田自らが客席とのコール&レスポンスの指揮を執って、ケッタイでユーモラスなくるりの世界へオーディエンスを連れ去ったのだった。
そして楽しいアンコールの時間だ。ステージの準備が整うまで、佐藤が出てきて話し出す。 「いつもアンコールは曲を決めないんですけど、今回はばっちりセッティングしてます(笑)。そこで時間を持て余しているみなさん、物販の時間です」と面白おかしくマグカップなど武道館特製グッズを紹介する。さらには、秋の恒例イベント“京都音楽博覧会2011 in 梅小路公園”が9月23日に開催されることを発表。
ファンが大喜びする中、岸田がステージに戻ってきて「あともうちょっと、くるりの旅にお付き合いください」と「ハイウェイ」を歌った後、早速、アンコールのゲストを呼び込む。最初に出てきたのは3人の男女混声コーラス“サスペンダーズ”だ。このグループはアルバム『ワルツを踊れ』のツアー・メンバーで、「旅の途中」と「キャメル」に加わる。ちなみに「キャメル」は、この4月公開の映画『まほろ駅前多田便利軒』の主題歌だ。
次に加わったのは、キーボードの世武裕子で、彼女はアルバム『魂のゆくえ』のレコーディング&ツアー・メンバー。人気曲「ばらの花」を共に演奏する。次の「さよなら春の日」では、パーカッションのたなかゆうじがティンパニで参加。山内はマンドリンを弾いて、曲の持つ魅力が精一杯広がる。
総勢9名になったステージで、岸田が嬉しそうに言う。「ずっとこの曲、やりたかった」と始まったのはサードアルバム『TEAMROCK』に入っていた「リバー」だった。ファンの間でも人気の曲のスペシャル・ライブ・バージョンに、会場が沸きに沸く。岸田も佐藤も嬉しそう。
そして最後の曲の前に、また岸田が言う。「ぴかぴかの新曲、やります」。今度は6月公開の映画『奇跡』の主題歌「奇跡」。アコギのシンプルなアルペジオから始まるこの曲は、日常に訪れるささやかな幸福を待つ気持ちを、素直に描く歌だった。
15年のすべてではなく、現時点でのくるりにとって重要な意味を持つツアーとアルバムを振り返る、素敵なアンコールだった。しかも新曲が語るのは、ソングライター岸田の新境地であり、彼らの近未来も見せてくれて、充実した2時間半だった。
【 取材・文:平山雄一 】