中孝介、ジャンルも世代も超えた名曲カバーで普遍への旅に出る
中孝介 | 2013.12.17
昭和の名曲から近年のJ-POP、そしてボカロの神曲と呼ばれる若い世代の音楽まで、世代を超えて日本人の心の琴線に触れる楽曲をカバーしたアルバム『ベストカバーズ?もっと日本。?』。本作を携え、8月末からスタートしたツアーはこの日16本目。会場の国際フォーラムホールCは花梨材がふんだんに用いられており、ステージ上のセットと相まり全体がオーガニックで凛とした雰囲気に包まれている。そんな空気の中、雑踏のSEが流れ中をはじめ、ピアニストとチェリスト、弦楽トリオが登場。細かいブレスさえ聴こえるア・カペラで大半を歌う「上を向いて歩こう」は終盤から楽器が入り、シンプルにして豊かなアンサンブルが彼のこの曲への解釈を明瞭に描き出す。普段、クラシックや演劇が多く開催されているこの会場で聴く今回のアコースティック編成は、中孝介の歌の核心を伝えるのに実に適していて、心地良い緊張感の中で、歌詞やメロディの持つ味わいを堪能できる喜びを序盤から確信させてくれた。
今回のアルバムでカバーしているボーカロイド曲のひとつ「桜ノ雨」を歌う前に、まずは観客に「ボーカロイドって知ってますか?じゃあ初音ミクは?おお、結構皆さんご存知ですね。僕は初音ミクというキャラクターだと思っていたんですが、それがコンピュータのソフトだということを知って。でもとてもいい曲が多くて作家さんも若い方がとても多いんですよね」と、意外な選曲について丁寧に説明。CDより削ぎ落としたピアノとアコースティックギターだけのアレンジでさらにメロディの素直さを表現した。続くは彼のオリジナルヒット曲「サンサーラ」で湧き上がるエモーションを体感させてくれたのだが、どんな曲が並んでもまるで違和感がないのは、彼の独特の声のみならず、このアンサンブルが練り上げられてきた証でもあるだろう。
中盤は個人的な白眉だった。中のピアノ弾き語りによる中島みゆきの「糸」は、レコーディングで初めて涙したというエピソードも頷けるように言葉とメロディが真摯で潔い。そして舞台の中央に戻った彼は、故郷奄美大島が今年日本に復帰して60年であることをはじめ、沖縄ほど戦後アメリカの支配下にあったことを知られていないことなどを史実を交えて話してくれた。その上で、「今まではポップスを歌うステージで奄美民謡を歌うのは何か違うと感じていましたが、その違いも伝えていけばいいんじゃないかと思うようになったので、このツアーから歌っていこうと思います」と、奄美大島の三味線を弾きながら大島紬の織りの時に歌われるという民謡を披露。「糸は切れたらまた紡げばいいけれど、人との縁は一度切れたらなかなか戻らないというような意味の歌」という説明が、その前の「糸」との繋がりもあって非常に効果的な流れ。マイナー調でありながらどこか海を思わせるエレジックなメロディがとても印象的で、彼自身のバックボーンと公演のテーマが最もパーソナルに表現された時間だったのではないか。
そこから会場を暗転させてのラジオDJ風ツアー振り返りトークでムードを一変させたあとは河口恭吾の「桜」、オリジナルの「夏夕空」、ボカロナンバー「紅一葉」、クリスマスソングと春夏秋冬を歌い上げ、四季の中にいるような空気感が去来する。終盤は「ここまでかなりしっとりやってきたので、ここからは一緒に手拍子や歌をうたっていただければ」と、懐かしいわらべの「もしも明日が」を皮切りに観客参加型の、さしずめ歌声喫茶ならぬ、歌声ホールという贅沢な空間へ。シティポップ感あふれるオリジナル「イニシアチブ」ではアコギのカッティングと弾むピアノでグルーヴを増し、中も軽快なステップを踏みながら観客にさらに大きなハンドクラップを要求、ステージを歩きまわりエンターテナーぶりを発揮。そしてユーモラスな身振りも交えての「明日があるさ」では、会場全体が合唱にあふれていく。そのままの勢いでシングアロングが起こる「ラララ」、さらに伸びやかに豊かになっていくボーカルに魅了される「路の途中」と立て続けに披露。
本編最後はモーニング娘。のカバーを意外に思った人に向け「名曲って、心のふるさと的な役割がありますね」と場所ではなく、自分の心が本当にほっと休める帰れるところについて話す彼。「雨の降らない星では愛せないだろう?」はいわば地球の歌。音源ではロック調だったこの曲を弦楽とピアノのアンサンブルで曲の芯を表出させてくれたことも嬉しい収穫だった。
アンコールでは自身が監修した曰く「コアな奄美大島ガイドブック」の紹介などもしつつ、12月という季節にしっくりくる大江千里の「ありがとう」、そしてイントロでさざ波のような拍手が起こった代表曲「花」が、中をはじめプレーヤーの感情の起伏そのままの強弱とグルーヴに昇華され、こちらも思わずそのうねりに身を任せてしまう。真摯な音楽は自然や四季をも映し出す。公演が終了する頃には何か深呼吸をしたように気持ちがほぐれていた。細分化された音楽シーンにあって普遍的とは何か?実現はむずかしいと思いがちだが、ここにひとつの例があるのではないだろうか。続行してほしいシリーズである。
【取材・文:石角友香】
【撮影:Kayoko Yamamoto】
リリース情報
ベストカバーズ〜もっと日本。〜(初回限定盤)[CD+DVD]
2013年07月31日
アリオラジャパン
02 雨の降らない星では愛せないだろう?(モーニング娘。)中孝介 feat.高橋愛
03 桜(河口恭吾)中孝介 feat.河口恭吾
04 少年時代(井上陽水)
05 もしも明日が(わらべ)
06 紅一葉(黒うさP×初音ミク)
07 糸(中島みゆき)
08 花
09 歌に形はないけれど(doriko×初音ミク)
10 サンサーラ
11 春なのに(柏原芳恵)中孝介 feat.カサリンチュ
12 上を向いて歩こう(坂本九)
13 明日があるさ(坂本九)
14 愛燦燦(美空ひばり)
15 桜ノ雨(halyosy×初音ミク)中孝介 feat.伊東歌詞太郎
16 夏夕空
17 ありがとう(大江千里)
※カッコ内は、オリジナルのアーティスト
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セットリスト
中孝介 全国コンサートツアー2013『もっと日本。』
2013.12.8@東京国際フォーラムホールC
- 上を向いて歩こう(坂本九)
- 瑠璃色の地球(松田聖子)
- 君のカケラ
- 桜ノ雨(halyosyさんによるボカロ曲のカバー)
- サンサーラ(3rdアルバム「キセキノカケラ」収録)
- 糸(中島みゆきさんのカバー)
- 島唄
- 桜(河口恭吾さんのカバー)
- 夏夕空
- 紅一様(黒うさP)
- クリスマス・ソング
- もしも明日が(わらべ)
- イニシアチブ
- 明日があるさ(坂本九)
- ラララ
- 路の途中
- 雨の降らない星では愛せないだろう?(モーニング娘。)
- ありがとう(大江千里)
- 花
- 家路