きのこ帝国 佐藤千亜妃のバースデイ・サプライズもあった歓びが溢れた一夜に
きのこ帝国 | 2018.10.10
生涯忘れられないほど、素晴らしいライブだった。
演奏、楽曲、バンド全体のムードを含めて、同じ空間を共有しているだけで、これだけ幸せな気持ちになれるバンドはそういない。曲間にMCを挟むものの、そこで観客に取り入ろうという素振りはあまり見えない。あくまでも音楽を通して、聴き手と繋がろうとするストイックな姿勢をいつも感じる。しかし、今日は「特別な日」が重なったこともあり、ちょっと普段のきのこ帝国とは違う素の表情も垣間見え、なんだかとても得をした気分になった。もし時間を巻き戻せるのならば、今日のライブをもう一度体験したい気持ちで一杯だ。
結成10周年イヤーを経て、きのこ帝国が作り上げたメジャー3rdアルバム『タイム・ラプス』レコ発ツアーは大阪、東京の2公演のみ。その初日にあたるなんばHatch公演を観て来た。佐藤千亜妃(Vo&Gt)、あーちゃん(Gt)、谷口滋昭(Ba)、西村"コン"(Dr)のメンバー4人がステージに現れると、バンド然とした音色をガツン! と響かせる「WHY」で火蓋を切った。新作の冒頭を飾る楽曲で始まるや、「&」、「ラプス」と畳み掛ける。これはもしかと思いきや、さらに「Thanatos」、「傘」、「ヒーローにはなれないけれど」、「金木犀の夜」と続くではないか。驚いた。新作と全く同じ曲順で7曲目まで一気に駆け抜けていく。
その思い切ったセット・リストからも、きのこ帝国の新作に対する絶対的な自信が窺えた。あるいは、出来立ての一番おいしい料理をすぐに食べてほしい、という作り手の強い意志を感じ取った。もちろんどの曲も生々しく躍動し、観る者の懐にダイレクトに飛び込んで来る。とりわけ、「傘」はあーちゃんの哀愁に満ちた出だしと後半における扇情的なギター・プレイ、また、歌謡メロディを衒いなく歌い上げる佐藤の淡々とした歌声も味わい深く、こちらの感情移入を誘ってくる。観客は派手なリアクションこそないけれど、食い入るように楽曲の世界を堪能しているようだった。それと「金木犀の夜」もライブで格段に映えていた楽曲のひとつ。ドリーミーなイントロを経て、ダーク&ライトなポップ感が魔性の魅力を放ち、楽曲の魅力にグイグイと引っ張られていく。改めて名曲だなあ、と強くインプットされた。
「『タイム・ラプス』聴いてもらえたでしょうか?」と佐藤が語りかけた後、前々作『猫とアレルギー』から3連打を見舞う。表題曲を皮切りに「怪獣の腕のなか」、「桜が咲く前に」と狂おしいほどの哀感をポップに昇華した楽曲群がまた胸に沁みる、いや、突き刺さる。歌にピタリと寄り添う繊細な演奏にも聴き入った。
本編の中盤を迎えた頃、再び新作モードに舞い戻る。外に開けた明るい爆発力に秀でた「中央線」、音源以上にダークネスな雰囲気を放つ「タイトロープ」、雲間から射し込む光のごとき独特な陰影を感じさせる「LIKE OUR LIFE」の澄んだ美メロも絶品で、このまま天国に連れて行かれそうな恍惚感さえ訪れた。それから深海に潜り込むように「愛のゆくえ」、「夜が明けたら」と移行する流れにはただ身を任せるのみだった。次に曲名を呟くと、大きな歓声が沸く。ショウも後半に差し掛かり、ここ大阪で聴いた「東京」はまた格別だった。こちらの意識のせいもきっとあるだろう。楽曲の輪郭やそこに宿った感情がより一層強いエネルギーを帯びて、心に迫ってきた。地名を冠した曲名は、楽曲自体に不思議な力が宿るような気がする。そんな考えが頭を過るのも大阪公演ならではの気付きであった。
そして、「メロディを覚えて歌って欲しい!」と佐藤が熱く呼びかけると、観客を巻き込んで「カノン」を披露。曲の後半には観客も拳を突き上げて大合唱する至福の光景が広がった。 「『タイム・ラプス』の曲、楽しめました? 1回、10回、100回と……年を追うごとに響くアルバム、大事に聴いてほしいアルバムになりました!」と語る佐藤の言葉に心の中で激しく頷きながら、本編ラストは「夢みる頃を過ぎても」で締め括る。何でもここ数年バンドを辞める人が多く、そのモヤモヤを曲にしたそうだ。「夢を追う人、諦めた人に聴いて欲しい」と前置きした後に披露した佐藤の歌声はエモーショナル極まりなく、切なさや悲しみを柔らかく包み込む凛とした輝きを放っていた。
アンコールで再びメンバー4人が姿を見せると、「皆さんに歌って欲しい曲がある」と西村が唐突に言い出し、スタッフが3本のローソクが立った大きなケーキをステージ中央に運んでくる。そう、今日は佐藤の記念すべき30歳の誕生日である。あーちゃんがキーボードを担当し、谷口&西村とここに集まった観客で一緒に歌い上げたのは「Happy Birthday To You」。これには佐藤も心底ビックリした様子で、「誕生日、苦手だったけど、初めていいと思えた」と感動を露にしていた。
そんなサプライズを経て、アンコール一発目は「フェイクワールドワンダーランド」をアコースティックで披露。佐藤はアコギ、あーちゃんはハーモニカ、谷口はシェイカー、西村はタンバリンを持ち、4人が横並びになって歌うこの曲は朗らかな空気で会場をほっこりさせていた。さらにここから「クロノスタシス」、「海と花束」、キレのあるヘヴィなバンド・アンサンブルでフロアの熱をグッと急上昇させた「国道スロープ」と繋ぎ、ラストは「明日にはすべてが終わるとして」で幕を閉じた。本編は完全に新作を中心に据えた選曲だったが、過去曲との馴染みも抜群で、今がもっとも脂が乗っているのではないかと思うほど多彩な表情でフロアを魅了していた。もっと言えば喜怒哀楽の中でも"喜"と"楽"の部分、つまり喜びと楽しさがより一層伝わってくるライブとなった。ゆえに今日の公演を観て、きのこ帝国はここからさらに音楽的に発展を遂げ、多くのリスナーを獲得するに違いない。そんな明るい未来しか見えない最高のショウだった。
【取材・文:荒金良介】
【撮影:Viola Kam (V’z Twinkle)】
リリース情報
タイム・ラプス
2018年09月12日
ユニバーサルミュージック
02.&
03.ラプス
04.Thanatos
05.傘
06.ヒーローにはなれないけど
07.金木犀の夜
08.中央線
09.humming
10.LIKE OUR LIFE
11.タイトロープ
12.カノン
13.夢みる頃を過ぎても
セットリスト
きのこ帝国 New Album『タイム・ラプス』Release Party
2018.9.20@なんばHatch
- 01.WHY
- 02.&
- 03.ラプス
- 04.Thanatos
- 05.傘
- 06.ヒーローにはなれないけど
- 07.金木犀の夜
- 08.猫とアレルギー
- 09.怪獣の腕のなか
- 10.桜が咲く前に
- 11.中央線
- 12.タイトロープ
- 13. LIKE OUR LIFE
- 14.愛のゆくえ
- 15.夜が明けたら
- 16.東京
- 17.カノン
- 18.夢みる頃を過ぎても 【ENCORE】
- EN 01.フェイクワールドワンダーランド
- EN 02.クロノスタシス
- EN 03.海と花束
- EN 04.国道スロープ
- EN 05.明日にはすべてが終わるとして
お知らせ
ZIMA MUSIC FIGHTERS meets ライブナタリー
10/18(木)恵比寿 LIQUIDROOM
TAKAO ROCK 2018
11/17(土)高雄港3号船渠
11/18(日)高雄港3号船渠
佐藤千亜妃 Special Cover Live VOICE3 ~Luxury Banquet~
11/28(水)Billboard Live TOKYO
※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。