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BiSHのアユニ・Dによるソロバンドプロジェクト・PEDRO 「DOG IN CLASSROOM TOUR FINAL」

PEDRO | 2019.09.05

 ステージを覆っている白い紗幕に映し出されたオープニングムービー。かわいらしい犬がテクテクと歩いて向かったのは、学校だった。犬が教室の中に入り、「DOG IN CLASSROOM TOUR FINAL」の開演が宣言されたところで紗幕は切って落とされ、露わになったステージ。楽器や機材類の他に黒板やロッカーが置かれている空間に田渕ひさ子(G/NUMBER GIRL, toddle)が現れた。教室に置かれている場合、掃除用具入れとして使用されるのが一般的な縦長のロッカーを彼女がノックすると、中から毛利匠太(Dr)が登場。その直後に、先ほどのムービーでも登場したあの犬を連れながらアユニ・D(Vo・B)が現れると、待ちわびていた観客は一斉に歓声を上げた。

 田渕がギターで学校のチャイムの旋律を奏でた後、「起立! 気をつけ! これからロックの授業を始める!」というアユニの言葉を合図に、「EDGE OF NINETEEN」がスタート。シャープなビート、ザラついた質感の爆音が猛烈に心地よい。「アナタワールド」「玄関物語」「NIGHT NIGHT」……田渕と毛利が奏でる極上のサウンドに対して全力のベースプレイと歌で応えつつ、どんどん活き活きとした表情を浮かべていくアユニの姿が、とても眩しかった。

 ステージの下手側に置かれていた黒板には、「道徳」という大きな文字が白色のチョークで書かれていたが、これは案外、冗談ではなかった気もする。熱気で包まれ続けていた空間が、大切な何かを教えてくれているように感じた観客は、たくさんいたのではないだろうか。BiSHと並行する形でのPEDROの活動が、アユニに多大なプレッシャーを与えたことは想像に難くない。しかし、彼女は「楽器を演奏するロックバンド」としての喜びをステージで目一杯に煌めかせるようになっていった。そういう姿がポジティブなメッセージを帯びているのも、現在のPEDROの魅力だ。このライブでの彼女のパフォーマンスも、どんな道徳の授業も敵わないくらいの説得力を示しながら、観客の心を鼓舞しているのを感じた。

 ……というような感動を、しみじみと味わっていたところで、突然「道徳」の文字をそそくさと消してしまったアユニ。ライブハウスに場違いな黒板消しクリーナーの「ウィィィーン!」というけたたましい音が鳴り響くと、観客は思わず大爆笑。そして、黒板に「自習」という文字を書いた彼女は、改めて挨拶をした。「ツアーファイナル、やって参りました。田渕さんと毛利さんに会えなくなるかもしれなくて、今日は来て欲しくなかった。でも、無事、ファイナルを迎えられて嬉しいです。ありがとうございます!」。そして、最新アルバム『THUMB SUCKER』への想いが語られた後、「ironic baby」の演奏がスタートして、再び熱気で包まれた会場内。観客の激しいコールやタテノリのダンスを誘った「自律神経出張中」。アユニのベースプレイが先陣を切って幕を開けた「ゴミ屑ロンリネス」。瑞々しいメロディをじっくりと届けた「おちこぼれブルース」……多彩なサウンドが開花していった。

 「いやあ、暑いっすね。8月も、もう終わりを迎えておりますが……夏が終わりと思いきや、また今日からめちゃくちゃ暑くなってますね。私、夏の悩みがふたつあるんですよ。ひとつは、めちゃくちゃ汗っかき。あと、もうひとつは、腰が痛い。夏はライブで全国各地を回ってて、移動時間が長いんですよ。移動時間に座ってて、姿勢が悪いっていうのが、腰が痛い原因で。だからここで猫背を治していきたいと思います」というMCを経てスタートした「猫背矯正中」の盛り上がり方は、とにかく爆発的なものだった。そして、不敵なムードを漂わせるベースラインが、とてもかっこよかった「Dickins」。アユニ、田渕、毛利が一丸となって前のめりに疾走した「STUPID HERO」で本編は締め括られた。

 「全国ツアーが始まったわけなんですけど、このツアーが始まるのが怖くて。右も左もわからないし、バンドって怖いなあって思ってて……。夏も暑くて嫌いだし、恐怖だったんですけど、田渕さん、毛利さん、周りの方々に支えられて、すごく楽しい夏になったと思ってます。人生というのは、毎日、思い出を作り続けていくものなんだなと思うんですけど、今年の夏は、死ぬ時の走馬燈で、多分、一番最初に出てきそうな(笑)。そういう夏だなと思ってて。BiSHを続けてきたから、いろんな縁があって、みなさんもここに来てくれて、人生って何があるかわからないなと思いました。“続ける”って、意味がすごくあることだなと、初めて気づいたなあっていう感じです」――アンコールを求める声に応えてステージに戻ってきたアユニのMCは、大きな拍手を浴びていた。

 アンコールの1曲目「うた」が披露された後、来年の春に次のツアーが行われる旨が発表されると、観客は大喜び。そして、アユニのカウントでスタートした「ラブというソング」が、心温まる場面を見せてくれた。間奏に差し掛かると、ステージのセンターに移動して背中合わせでプレイをしたアユニと田渕。どこか照れくさそうだが、心底嬉しそうだったふたりの表情が、とても印象的だった。この曲の演奏を終えると、ピックや、プロモーション用に限定配布された「アユニのおやゆび」をフロアに撒いて、ステージから去った3人。これにて終演と思われたのだが……。

 再度アンコールを求める声が続く中、ステージに戻ってきたアユニと田渕は、「どうしましょう?」「どうする?」と話し合い始めた。「まだ夏、終わってないなって。まだやり残したことがあるなと。どうしたらいいですかね?」とアユニに問われて、「アユニさんが何かやり残したことがあったとすれば、例えば、それは透明少女」と返した田渕は、激しくギターを掻き鳴らした。スタートしたのは、セットリストにも入っていなかったNUMBER GIRLの名曲「透明少女」。ステージ袖から現れた毛利が素早くドラムセットに向かってビートを放ち、構築された3人のアンサンブルが美しかった。PEDROは「アユニ・Dによるソロバンドプロジェクト」だが、ツアーを回ったことで、「ロックバンド」となったことを心底実感させられた。

 演奏を終えると、黒板の「自習」の文字を消して、「俺の夏終了。」と書いたアユニ。「俺の夏」までは勢いが良かったのに、「終」の文字に差し掛かると何を思ったのか「彳(ぎょうにんべん)」を書いてしまい、慌てて消していた姿には、何とも言えずほのぼのとさせられた。こうして全国ツアーは終了したわけだが、先述の通り、来年の春には次のツアーが行われる。今後もPEDROの活動は、さらに刺激的なものとなっていくに違いない。アユニの成長、PEDROの進化が、ますます楽しみとなったツアーファイナル公演であった。

【取材・文:田中 大】
【Photo by kenta sotobayashi】

tag一覧 ライブ 女性ボーカル PEDRO

リリース情報

THUMB SUCKER

THUMB SUCKER

2019年08月28日

ユニバーサルミュージック

01.猫背矯正中
02.Dickins
03.STUPID HERO
04.NIGHT NIGHT
05.SKYFISH GIRL
06.EDGE OF NINETEEN
07.ボケナス青春
08.おちこぼれブルース
09.NOSTALGIC NOSTRADAMUS
10.ironic baby
11.玄関物語
12.アナタワールド
13.ラブというソング

セットリスト

DOG IN CLASSROOM TOUR FINAL
2019.8.29@TSUTAYA O-EAST

  1. 01.EDGE OF NINETEEN
  2. 02.アナタワールド
  3. 03.玄関物語
  4. 04.NIGHT NIGHT
  5. 05.GALILEO
  6. 06.ボケナス青春
  7. 07.SKYFISH GIRL
  8. 08.甘くないトーキョー
  9. 09.MAD DANCE
  10. 10.ハッピーに生きてくれ
  11. 11.NOSTALGIC NOSTRADAMUS
  12. 12.ironic baby
  13. 13.自律神経出張中
  14. 14.ゴミ屑ロンリネス
  15. 15.おちこぼれブルース
  16. 16.猫背矯正中
  17. 17.Dickins
  18. 18.STUPID HERO
【ENCORE】
  1. 01.うた
  2. 02.ラブというソング
【W ENCORE】
  1. 01.透明少女

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