アットホームな空気感でしっとりと紡がれた「ダ・カーポ」の世界――黒木渚、初の配信ライブ「ダ・カーポ」徹底レポート!
黒木渚 | 2020.12.31
2020年12月26日、「黒木渚 Online Live 2020『ダ・カーポ』」を観た。1年2ヵ月ぶりの新曲「ダ・カーポ」を引っ提げ、「コロナに喧嘩を売られたつもりで、配信という形態を逆手にとった演出を」(公式コメントより)と、彼女らしいアグレッシブな姿勢で臨む、初の配信ライブだ。大混乱の2020年の終わりに、音楽家・黒木渚が放つメッセージとは? 21時、メトロノームが静かに刻む音とともに、物語の扉が開く。
「いつになったら外へ出られるのだろう?」。
開かれた本の、真っ白いページに書かれた透明な言葉。ナレーションが「ダ・カーポ」のテーマである「とらわれと繰り返し」の物語をゆっくりと読み上げる演劇的なオープニングから、シーンは一転。誰もいない小さなライブスペース、ピアノとアコースティックのみをバックに歌われる、1曲目は「檸檬の棘」だ。黒木渚は、シックな黒のドレスに艶めくロングヘアー、ギターを持たず歌に専念する。この曲のアコースティック演奏は初めて聴くが、内に込めた怒りを浄化するように、鋭くもとても繊細に響く。逆光ライトを多用する、ハレーションでにじんだような画面が美しい。
闇の中に浮かぶ、旧式の電球のほのかな灯りは、続く「エジソン」の歌詞に合わせたものだろう。薄暗がりの中で、アコースティックギターの爪弾きで聴く「エジソン」は、いつも以上になまめかしく、エロティックに聴こえる。<暗い出口の向こう側に 灯るぬくもりは愛かしら>。歌詞と演奏と映像がぴったり寄り添い、揺るぎない世界観を作り上げる。
「大人になるって、どういうこと?」。
物語の新章を告げるナレーションから、再びシーンは変わり、アンティークなムード漂うバー/ビストロ風のスペースへ。ふんわりとしたベージュの服、ポニーテールの黒木渚が歌うのは、童謡めいた曲調に大人のペーソスをひそませた、自称「狂ったEテレシリーズ」の代表曲「ピカソ」だ。ピアノが刻む陽気なリズム、冒頭2曲とはまるで違う、笑顔を見せながらの楽しいひととき。が、突如シーンは一転、なぜか始まる紙芝居、タイトルは「ネオももたろう」。アイデンティティに悩む現代の桃太郎、自分探しのために鬼退治に出かけたものの、鬼の家族にも生きていく理由があることを知り……というストーリーは、芥川龍之介が得意とした「童話の新解釈」を彷彿とさせる。ちなみに、水彩画による紙芝居の絵はすべて黒木渚の筆になるもの。小説家&音楽家&画家・黒木渚の面目躍如たる一場面だ。
久々に聴く「クマリ」は、狂気に荒ぶるエレクトリックギターと、ジャジーにスウィングするピアノとともに。ストロボを多用する照明に画面が揺れ、すさまじいディストーションに鼓膜が震える。続く「ダ・カーポ」はもちろんライブ初披露の新曲で、原曲のラウドな質感とはまるで違うアコースティックなアプローチが、かえって新鮮かつ攻撃的に響く。<ここに出口はない>。冷酷に叩きつける、言葉のパワーがすさまじい。そして、「ダ・カーポ」というつぶやきとともに、映像が一気に巻き戻されてゆく、通常のライブではありえないトリッキーな演出。「とらわれと繰り返し」というテーマを鮮やかに浮かび上がらせる、これが黒木渚の配信ライブ。
「堂々巡りの生活は、私たちの心を殺します。だけど、この状況に踊らされてはいけません。私たちは、自らの意思で踊るのです。力強く、そして、誰よりも美しく」。
「2020年、春。世界は暗転してしまいました――」。そんな言葉から始まった、2020年を振り返るMCを締めくくったのは、「とらわれと繰り返し」の中から抜け出すことを誓う、力強いメッセージだった。どんな困難に出会っても、逆境を燃料にして突き進む黒木渚イズム。その象徴とも言える自伝的ナンバー「カルデラ」を歌う、その姿はとても凛々しく、激しく、どこまでも人間くさい。
「深刻なときほど、ひとつまみのユーモアを。行くぞ!」。
そう、逆境に効くのはきっと、深刻な表情よりも、「だから何?」と言わんばかりの笑顔のほうだ。曲は「ふざけんな世界、ふざけろよ」。<チクショーチクショーふざけんな>。拳を振り上げ、ライブでいつも大合唱になるこのシーン、今日は日本中の誰かがどこかで手を上げ、歌っているのだろう。キーボード・神佐澄人、ギター・井手上誠のふたりも、コーラスに参加して盛り上げる。踊る、歌う、手を叩く、笑う。「オンラインライブでも、いつもどおり、音楽を楽しむことができました」という言葉は、偽らざる本音だろう。ラストチューン「骨」を、いつものように、指揮者のように手を振りながら歌う姿と、以前よりも明らかに力強さを増した歌声と、淀みのない笑顔から、生命力があふれ出す。
「私は音楽の中、文学の中で、いつだってあなたを待っています」。
ラストシーンは、開かれた本の、真っ白いページに書かれた「Fin.」という文字。「とらわれと繰り返し」というタイトルの、一冊の本を読み終えて閉じるまでの、これは黒木渚による音楽小説、いや、小説音楽だ。真っ白い本のページのように、確かなものが何も書かれていない時代の中で、あなたや私を支えるものが、黒木渚の作品であるならば、そんなに素敵なことはないと思う。「黒木渚 Online Live 2020『ダ・カーポ』」、アーカイブは2021年1月3日(日)23:59まで。ぜひ、体感してほしい。
【取材・文:宮本英夫】
【撮影:後藤壮太郎】
リリース情報
ダ・カーポ
2020年12月09日
LASTRUM
リリース情報
文庫本『本性』
2020年12月15日
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セットリスト
黒木渚 Online Live 2020「ダ・カーポ」
2020.12.26
- 01.檸檬の棘
- 02.エジソン
- 03.ピカソ
- 04.クマリ
- 05.ダ・カーポ
- 06.カルデラ
- 07.ふざけんな世界、ふざけろよ
- 08.骨