音楽と手紙で紡がれたシナリオ、壮大に描かれた『檸檬の棘』の世界――その全貌を観た。
黒木渚 | 2020.03.17
2月21日、金曜日。EX THEATER ROPPONGIで「黒木渚 ONEMAN LIVE 2020 『檸檬の棘』」を観た。当初この1日限りの予定だったライブは、あまりの反響の大きさに応えて福岡、大阪、東京2公演の「ツアー」になった。およそ2年ぶりのライブにもかかわらず、それ以前より彼女を求める熱が増しているように見えるのはどういうわけか。19時30分、満員のオーディエンスが見つめる中で、その答えが明かされる。
「世界が壊れた記念に、檸檬の木を植えた――」
荘重なナレーション、高鳴るSE、青から赤へ強烈な輝きを増す照明。シリアスなムードから一転、軽快に鳴り響くビートに合わせ、勢いよく飛び込んできた黒木渚は満面の笑顔。飛ぶ、跳ねる、回る、手を叩く。1曲目は「ふざけんな世界、ふざけろよ」。「これからの2時間だけでいい。黒木渚をあなたの本命にしてください」。お馴染みのセリフを告げる口調がはずんでる。シースルーをあしらった黒のワンピース、シルバーのティアラがかわいい。
「解放区への旅」から「金魚姫」へ、序盤は明るく疾走感に溢れた曲が続く。バレリーナのようにすらりと伸びた長い手足に生命力が溢れ、舞うように歌う声に張りがある。周知のとおり、彼女は咽頭ジストニアとの戦いを続けている。が、今はそれを忘れよう。伸びやかなファルセット、それが聴けるだけでいい。
「みんなでハッピーにファイナルを迎えられることが、本当にうれしいです」
かわいらしいトラのパペットと会話しながらの「タイガー」。子供向けの童謡と見せかけ、アダルトでシュールなエッセンスをぶち込んだ1曲で和ませて、と思いきや、「人は心の中に獣を宿している」――シリアスなナレーションで再びシーンは一転。身を切るような都会の孤独を歌い込んだロックバラード「アーモンド」は、気合の入った歌はもちろん、スーパードラマー・柏倉隆史の常軌を逸した壮絶プレーに口あんぐり。そのままピアノで繋ぐ「火の鳥」は、照明は真っ赤、黒木渚のギターも真っ赤。エンディング、歌詞にはない叫びは、「あなたのくれるステージが私の人生そのものです」――と言ったように聞こえた。そして紛れもなく前半のハイライト、黒木渚が歌い続ける“生きる/死ぬの美学”の究極とも言える「美しい滅びかた」で、暗く燃え上がる衝動を全身で表現する圧倒的なパフォーマンス。スーパーギタリスト・井手上誠の、狂気をはらんだプレーに2度目のあんぐり。すごい。
またまたシーンが変わる。点描のようなサンプリングで組み上げた、抽象絵画風テクノポップ「Sick」から、メロディのない朗読で淡々と進む「しーちゃん」へ。アルバム『檸檬の棘』のシークレット・トラック「しーちゃん」は、一足先に出た自伝小説『檸檬の棘』と密接に絡み合う1曲。音楽家であり小説家、黒木渚の現在地を示す重要な1曲。柏倉隆史のエレクトリック・ドラムの音がなんとも不気味で、聴いているうちに何が嘘で何が本当かわからなくなる、巧みなレトリックを備えた歌詞がなんとも素敵。
静寂を切り裂く、激しく歪んだエレクトリック・ギター。およそ8年前、バンド時代にリリースされた名曲「私の心臓あげる」は、今もなお聴くたびに鮮血のほとばしる名曲のままだ。そこから最新曲「ロックミュージシャンのためのエチュード第0楽章」の、激烈な怒りと不満をぶちまける禍々しいロックンロールへ。普段はどっしり構えるスーパーベーシスト・宮川トモユキが、お立ち台に駆け上って弾きまくる。「彼岸花」では、ギター・井手上も負けじとステージ最前線で煽りまくる。いきなり床が揺れ始めた、間違いなく今日イチの熱狂度だ。
「楽しいかい? 私はめちゃくちゃ楽しいよ。やっと楽しくなってきたな、人生が」
軽口をたたくMCが、いつのまにかシリアスなメッセージへと繋がる。バンド「黒木渚」として九州から上京したあの時。少女がくれた手紙には「目印でいてくれてありがとう」と書かれていた。2016年、声が出なくなった。腐っていた時に、「カルデラ」を聴き直した。逆だった。私の目印が、ファンの人たちだったことに気づいた。歌の中に新しい意味をみつけた。「いつも支えてくれてありがとう」――そう言って歌った「カルデラ」は、“弱みをさらけだす強さ”を身に付けた、新しい黒木渚のテーマソングだ。そして全員参加のタオル回しと、コール&レスポンスで盛り上がるスカロック「フラフープ」から、待ってましたのキラーチューン「虎視眈々と、淡々と」へ。ライブはいよいよクライマックス。
「初めて今、音楽を心から楽しんでいます。声が出なくなって、絶望の淵に落とされて、それがあったからこそ、なりたかった音楽家になれた気がします。8年かかりました」
今日、死にたいと思った人を、「明日にするか」と思わせる、ささやかだけど、それでいい――そんなセリフをさりげなく言う、今の黒木渚は強い。その象徴とも言える「檸檬の棘」は、最後、オーディエンスを巻き込んだ大合唱になった。天井から檸檬色の風船がいくつも舞い降りて、会場全体が鮮やかに染まった。自由になった心は、どこへだって行ける――明るく平易な歌詞の裏側に、血と汗と涙がじっとりとへばりついてるのがわかる。試練は続く。が、黒木渚はもう決して立ち止まらないだろう。
ベースの宮川は、アル中おじさん。ドラムの柏倉は、禁欲おじさん。キーボード・神佐澄人は、変態おじさん。ギター・井手上は、ほぼおじさん。ユーモラスなメンバー紹介に、仲のいい、気のいい、腕のいいスーパーバンドへの絶対の信頼感がにじむ。アンコールは3曲。「白夜」では、謎の逆回転コーラスをオーディエンスに強制して笑ってる。「革命」では、戦う女の代表として勇ましくオーディエンスをリードする。そして世界でいちばん明るい死の歌「骨」では、指揮者のように手を振り、生きることを諦めないすべての人を応援する。小説家の黒木渚もいい。が、やはり彼女が輝くのはステージの上、だと思う。であってほしい。
暗転の中、最後のナレーション。「しーちゃん」の朗読と同じ手紙の形式を借りて、「私はみんなのことが――〇〇やったよ――」と、言葉をぼかしたエンディングにニヤリ。さらに物語には続きがあって、会場を出る時に一人ひとりに配られた「黒木渚の手紙」。アンコールのMCで、「恥ずかしいからすぐ読まないで、家に帰って寝る前に読んで」と彼女は言った。今目の前にその「手紙」がある。タイトルは「“檸檬の棘”エンディング」。さあ、なんて書いてあるかというと――。
【取材・文:宮本英夫】
【撮影:鳥居洋介】
リリース情報
檸檬の棘
2019年09月06日
ラストラム・ミュージックエンタテインメント
02.美しい滅びかた
03.ロックミュージシャンのためのエチュード第0楽章
04.檸檬の棘
05.Sick
06.彼岸花
07.原点怪奇
08.火の鳥
09.タイガー
10.解放区への旅
リリース情報
小説「檸檬の棘」
2019年11月05日
講談社
ISBN コード:978-4-06-517754-9
判型:四六判上製
ページ数:168ページ
出版社:講談社
セットリスト
ONEMAN LIVE 2020「檸檬の棘」
2020.02.21@EX THEATER ROPPONGI
- 01.ふざけんな世界、ふざけろよ
- 02.解放区への旅
- 03.金魚姫
- 04.タイガー
- 05.アーモンド
- 06.火の鳥
- 07.美しい滅びかた
- 08.Sick
- 09.しーちゃんへ
- 10.私の心臓あげる
- 11.ロックミュージシャンのためのエチュード第0楽章
- 12.彼岸花
- 13.カルデラ
- 14.フラフープ
- 15.虎視眈々と淡々と
- 16.檸檬の棘 【ENCORE】
- EN1.白夜
- EN2.革命
- EN3.骨