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泣き虫が示す新しい可能性――音楽で人は想いを通わせられるということ

泣き虫 | 2021.04.06

 夢と言うには熱や痛みを帯びていて、現実と言うにはあまりにも美しくて果敢無く、しなやかな75分間だった。
 2020年を機に、生のライブが自分の日常から遠ざかってしまった人は少なくない。ゆえに1本1本のライブが特別であり、懐かしくもあり、刻一刻と状況が変わるこのご時世で無事にこの日を迎えられたことが喜ばしい、という気持ちを抱えるようになったと思う。なによりこの日は泣き虫にとって約1年半ぶりとなるライブ。会場に集まった一人ひとりの想いの強さが、より彼の音楽を彩り豊かに照らしていた。

 「POISON.」のインストとステージ背景に映し出されたOP映像を従え、泣き虫とバックバンドが登場。白い服を着て新聞紙の被り物をしていた裸足のアー写とは打って変わり、黒い服に身を包んだ裸足の男性の姿がそこにはあった。彼はステージ上手でアコギを構え、下手に座るキーボーディストと向かい合うと、SEと入れ違いで放たれたカウントを合図に「君以外害。」を歌い出した。前髪で隠れた横顔。そこで微かに輝く左耳の銀色のアクセサリーが、彼のギターと同じリズムで揺れている。その景色が妙に、彼がいまこの瞬間ここで音楽を体現していることを印象的に映し出していた。

 バンドの音が消え、彼がアウトロのギターの音を、弦を押さえて止めると、ピアノのイントロから「くしゃくしゃ。」へ。アンニュイなハスキーボイスと壮大なサウンドのコントラストが、不器用な優しさと愛情をドラマチックに描き出す。ファンク要素のある「ケロケ論リー。」ではメンバーの奏でる音を全身で味わうようにハンドマイクで歌唱し、ピアノのインタールードを挟んで披露された「アルコール。」では、アコギを背負って歌詞のとおりゆらゆら身体を揺らしながら観客に笑顔を向けた。

 「アルコール。」の終盤でアコギを前へ構えて歌唱したのは「9」。音圧の緩急とシリアスな疾走感のなか、メロディに乗り切らない気だるさを帯びた歌唱がどこか不穏に響く。だがその煙たさから一瞬覗く牙が、鮮烈な光として楽曲に艶を与えていた。

 「ライブって緊張するんですね。久し振りに知りました」。チューニングをしながら、彼はしみじみと語る。その様子はどこか記憶のなかを噛みしめているようにも見えた。「リスカ。」ではピアノに乗せて雪のように解けて消えてしまいそうな歌声を響かせる。薄暗いなか、<生きたい>と歌いながら客席へ振り向いた彼の顔に、微かに笑みが見えたシーンは、楽曲の主人公への無言のエールのようにも映った。

 アコースティック色の強いライブアレンジが施された「夢遊。」のあと、「Adoちゃんいないけど歌います」と一言告げると重厚感とパンチ力のあるバンドサウンドの「Shake It Now.」でがらりと景色を変え、さらに「アイデンティティ。」を投下する。背景に映し出されたコンテンポラリーダンスが、強靭で怪しさを孕んだギターリフと絡み合う。スリリングなサウンドの上で転がるようなピアノの音色がさらに危うさを際立たせた。泣き虫もその音像に触発され激しく身体を揺さぶり、全身で声を放つ。楽曲のストーリー以上に、彼の生命力を強く感じるセクションでもあった。

 ハードな演奏を続けた彼が「しんどいわー」と零すと、フロアも笑い声は出さずとも観客一人ひとりの背中からどこかほぐれたような様子を見せる。会話はできないながらも、彼は自然体でフロアに語り掛け、観客も拍手や首を縦に振るなどの動作、目の表情で丁寧に気持ちを伝えていた。そのあたたかい空気感に、ステージもフロアもこの場所を尊んでいること、守ろうとしていることが窺える。

 エレキギターを構えると、「ここから久し振りにエレキを持って2曲くらい演奏するんですけど、まずは僕が人生で初めて作った曲を演奏します」と言い、ロックンロールを現代的に昇華したユーモラスなサウンドが小気味よい「からくりドール。」と、爽やかさといびつさが交錯するピアノがアクセントのギターロックナンバー「心配性。」を披露。さらに「カエル。」でチルアウトムードを高めると、リラックスした様子のフロアに向けてスマートにクラップを促した。観客も彼の手を取るように、軽やかに胸元で音を鳴らし始める。その慎ましやかにはにかむような空間は、日常のなかでふっと気が抜けた瞬間に吹き込んでくるささやかな幸せにも似ていて、とても愛おしい香りがした。

 「ステージに立つと、時間が過ぎるのがめちゃくちゃ早いですね」と話す彼は、世間話をするようなトーンでトークを続ける。名残惜しかったのかもしれない。「収束したら、そのときは思いっきり遊びましょう」と話し、本編ラストは「ネモネア。」。モノクロの世界へ色をつけるように声を乗せる彼の歌を聴いていると、自分にもこんな思い出があったと錯覚するほど、懐かしくてせつない、やわらかい気持ちに包まれた。それは泣き虫の語った「思いっきり遊びましょう」という未来へと馳せられた想いも作用していたのではないだろうか。

 アンコールはまず「寝れない電話のうた。」を弾き語りで演奏する。「ひとりで部屋で、アコースティックギターをこっそり弾いていたのが泣き虫の始まり」「いい感じの安心感を(いまこの場所に)感じています」と語っていたように、リラックスしながらも楽曲に没頭する様子に、部屋で当てもなくアコースティックギターを鳴らす彼の姿がうっすらと立ち上るようだった。

 再び現れたバンドメンバーとともに「なあ?」を披露すると、「僕の曲のなかでいちばん愛されている曲を最後にやって終わります」と頭を下げ、「大迷惑星。」を届ける。感傷的なメロディと繊細なサウンドに乗る、対語で韻を踏みながら取り留めのない感情を綴った歌詞。迷いを実体化した曲だ。答えを手にするからこそ得られる救いもあるが、漂うような、彷徨うような感覚こそが救いになる――素性を明かさずもステージの上で真摯に歌う彼の姿を見ていて、そんなことを思った。

 泣き虫は「ありがとうございました!」と誠意を込めて感謝を伝え、バンドメンバーの奏でる轟音を背にステージを去っていった。観客が声を出せなくても、ステージに立つ彼の正体がわからなくとも、人は想いを通わせることができる。ライブや音楽の在り方の新しい可能性、そしてなにより感性の純度を実感する夜だった。

【取材・文:沖さやこ】
【撮影:後藤壮太郎】

tag一覧 J-POP ライブ 男性ボーカル 泣き虫

リリース情報

rendez-vous

rendez-vous

2021年02月10日

死んだ目のサナカ。

01.からくりドール。
02.アイデンティティ。
03.くしゃくしゃ。
04.アルコール。
05.心配性。
06.夢遊。(Acoustic Ver.)
07. Shake It Now.(feat. Ado)
08.POISON.
09.ケロケ論リー。
10.9
11.207号室。
12.ネモネア。

セットリスト

One-Man LIVE「rendez-vous」
2021.04.02@Shibuya WWW

  1. 01. 君以外害。
  2. 02. くしゃくしゃ。
  3. 03. ケロケ論リー。
  4. 04. アルコール。
  5. 05. 9
  6. 06. リスカ。
  7. 07. 夢遊。
  8. 08. Shake It Now.
  9. 09. アイデンティティ。
  10. 10. からくりドール。
  11. 11. 心配性。
  12. 12. カエル。
  13. 13. ネモネア。
  14. 【ENCORE】
  15. EN1. 寝れない電話のうた。(弾き語り)
  16. EN2. なあ?
  17. EN3. 大迷惑星。

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