レビュー
泣き虫 | 2021.02.10
学生時代。目立つタイプではなかったけれど、ぽつりとつぶやく言葉がシニカルでウィットに富んでいた男子生徒が隣の座席だった。クールで特定の人物と群れることもなく、物事に無関心な素振りをしつつも、周りのことをよく見ていた。数学の時間にコンパスを忘れてしまって慌てていたら、使い終えたそれを何も言わずに貸してくれたりもした。仲良くなってみたいと思うもなんだか近寄りがたく、だけど不思議とその関係性が特別にも感じられた。
泣き虫の楽曲を聴くと、なんとなくその男子生徒のことを思い出す。こちらに話しかけているわけではないけれど妙に耳に残るエッジーなワードチョイス、切ないと一言で言うには遊び心に満ちたサウンドメイク、鋭い視線を向けながらもどこか斜に構えたムードの声――この絶妙な温度感と距離感こそが、泣き虫の音楽の根幹にあるものではないだろうか。
音楽活動を本格始動させ約1年。中高大生から支持を集めSNSを中心に話題を集めるソロアーティスト、泣き虫の初のパッケージ作品『rendez-vous』。2020年に発表した「くしゃくしゃ。」、「ケロケ論リー。」、「POISON.」、「心配性。」、「Shake It Now.(feat. Ado)」、「ネモネア。」に、「夢遊。」のアコースティックバージョンと新曲5曲を加えた全12曲を収録している。ポップネスを帯びたギターロック、無骨でスリリングなロックンロール、強烈なギターリフとジャズテイストのピアノの交錯がスリリングなロック、深海に沈むようなドープなヒップホップ、ストリングスが壮大なバラード、ソウルの要素を取り入れたポップナンバー、シティポップ、アコースティックギターでの弾き語りなど、ジャンルに囚われぬ多彩な楽曲が揃う。
そのなかでひときわ魅惑的に輝くのが、スマートで大胆な“毒”だ。泣き虫の楽曲はどれもセンチメンタルな香りで包まれているにもかかわらず、シンプルな“悲しい”の感情に着地しない。それはアンニュイな雰囲気を漂わせるソフトでハスキーな歌声、いびつでありながらもユーモラスなギターフレーズと音色、滑らかかつダイナミックに踏まれる韻、奇怪な単語が影響しているだろう。
たとえばストリングスとピアノが華やかかつピュアに響くミディアムナンバー「くしゃくしゃ。」なら、<クシャッと笑った君が浮かんで>と<腐ってしまった星に向かって>で韻を踏んでいるが、ラブソングで“腐る”というワードを選ぶ人物は少ないし、おまけに腐ってしまったのは星ときたものだ。韻を意識することが斬新な言葉選びにつながり、結果、奇妙でファンタジックな世界が生成される。それは一筋縄ではいかないトラックとも相性がいいため、聴き手はたちまち彼の音楽の深みに引きずり込まれてしまうのだ。
そして泣き虫の音楽は、彼の悲しみから生まれ落ちたものというよりは、様々な悲しみを一心に見つめているがゆえに見えた景色なのではないだろうか。悲しみをぼんやりと眺めてみたり、時にはちょっと茶化してみたり、と思えば勢いよく中指を立ててみたり、優しく包み込んでみたり、楽曲ごとに異なる視点で情景を切り取る。悲しみのスケッチと言ってもいいかもしれない。
「アルコール。」では飲んだくれの虚無感を洒落たシティポップ的トラックで照射することでクスッと笑ってしまうような滑稽さが生まれ、「心配性。」ではポップなピアノとディストーションの効いたバッキングギターで夏のうだる暑さと爽快感を作り出す。Adoをフィーチャリングした「Shake It Now.(feat. Ado)」の音圧と攻撃性の高い言葉と韻の応酬は強烈であり痛快。ラストの「ネモネア。」では<君>と<僕>の儚い恋愛模様を、繊細なメロディと透明感のある演奏で描くことで、恋心を滑らかに思い出へと昇華する。
ちょっとひねくれていてシャープな切り口に、鮮やかであたたかいロマンチシズムが差し込む。そんな泣き虫と、泣き虫なわたしたちの待ち合わせ場所=rendez-vousは、近からず遠からず、熱々でもなく冷たくもなく、その程良さに安心できる。素性も本名も顔もわからない彼の正体が気になりつつも、だからこそ彼の作るこの場所は居心地がいいのではないだろうか。
【文:沖さやこ】
リリース情報
rendez-vous
発売日: 2021年02月10日
価格: ¥ 2,750(本体)+税
レーベル: 死んだ目のサナカ。
収録曲
01.からくりドール。
02.アイデンティティ。
03.くしゃくしゃ。
04.アルコール。
05.心配性。
06.夢遊。(Acoustic Ver.)
07. Shake It Now.(feat. Ado)
08.POISON.
09.ケロケ論リー。
10.9
11.207号室。
12.ネモネア。