数々のアーティストからの提供曲で構成された安藤裕子の新作『頂き物』は、まるで“宝箱”のような作品。

安藤裕子 | 2016.03.10

 安藤裕子が通算9枚目となるニューアルバム『頂き物』をリリースした。彼女と交流のある10人のアーティストからの提供曲で構成された本作で、安藤裕子は唄い手に専念している。1枚のアルバムでは同居しえないようなアーティストたちが織りなす多様な世界で、時に軽やかに、時に切なく、実に多彩に染まってみせている。しかし、シンガーソングライターである前に、ものづくりが大好きだった彼女がなぜ、「曲を頂いて歌う」ことにしたのだろうか? ここ数年、彼女は何度も終わりという流れに飲み込まれそうになりながらも、なんとか立ち向かい、押しとどめ、前へと進み続けてきた。そんな彼女が辿ってきたここまでの道のりと心の流れを改めて辿ってみたいと思う。

EMTG:まず、本作を制作にするに至った経緯からお伺いしたいと思います。
安藤:もともとはディレクター発信の企画だったんですよね。13年やってきた道のりの中で、私がだんだん私小説の重みに潰されてきてて。前作『あなたが寝てる間に』を作り終えたところで、自分の中でもう、とにかく足を止めなければならないっていう感覚が強くって。
EMTG:ライブのMCでは、「自分の音楽や生活の終わりを探す癖がついてた」と言ってましたね。
安藤:そう、どっか終わりを探してたんだと思う。6枚目のアルバム『勘違い』(2012年)くらいから、「永すぎた日向で」とか、終焉を探している曲が多くなって。7枚目のアルバム『グッド・バイ』(2013年)の最後に、本当は「都会の空を烏が舞う」を入れたかったんだけど、「グッド・バイ」の後にその曲が来たら、本当にご臨終だなと思って。
EMTG:切られた首が空を見上げてるイメージですからね。
安藤:あはははは。だから、それじゃ暗すぎると思って入れなかったんですね。で、8枚目のアルバム『あなたが寝てる間に』(2015年)は、そんなにシリアスにならないで、もっと初めの頃のように楽しくやればいいじゃないかっていう気持ちで制作に入って。新しいアレンジャーを迎えてみたり、なるべく遊び心を持ってやろうっていう努力はしてたんですけど、やっぱり締め切りに追われる感じになってきちゃって。
EMTG:基本的に1年に1枚、アルバムをリリースするペースでやってきてます。
安藤:たかが10曲じゃんって思われるかもしれないけど、1年に1枚、アルバムを出すための作業は割と1年かかるんですよね。その間にツアーを2本くらいやって、人様に顔を覚えてもらうためにイベントにも細やかに出て。子供もいるから、自分のための時間がなくなっちゃって。自分を見る時間もないし、自分に興味もわかないし、その中で、『あなたはあなたのことをどう思うんですか?』っていう宿題ばかりが増えていって。
EMTG:シンガーソングライターにとって、曲作り=自分と向き合う作業でもあるから。
安藤:それが、なんとも思ってないんだけどっていう答えしか出てこなくなって。長年やってきてるから、嘘でも曲は書けるんですよ。でも、そういうものを作品にしていくことが、自分としては一番辛いんです。じゃあ、本当に自分から搾り出した1曲ってなると、それが、いつの間にか生死をさまようような曲ばかりというか、死生観ばかりが増して、命がけで歌わないと見合わないような曲ばかりになっていって。なんかおかしいな、なんか止めてあげなきゃなって思ってたんですね。
EMTG:『あなたが寝てる間に』の最後に、改めて「都会の空を烏が舞う」を収録してますね。
安藤:好きな曲だからやっぱり入れたわけですよ。そのあと、バンドでライブツアーを回って。緞帳と一緒に、その曲で閉じるわけです。すごく綺麗だし、歌ってても気持ちよかったんですよね。あ、やっと終えたっていう感じがしちゃって。ディレクターは、そういう私の様子を見てたから、『自分のために曲が作れないんだったら、人からもらって歌えば』みたいな感じで言ってくれたのかな。
EMTG:そのアイデアはすぐに受け入れられました?
安藤:そうですね。私もいわゆる活動停止みたいなのは怖いって。もしも休んで、止めてしまった後、どうすればいいんだろうって思ってたんですよ。だから、『歌ってみればいいんじゃない?』って言われた時に、ああ、私は自分の歌声を愛でてあげたことがないなって思ったわけですよ。ものを作るのは好きだけど、歌手っていうイメージは自分にはなかった。歌の練習をどんだけしてもやっぱり自分の声を最後まで好きになれずにいたから。でも、私が最初に音楽を始めたのは、歌声を褒められたからなんですよね。
EMTG:役者として参加した舞台のオーディションで披露した歌を「うまい下手は関係なく心が動かされる」って評価されたことがきっかけでしたよね。
安藤:そう、だから、この機会に、もうちょっと自分の声を愛でてやりたいなっていうのもありました。
EMTG:また少し時代を遡りますが、歌手に専念するという意味では、『勘違い』『グッド・バイ』『あなたが寝てる間に』の終わりを探した3枚に入る直前にリリースしたカバー作『大人のまじめなカバーシリーズ』(2011年)の時とは違う心境ですか?
安藤:最初はあのくらいの遊び心でやりたいなっていう気持ちでしたね。多分、何かシリアスになってしまったきっかけは、4枚目のアルバム『chronicle.』(2008年)だったのかなって思います。安藤裕子、ディレクターのアンディ(安藤)、もっさん(山本隆)という3人が出会って、3人で作るお遊びの延長みたいな作業をさせてもらってて。だんだんライブをするようになって、人生の重みを音楽が背負い始めてしまった。それが、『chronicle.』で1回、完結があったんですよね。
EMTG:『chronicle.』を出し終えた時に、「心が停止してしまった」という話をされてました。そのあとにまさに区切りとなる『THE BEST ’03-’09』(2009年)をリリースするのですが、新曲「はじまりの唄」が収録されていて。終わりからはじまりに立ち上がる感があってほっとしたのを覚えてます。
安藤:実はあれが第1期の終了を探す曲だったと思うんですよ。あそこで何かラインがあったんですよね。そこがスタートになって、重みが増していったのかもしれない。
EMTG:で、『chronicle.』からベスト盤を挟んで、ベニー・シングスをアレンジャーに迎えた曲も収録されている5枚目のアルバム『JAPANESE POP』(2010年)をリリースします。オリジナルとしては当時、2年4ヶ月ぶりという長いタームが空いていて。
安藤:当時は体調が悪くて、常にめまいや微熱があって。どんどん痩せていっちゃうし、『どうなってるのかな?自分』と思いながらも、出来上がる曲はすごくスキルアップしてたんですよね。急に音楽の質が良くなったというか。『chronicle.』で1つのステージを超えて、変わったんだなって感じる1枚になって。それが2010年でしょ。翌年に子供を産んで、少しは心が安らかになるかなと思ったんだけど、そうもいかなくて。地震とか家族の死がこびりついてしまって、取れないっていう時間だったかなって思う。
EMTG:この1年間はシリアスな重みからは離れていられました? ご自身ではどう捉えてます?
安藤:人様の現場を眺めてる1年間だったので、歯がゆさもありましたね。自分で作ってないことに不思議な気持ちがありながらやってましたけど、やっぱり一番には、自分の心を止めたいっていうのがあって。私がもらってるようでいて、どこか私が客演というか、『こんにちは。お願いします』ってみんなのところに遊びに行ってるような心ではありましたし、どこか距離感はある作業でした。
EMTG:心を止めたまま、歌に専念するということ?
安藤:そうですね。歌いに行って、声色もその人の世界に合わせていくという作業が多かったかな。
EMTG:1枚のアルバムには同居しえないような個性的なアーティストの方たちばかりなので、どれかの曲に絞って話すのは難しいんですよね。
安藤:そうそう、みんなキャラが濃いから、誰がどうって言いにくいんですよね。小谷美紗子さんとsébuhirokoさんは女性のシンガーソングライターで天才肌という共通項はあるけれども、全てにおいて対象的で面白かったし、部活の直属の先輩のようなCharaさんからは個人的に労わられたような感じがした。スキマと峯田くんは友達枠で、大塚 愛さんともミュージシャン同士というよりはママ友感が強いのかな。おみそちゃんとはラップまでやることになったけど楽しかったし、堀込さんの曲は都会の片隅のロマンスみたいなものを描いてて。TKくんの曲はいわゆる私が表現してきた安藤裕子というものに近いというか。他の人は私を忘れてくださいとか、ご自身の世界でっていうベースがあるんだけど、TKくんと、大塚さんの2曲に関しては自分らしく歌えたなと思うし、本当に全部好きですね。1曲1曲がハイライトみたいなアルバムだから、それぞれのアーティストと話すたびに『この曲、最高ですよね』って言ってて。本当にそう思ってるから言ってるんだけど、八方美人みたいな気持ちになっちゃって。
EMTG:(笑)最後に自作曲「アメリカンリバー」が収録されてます。
安藤:暗いか暗くないかでいうと暗いけど(笑)、死生観を背負いすぎている自分からは離れていて。もっとねポツリとした心を表現できたなっていうか。『めんどくーせーよ、めんどくせーよー、もうめんどくせー!』くらいの等身大の気持ち。そこらへんの街にいる自分を形にできたなって思ってて。1年間遠回りをして、ようやく自分らしい曲がもう1回書けたなっていう感じがしましたね。
EMTG:<私は生きている。時代を生きていく>と歌ってます。
安藤:そうですね。ま、最終的には大丈夫っしょって、思っていかないといけないしね。
EMTG:そう思えました? 自分自身の“明日”や“未来”、次のはじまりは見えました?
安藤:いろんなことを見る時間、いろんなことを考える時間はくれたと思うんですよ。答えが出たかといったら、別に出ないですよね。ひとまずね、ちょっと自分を見つめる時間を作ろうかなって思ってます。心を停止してた自分から漏れるものをしっかりと自分で形にするっていう時間を作ろうと思ってますね。
EMTG:では、ご自身の歌声は愛せた?
安藤:歌声はね、やっぱり別に好きじゃないです。あははははは。歌手じゃない喉だなっていう感覚は消えないですけど、でも、こんなに素晴らしいミュージシャンたちと同じ世界で、肩を並べて、『ちーっす』ってやれる自分はいいなっていう感覚はありましたね。音楽の頂きにいる人間たちと一緒に時間を過ごせた自分というのは、ずいぶん上等な人生を歩んでるなって思いました(笑)。

【取材・文:永堀アツオ】

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リリース情報

おやすみ僕の愛した君へ

おやすみ僕の愛した君へ

発売日: 2020年11月25日

価格: ¥ 2,000(本体)+税

レーベル: mizunoatsu

収録曲

1. さよならが分からない
2. カーテンレール
3. もしも流れ星が落ちたら
4. キュクノス
5. 風鈴の音を聞いていた
6. プレストアパショナート
7. ソノラ
8. +++++

ビデオコメント

リリース情報

頂き物(CD+DVD)

頂き物(CD+DVD)

2016年03月02日

cutting edge

[CD]
1.Silk Road
2.骨
3.霜降り紅白歌合戦
4.360°(ぜんほうい)サラウンド
5.夢告げで人
6.やさしいだけじゃ聴こえない
7.溢れているよ
8.Touch me when the world ends
9.Last Eye
10.アメリカンリバー

[DVD]
●Music Video
「360°(ぜんほうい)サラウンド」「骨」

●LIVEDVD 
・安藤裕子 LIVE 2015「あなたが寝てる間に」追加公演 6.16(火) 東京・LIQUIDROOM
01 森のくまさん
02 大人計画
03 RARA-RO
04 Live And Let Die
05 うしろゆびさされ組 (うしろゆびさされ組 カバー)
06 ロマンチック
07 360°(ぜんほうい)サラウンド
08 飛翔
09 レガート
10 73%の恋人
11 海原の月
12 世界をかえるつもりはない
13 聖者の行進
14 鬼
15 都会の空を烏が舞う

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お知らせ

■ライブ情報

安藤裕子 Live 2016「頂き物」
2016/05/15(日)大阪・森ノ宮ピロティホール
2016/05/21(土)東京・中野サンプラザホール

※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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