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ストリングスを加えたスペシャル編成で行われた安藤裕子『Premium Live 2015 ~Last Eye~』

安藤裕子 | 2016.01.12

 クリスマスイブにEX THEATER ROPPONGIで開催された安藤裕子のプレミアムライブ「Last Eye」。このタイトルは、2014年の12月23日に恵比寿ガーデンホールで行われた「TK from 凛として時雨」と「安藤裕子」の2マンライブの際に、TKからのオファーによって生まれた楽曲の名前が由来となっている。そこには、「今年最後の素敵な出会いになりますように」という思いが込められていたが、カバー4曲を含む全17曲という贈り物を受け取った観客にとっては、どんな曲を歌っても決して強烈な個性が失われることはない、ヴォーカリストとしての安藤裕子との新しい出会いを感じた人も多かったのではないかと思う。

 定刻を15分ほど過ぎた頃、客電が暗転し、安藤裕子バンドとしてデビュー当時からステージを共にしてきた山本隆二(P)、山本タカシ(G)のW山本に加え、鳥越啓介(Ba)、CHICA(Vn)、篠崎由紀(Vc)の5名が登場。続いて、安藤裕子がステージに現れ、背筋をしゃんと伸ばした後に深々と礼をすると、観客から大きな拍手が鳴り響いた。オープニングナンバーは、彼女のデビュー前にリリースされた、くるりの「ワールズエンド・スーパーノヴァ」のカヴァー。彼女は、わずかにリバーブがかかったエレキギターのリフに合わせて身体を前後させながら、少しずつ、会場の空気を自分の世界観で埋めていく。もともとはハウス寄りのダンスナンバーだが、彼女の歌声とバンドアンサンブルが引き連れてくる風景は、ヨーロッパ的で、内省的なもの。<♪どこまでも行ける>というフレーズが外ではなく、自分の内に、内にと向けて遠くまで伸びていくように感じた。弦によって心が掻き乱された「み空」では、ウィスパーから始まり、歌声だけでスケールを増していく独特の唱法に合わせて、ステージの壁に映し出された影がだんだんと大きくなっていった。06年1月にリリースされた2ndアルバム「Merry Andrew」の収録曲で、当時のインタビューでは「歌い方も含めて、デビュー前の私らしい」と語っていた。この冒頭の2曲で、彼女がデビュー前の自分と出会いに行っていたことがわかる。「日本国民が浮かれ上がっている日に、こんな暗い場所に集まってくれてありがとう」という挨拶を挟み、アコースティックギターとピアノとベースのトリオ編成で優しく歌った「ドラマチックレコード」「あなたと私にできる事」と初期の楽曲を続けた。

 ツイッター上で募ったリクエスト曲で上位にランクインしたマライア・キャリーの「All I Want For Christmas Is You」では、「リズムも歌詞も、どうしても馴染まないんですよね。体に入らないんです」と苦笑しながらも、なぜかツイストを踊りながら観客の手拍子に合わせて歌いきった後、彼女はふと、自分の娘を通して、自身の小さい頃の思い出を語った。「私は廊下で一人で泣くのが好きだったんです。お姉ちゃんにずるずるとリビングまで引っ張ってもらうお決まりごとを期待して泣いていました。そんな根暗な私から明るい子供が生まれて。彼女が、自分がしたいと思ったことを純粋に経験出来るような世の中であって欲しいです。素敵な日本でありますように」とお願いし、合掌した。

 ここから、彼女が紡ぐノヴェルは、さようならに向けて、終わりの始まりへと進んでいった。「唄い前夜」で歌い出す前の自分の生き様と変化の兆しをじっくりと振り返り、「ニライカナリィリヒ」で夢の続きの歌を希求し、「パラレル」でダイナミックに変革期を乗り越え、ニルヴァーナのカバー「Smells Like Teen Sprit」で生々しいエネルギーを一気に爆発させて、会場からの大歓声を浴びた。<さようなら>を繰り返す「夜と星の足跡 3つの提示」を歌う彼女の表情には、重い荷物を捨て去ったような軽やかさがあり、歌声の響きには不純物を取り払ったような清冽さがあった。

 さようならからハローへ。3月2日に発売されるニューアルバム「頂き物」を制作する契機となったコラボ曲「Last Eye」を歌う前に、彼女は自身の心情を正直に吐露し始めた。

「次に歌う曲は、ちょうど1年前の昨日、凛として時雨のTKくんと歌った曲です。それを私が頂きました。私はいつの間にか、自分の音楽や生活の終わり探しみたいな癖がついていて。『グッド・バイ』というアルバムは本当はきっと、自分を終わらせたいという意味で作って。でも、もっとやりたいような思いとも闘っていて、もう1枚、『あなたが寝てる間に』というアルバムを作ったんです。(アルバムの最後に)『都会の空を烏が舞う』という曲があるんですけど、それはやっぱり終わりの曲で。そこからの続きが無くなってしまったなっていう日々がありました。私は自分が歌手だと思わないで生きてきたんですよね。モノを作る人だと思って生きてきたから、音楽が作れないんだったら、しばらくその呼吸を止めた方がいいんじゃないかなって思うようになって。でも、ディレクターが『作れないんだったら、人からもらって歌えばいいじゃないか』って、当たり前のことを言ってくれて。それで作ったアルバムです。『頂き物』というアルバムですが、もちろん、曲も頂いているけど、自分だけだったら止めてしまいそうな私自身の“明日”や“未来”を作ってくれた頂き物でもあります。ということで、聴いてください。歌います」

 そして、「Last eye」が静かに奏でられた。ピアノによる調べには明るさや力強さもあるのだが、彼女が<そして、この世界に誰一人いなくなっても>と声を重ねた瞬間に、言いようのない悲しみに襲われ、涙が誘われた。一人、黒い影に向かって<♪ハロー/ハロー>と呼びかける彼女の背後には、彼女にしか作り出せない小宇宙が見え、心がじんわりと熱くなる。やがて、コントラバスとストリングスチームがたった一人で惑星に立つ彼女に風を起こし、闇を払い、微かな明かりを差し込んでくる。会場が大きな感動で包まれる中、自らを励ますような明るさが増した「The Still Steel Down」のアウトロで<気づいてよ/気づいてよ>と繰り返し、壮大なバラード「歩く」で今日を走り去って笑顔で明日への扉を開こうと心に誓い、「聖者の行進」で髪を振り乱しながら全力で未来への行進を続け、慟哭にも似た叫びで本編の幕を閉じた。

 アンコールの1曲目「六月十三日、強い雨」は、彼女にとっては、1つのエンディングを意味する曲だ。もうこのライブが始まる前の彼女はいない。本編の14曲を歌う間に昨日までの自分と別れ、新たな自分へと変化していったのだ。終わりがあればはじまりがある。新しい年、新しい私の第一歩となったのが、松任谷由実のカバー「A HAPPY NEW YEAR」で、彼女は<♪今年もたくさん/あなたにいいことがありますように>と歌詞を変えて、いたわりの色調をたたえながら歌った。そして、最後に、顔をひっぱたいてでも明日へと力強く引っ張ってくれる「問うてる」を観客全員で手を叩き、足踏みし、大声で歌い上げた。この日、会場に集まったお客さんはもちろん、彼女自身、歌うことで生命力を得たのではないかと思う。

 彼女はインタビューで必ず、「いつもこれが最後だなと思ってる」と口にする。それは、決して悲観的な言葉ではなく、今日という日に後悔がないようにしたいという思いの表れであると捉えてきた。この日、「歩く」を歌う前のMCで彼女は「私は見事にいつまで経っても拙い人間のままですが、だいぶ長く生きました。親にも何にもできないまま、たぶん、死ぬでしょう。(親に向かって)ごめんなさいね。……えっと、でも、こうやってできない人間には、人から優しい手が伸びるものです。私のような人間には徳のある人が集まって、支えてくれます。だから、私は、きっと、来年も再来年も10年後も生きています。皆さんも、ろくでもない日があるでしょう。でも、ろくでもないことがあった後には、きっと誰かが笑いかけてくれる日があると思います。だから、明日に期待しててください」と未来への希望を発し、最後に「また来年、良いお年を。いいお歌が唄えますように」と手を振り、ステージを後にした。2015年のクリスマスイブは、安藤裕子のヴォーカリストとしての魅力が解き放たれる前夜でもあった。今はただ、ニューアルバム『頂き物』の到着を待ちながら、安藤裕子の唄とまた何度でも出会いたいと願っている。

【取材・文:永堀アツオ】

tag一覧 ライブ 女性ボーカル 安藤裕子

リリース情報

頂き物(CD+DVD)

頂き物(CD+DVD)

2016年03月02日

cutting edge

[CD]
1.Silk Road
2.骨
3.霜降り紅白歌合戦
4.360°(ぜんほうい)サラウンド
5.夢告げで人
6.やさしいだけじゃ聴こえない
7.溢れているよ
8.Touch me when the world ends
9.Last Eye
10.アメリカンリバー

[DVD]
●Music Video
「360°(ぜんほうい)サラウンド」「骨」

●LIVEDVD 
・安藤裕子 LIVE 2015「あなたが寝てる間に」追加公演 6.16(火) 東京・LIQUIDROOM
01 森のくまさん
02 大人計画
03 RARA-RO
04 Live And Let Die
05 うしろゆびさされ組 (うしろゆびさされ組 カバー)
06 ロマンチック
07 360°(ぜんほうい)サラウンド
08 飛翔
09 レガート
10 73%の恋人
11 海原の月
12 世界をかえるつもりはない
13 聖者の行進
14 鬼
15 都会の空を烏が舞う

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お知らせ

■ライブ情報

安藤裕子 Live 2016 「頂き物」
2016/05/15(日)大阪・森ノ宮ピロティホール
2016/05/21(土)東京・中野サンプラザ

※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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