淡い赤色をした花だった。

見覚えはあるのだが、その名前が思い出せない。壁に掛けられた数枚の絵の中で何となく目に入ったのがこの花だった。しかし、そもそも絵に興味があるわけではないのだ。僕が今興味を抱いているのは、この何とも小規模な"美術部 絵画展覧会"で退屈そうに受付をする彼女に対してであった。

校舎の西棟と東棟を繋ぐ一直線の廊下の壁に、こじんまりと１０枚ほどの絵が飾られていた。散りゆく桜や一面に広がるチューリップ畑、抱えられた紫陽花が描かれたものもある。この展覧会に受付が要るのか甚だ疑問ではあるが、彼女自身はそんなこと考えもしていない様子で、机に置かれたスケッチブックにだらだらと絵を描いていた。僕がいることにすら気付いていないようだった。

「これは、なんの花でしたっけ。」

僕が尋ねるとペンを動かす手を止めて、ゆっくりとこちらを見上げる。それが自分に対して放たれた言葉だと理解したのか、赤い花の絵の方へと視線を移した。

「……牡丹です。」


それから数日間続いた展覧会に僕は足繁く通って彼女と話をした。誰かに受付係を課せられたわけではなく、とくにやることもないから毎日ここに来るのだということ。絵を見ていく人自体少なく、話しかけられて驚いたこと。牡丹の絵は彼女が描いたものだということ。沢山のことを話した。

思いのほか話は弾み、展示会の期間が終わってからも僕らはなんとなく廊下で会い続けた。放課後、日が暮れてからは校舎にいるわけにもいかず、学校を出てすぐのところにある大きな松の木の下で夜が来るまで語らった。

来る日も来る日も僕らは語らい、雨の日も風の日も松の木の下に並んだ。夏は暑いと冬は寒いと言い合った。雨の中を傘もなく２人で走った日もあった。雪の中をなかなか進めず笑い合った日もあった。気付けば季節は２度目の夏を迎えていた。

そんなある日の帰り道、僕らは遠くの空に花火が上がるのを見た。鮮明に見えるほどの距離ではなかったが、咲いては散る花を２人で眺めた。最後を飾る大きな枝垂れ柳が散ったところで彼女が口を開いた。

「明日からもう、会うのはやめにしましょう。」


翌日、僕はこの１年間がすっぽり抜け落ちたような気持ちでいた。結局僕の「どうして？」という質問に彼女は「ごめんなさい」の一点張りで、大して眠ることもできないまま１年前と同じ廊下に立っている。

今年も"美術部 絵画展覧会"は開催されたようで、去年と同じように１０枚ほどの絵が飾られていた。あの牡丹の絵は既に外され、代わりに眩いほど鮮やかな黄色をした菊の絵が収まっていた。そこに退屈そうな受付係の姿は無い。松の木の下も同様だった。

ひとりぼっちになった帰り道、何の気なしにいつか２人で立ち寄ったコンビニに寄ると、入ってすぐの棚に花火が数種類並べられていた。僕は思わず笑ってしまって、ひとつの花火を手に取った。人気のようで、この種類の花火だけは個別で販売しているようだった。ひとりでやるには丁度いい。僕らの夏には丁度いいと、そう思った。


1.牡丹 : 先に玉ができる

2.松葉 : 玉が激しく火花を発する

3.柳 : 火花が低調になる

4.散り菊 : 消える直前

(wikipedia 線香花火 より)

テーマ「線香花火(@sky_rockmission)」

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