エンジンのかかったままの車で父を待つ。コンビニエンスストアの駐車場に停められた軽自動車。助手席から見える空は晴れ晴れとしていた。しかし、それと対になるようにして私の心は憂鬱であった。それは至極単純な理由で、私は父が苦手なのだ。決して嫌いなわけではなく、あくまで苦手なのだ。多くを語らない父は何を考えているのかが分からない。酒も飲まない父の本音を私は知らない。そんな父を前にして私は何を話したら良いのかが分からなかった。

アップルジュースと爽健美茶を買って戻ってきた父は運転席に乗り込むと「ん。」とだけ言って私にアップルジュースを差し出してきた。「ありがとう。」恐らく父は私の好きな飲み物を憶えていたのだろう。確かに私はアップルジュースが大好きだった。しかしそれは小学生の頃の話だ。中学生になる頃には父と顔を合わせてもほとんど会話をすることはなくなり、大学入学と共に一人暮らしをはじめてからは尚更のことで、こうして父とふたりで出掛けるのは、もしかすると今日が初めてかもしれない。

ドライブレンジにギアを動かし車が走り出す。目的地までは約１時間ほどで到着する。車内に流れるラジオでは滑舌の非常によろしい女性が交通情報を伝えていた。普段全く運転をしない私に沢山の地名の羅列を憶えられるはずもなく、頭には「インターチェンジ」という言葉だけが残った。運転をする父にとってはありがたい情報なのだろうか、父は聞き耳を立てている様子もなく無表情のまま、続く道を見つめていた。

ガソリンがなくなりかけていることを知らせるエンプティーランプが光るまで全く会話がないままで車は走っていた。父は別段焦った様子もなく、ガソリンスタンドを見つけて入っていく。給油口を開けるレバーを引くと私のすぐ左でガシャンと音がした。「私がいれようか？」父のことだから「いや、いい。」と断られるのだろうと思いながらも聞くだけ聞いてみると、父は私の目を真っ直ぐに見つめていつもより少し、ほんの少しだけ優しい目をして「じゃあ、お願いしようかな。」と言った。意外ではあったが、よくよく考えればなんてことのないことで、私は3000円を受け取ってガソリンを入れた。外に出るとスタンド内で流れるラジオに掻き消されながらも、蝉の鳴く声がした。

ビートルズが流れ出した車内には相変わらず会話がないまま、しかし差し込んだ夕焼けと音楽がマッチして心地良かった。温かな空気にウトウトしていると、車は次第に減速していく。「さあ着いた。」父がそう告げて、車は目的地に到着した。後部座席から花束を取り出し、２人並んで砂利道を歩く。「１年振りか。元気にしているかな。」父が言う。「元気だといいねえ。」確かめようのない問いに想像を膨らませながら、母の元へと向かった。

エンジンのかかったままの車で父を待つ。コンビニエンスストアの駐車場に停められた軽自動車。助手席から見える空はすっかり真っ暗で、店内の明かりが外まで漏れ出していた。運転席へ戻ってきた父はまたアップルジュースを差し出している。「ありがとう。でも、私が今好きな飲み物はカフェラテなの。憶えておいて。」そう伝えると父は短く「そうか。」と言った。そのあとでまたあの優しい目をして「母さんも若い頃はカフェラテをよく飲んでいた。今日はなんだか、昔の母さんとデートをしている気分だったよ。」こちらを見てこそいないが、その横顔は確かに笑っているように見えたのだった。


エンジン:「E」ngine
アップル:「A」pple
ドライブ:「D」rive
ガソリン:「G」asoline
ビートルズ:(the)「B」eatles

ギターのレギュラーチューニングの音階
６弦から順にE(ミ).A(ラ).D(レ).G(ソ).B(シ).E(ミ)

テーマ「チューニング(@supaiear)」

Halo at 四畳半の渡井翔汰（Vo&Gt）がお送りするテキスト連載企画！毎回お題をTwitter上で募り、その中でインスピレーションを受けたワードから、短編小説をつくりあげます。 いったいどんなキャラクターが、風景が、彼から描かれていくのか？
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＃ゼンマイシキタンペンキタン

★第5回テーマ募集期間：2017年9月11日～9月30日23：59まで
★第5回掲載予定日：2017年10月11日

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