【発条式短篇奇譚 第6回】2017年11月号「絨毯の上で踊る」

Halo at 四畳半 | 2017.11.13

発条式短篇奇譚 第6回
2017年11月号
「絨毯の上で踊る」



小さな頃から絵を描くことが好きだった、らしい。私の記憶からはすっぽりと抜け落ちてしまっているが、母の言うことには毎日のように画用紙に何かを描いては満足気に見せびらかしていたという。父も母もそこに描かれているものが何なのか、分かる日も分からない日もあったが、ただただ「上手だねえ。」と褒めてくれていたらしい。

小学生になってからも、中学生になってからも、気がつけば絵を描いていて、父と母に加えてクラスメイトや先生までも褒めてくれるものだから私が絵を描くことを辞める理由などひとつもなかったのである。

だから私は高校生になっても、とくに迷う事なく美術部への入部を決めた。勿論、絵描きとして簡単に生きていけるほど甘い世界ではないことも、私にはそこまでの才能がないことも分かっていた。それでも私は暇さえあればペンを走らせ、記憶を辿り、これまでに見たものを紙の上に描いた。

その日も私は絵を描いていた。自前のスケッチブックに黙々と、次回の展覧会に向けて新たな作品の構想を練っていた。美術部は毎年夏に展覧会を開きそれぞれの作品を飾るのだ。展覧会とは言っても学校の廊下にただ絵を貼り出すだけなのだが、そのこじんまりとした雰囲気がとても好きで、とくに必要もないのに受付席を設けて毎日そこに座った。とは言え受付係としての役割は何も果たさないままただ絵を描いていたので、彼が話しかけてきたとき、私はそれが私に向けられた言葉だとすぐには気付かなかった。

どうやら彼は私の描いた牡丹の絵に興味をもってくれたようで、私は誇らしい気持ちもあったが、それと同時になんだか気恥ずかしくて私が描いた絵なのだとは言えなかった。彼はそれから毎日展覧会に現れ、毎日話をした。私は会話の中でこっそりとあの牡丹は私が描いたものだと伝えた。

展覧会の期間が終わってからも彼とは毎日話をするようになった。放課後は学校の目の前にある松の木の下で会うようになり、私のスケッチブックには松の絵が増えた。

それから彼と一緒に色んな景色を見た。私はことあるごとにその風景を描いた。どこへ行くでもなく、季節が巡ることでいつもの風景が少しずつ変わっていくのが美しかった。同じように彼の気持ちが少しずつ私の方向へ向いていくことにも気付いていた。

秋、冬、春と駆け足で季節は走り去って、今年も展覧会の開催が近付いていた。私は既に作品をほとんど描きあげ、今日の放課後にも完成する予定だった。だから彼に先に帰って大丈夫だと伝えにいったのだが、頑なに彼はそれを拒んだ。今日は話があるのだと言った。いつも話ならしていたが、そこまで察しの悪い人間でもない。放課後まで私は気が気でないまま過ごした。

色んな景色を思い返していた。たった1年間で様々な景色を見た。私はいつもその景色を絵に描き残した。今回の展覧会に出す絵もそのうちの一枚を元に描いたものだ。隣にはいつも彼がいた。今もそう。「久しぶりにあの松の木の下で話そう。」と言われてから、随分と長いこと話していたと思う。いつも通りの他愛もない話。どこか彼は強張った面持ちのまま、すっかり真っ暗になった帰り道を歩き出すことになった。

すると、突然遠くの空に花火が上がった。彼も驚いた様子だったので、きっとこれは偶然なのだろう。綺麗だと思うのと同時に、描きたいと思った。そこで私は気付いてしまった。気付きたくなかったこと、どこかで思いながらも避けていたこと。

私はきっと彼のことが好きだ。

でもそれは、愛情とは異なるもの。私はいつも、彼と過ごす景色を見ていた。彼ではなく、"景色"を見ていたのだ。絵と彼とを秤にかけた天秤は、常に絵の方に沈んでいた。彼が思いを伝えようとするその瞬間にも私の頭には絵のことばかりが漂っていた。

だから私は彼よりも先に口を開いた。

「明日からもう、会うのはやめにしましょう。」

展覧会に出そうとした絵は次の日に捨ててしまった。私の絵の枠は友人に譲った。散った後も絨毯の様に敷き詰められて匂いを放ち続けるその姿が、まさに今の私の様で、散ったはずの花の匂いが消えることもなく広がっている。日を追うごとに薄まるであろうその匂いが、また私を苦しめることも分かっていた。私は私の初恋を描くことがついにできなかった。


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【テキスト連載】発条式短篇奇譚(ゼンマイシキ タンペン キタン)

Halo at 四畳半の渡井翔汰(Vo&Gt)がお送りするテキスト連載企画!毎回お題をTwitter上で募り、その中でインスピレーションを受けたワードから、短編小説をつくりあげます。 いったいどんなキャラクターが、風景が、彼から描かれていくのか?
一緒に物語の行く末を見届けていきましょう。

◆Twitterでお題募集中!
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#ゼンマイシキタンペンキタン

★第7回テーマ募集期間:2017年11月13日~11月30日23:59まで
★第7回掲載予定日:2017年12月12日




【Halo at 四畳半(ハロアットヨジョウハン)プロフィール】
千葉県佐倉市出身、渡井翔汰(Vo&Gt)、齋木孝平(Gt&Cho)、白井將人(Ba)、片山僚(Dr&Cho)の4人組ロックバンド。独特な歌詞の世界観、圧倒的な楽器の演奏力は、正統派ギターロックバンドの中でも大きな存在感を放つ。

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リリース情報

Animaplot

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2017年09月20日

SPACE SHOWER MUSIC

1.クレイマンズ・ロア
2.ステラ・ノヴァ
3.ユーフォリア
4.劇場都市
5.発明家として
6.トロイカの箱
7.点描者たち

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Halo at 四畳半 3rd mini Album Release ONEMAN TOUR「ぼくらの設計図の描き方」
11/04(土) [広島]CAVE-BE
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11/25(土) [大阪]梅田 CLUB QUATTRO
11/26(日) [愛知]名古屋 CLUB QUATTRO
12/02(土) [東京]渋谷 TSUTAYA O-EAST



グッドモーニングアメリカ企画フェス「八王子天狗祭2017」
11/11(土) エスフォルタアリーナ八王子

サイダーガール TOUR2017-2018 サイダーのゆくえ-JUMP ON THE BANDWAGON-
12/09(土) DIME(高松)
12/10(日) CAVE-BE(広島)

MERRY ROCK PARADE 2017
12/24(日) ポートメッセなごや1〜3号館

TENJIN ONTAQ 2018
2018/03/10(土)-11(日)
福岡天神地区のライブハウス8ヶ所を会場としたライブサーキット

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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