レーベルを移籍し、新境地に立った吉澤嘉代子が送り出す、新たな“歌の物語”
吉澤嘉代子 | 2020.11.25
- ――9月20日の配信ライブ「通信・すなっく嘉代子」で、ビクターエンタテインメントへの移籍を発表して、ひさびさのシングル「サービスエリア」のリリースまで、あと1ヵ月半ほどとなりました(取材は10月6日)。現在の心境を聞かせてください。
- 吉澤:当初の計画だと、5月の日比野外音楽堂公演で移籍を発表する予定で、野音に立つことは私が音楽を始めてからの最初の夢でもあったので、中止になってしまってすごく寂しかったです。ただ、もともとシングルは別の曲を予定していたんですけど、自粛期間中に“サービスエリア”を書いて、一番最近の自分の流れのものをリリースできることになったので、それは楽しみですね。
- ――やっと移籍が発表できて、ホッとしたような部分もありますか?
- 吉澤:まだ新曲をお客さんに聴いてもらっていないので、「どんな反応をもらえるんだろう?」っていう、そこは不安もあるし、今ちょうど次の作品を制作中で、その焦りがすでに押し寄せています。
- ――2018年に4枚目のアルバム『女優姉妹』を出して、そこで自分の中での区切りがあったのでしょうか?
- 吉澤:作品と移籍のタイミングはあまり関係がなくて、どちらかというと、3枚目の『屋根裏獣』で一旦区切った感じがありました。そこまでの3枚はすごく内省的でしたけど、『女優姉妹』は他者としての女性を書きたいと思って作ったので、外に視点が向いていて。なので、タイアップでお題をいただいたり、たなかみさきさんとデュエットさせていただいたり、ちょっと身軽になってたんですけど、ここからはさらにその関係性を広げていきたいと思っていて。なので、『女優姉妹』から次のモードが始まっていて、2年空いてしまったけど、今と繋がってるイメージです。
- ――野音公演が中止になった中、自粛期間はどんなことを考えていましたか?
- 吉澤:私ちょうど6月で30歳になったんですね。それまでの1~2ヵ月の間で、野音が中止になって、移籍の発表が延期になってしまったんですけど、でも個人的には、長い間悩んでいたことが解決したり、ずっと縛られていたものから解放されたり、誰かに言うようなことではないですけど、自分の人生の中で重要な……ラスボスみたいな存在と対峙できて、飲み込めたんです。それはすごく大きかったですね。コロナとは直接関係ないんですけど……でも、ちょっとは関係あるのかな? ずっとお家にいたので、より考えてしまうことも多かったし、仕事がなくなった時期だったので、向き合う機会になったのかもしれないです。
- ――「誰かに言うようなことではない」というのは、ごくごくプライベートな話ということ?
- 吉澤:家族とのこととか、子供の頃の自分とのこととか。そういうことに決着がついて。2020年は本当にいろんなことが起きてますけど、これから生きていく上でも大事な時間となりました。漠然と、自分には30代と70代が似合うんじゃないかと思ってるんですけど、子供から大人になるに連れて、どんどん楽になってる感覚があるので、まだまだ身軽になっていくのかなって。生まれながらに背負ったものとか、子供の頃に背負ったものとかが、少しずつはがされて行くような感じがあるので、まだまだ楽になれるんじゃないかと希望を持っています。
- ――年を取ることを嫌がる人もいるように思いますが、吉澤さんは年齢を重ねることで身軽になっている感覚なんですね。
- 吉澤:その感覚は何物にも代えがたいです。確かに、「年を取るのが怖い」みたいな感覚ってあると思うんですけど、でも本当は何も怖くなんてないはずで。年を取ると喰われるわけでもないし。なので、子供たちに対してもそうですけど、私の曲を聴いてくださってる方に対しては、それを自分が体現して見せたいですね。生きていれば年を取ることは絶対に避けられないわけで、だったらそれを悲観するよりも、この先もっともっと楽しいことがある、自由になれるっていうことを、自分が体現していけたらなと。
- ――自粛期間は作り手としての自分とも改めて向き合う期間になったのではないかと思いますが、その点ではどんなことを考えましたか?
- 吉澤:SNSを開くと、ミュージシャンが新曲を発表したり、家でできることをやっているのがどんどんタイムラインに流れてくるんですけど、私はそういう世の中の流れに沿うことがすごく難しいなと思って。思うことはいっぱいあるんですけど、それを出すべきなのか悩みましたね。デビューの頃からずっと、物語として曲を作っているので、世の中のことを直接反映させないっていう意識だったんですけど、「ミュージシャンも声を上げるべきだ」っていう人もいて、私にもそういう気持ちはあるんです。じゃあ、自分はどうするのかって、悩みましたけど……でもやっぱり、私にできることは曲を書いて歌うことなので、世の中の流れを自然に受け止めて、その反応を放流するっていうモノではなく、もっと時間をかけて、何度も何度も磨いて、仕上がったものをお届けするという方法に限るなって。今は簡単に発言できちゃう時代なので、ちょっと迷いましたけど……踏みとどまることにしました。
- ――では、シングルの「サービスエリア」についてお伺いします。先ほどお話にあったように、はじめは別のシングル候補曲があったんですか?
- 吉澤:もともと次のアルバムのテーマの中に組み込めるようなものをシングルで切ろうと思っていたので、恋人たちが出てくる曲にしたいと思っていて。その中で、3つくらい候補の曲があったんですけど、コロナの影響で一旦動きがストップしたときに、「サービスエリア」を書いて、今の自分がときめくのがこの曲だったというか……単純に、いつも新曲が一番ときめくんですけど。
- ――当時の状況が作る曲にも影響を与えた部分はあると思いますか?
- 吉澤:コロナには左右されないものをと思って作ってはいたんですけど……どこにも行けなくなって、当たり前が当たり前じゃなくなった中で、サービスエリアみたいな特別じゃない、日常の場所を、逆に魅力的に感じたっていうのはあるかもしれないです。
- ――吉澤さんはタイトルから曲を作ることが多いそうですが、今回もそうですか?
- 吉澤:そうです。「サービスエリア」という曲を作りたいっていうのは結構前から思ってて、でも昼にするか夜にするかを迷っていて。昼の和やかな雰囲気も好きだし……でも、前にCINRA/she isの野村さんと対談をしたことがあって、そのとき「無敵かもしれない夜は?」というお話になったんですけど、野村さんが「恋人と夜行バスで深夜のサービスエリアに辿り着いたときに、この世界の最後の二人みたいな感覚になった」ってお話をしてくださって、「ロマンチック!」と思って。それが心に残っていたので、夜の孤独感が強まる感じ、二人しかいないような心地、そういうものを書こうと決めました。
- ――それを<恋人たちは遠い星に辿りつき>や<滅びのキスでこの世の息を止めて>のように、幻想的に描いているのが吉澤さんらしい。
- 吉澤:ゲームのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)みたいな、命のない、意思のない車が高速道路をいっぱい流れてて、その中で命を持ってるのは二人きり。そこからどんどん現実が様変わりして行って、サービスエリアに辿り着いたときに、そこは異世界というか、だいぶ遠くに来てしまったなって。本当は世界は二人だけじゃないし、高速道路もみんな意思を持った人間たちが運転してる車が流れてるし、サービスエリアにもそこで働いてる人がいるんですけど、でもそんな心地になるっていうか。
- ――吉澤さんのコメントにもありますが、<赤と青に光る幾千もの雨粒が窓をなぞってゆく>や<傘も無く駆け出した駐車場の波紋を飛び越えてゆけば>のように、瞬間を切り取った描写が実にロマンチックです。
- 吉澤:「サービスエリア」のデモを出したときに、ディレクターさんとお話してて、「情景描写が印象的だから、こんな小説はどう?」って、村上龍の『空港にて』をおすすめしてもらって。それが時間が縮んだり伸びたりするような……日常をひたすら描写するみたいな短編小説だったので、それにすごく影響を受けて。なので、感情表現というよりも、サービスエリアに辿り着くまでの恋人たちを描写していく曲になったんです。
- ――編曲はこれまで「残ってる」などを手掛けているゴンドウトモヒコさんですね。
- 吉澤:ゴンドウさんに奇天烈な感じを出してほしいと思って、打ち込みと生楽器の融合というか、スリリングなストリングスが入っていたり、今までとは違う雰囲気を出したいとお伝えしました。
- ――生楽器とシンセの対比が、歌詞の現実と異世界の対比ともリンクしていますよね。演奏陣も、ベースに高桑圭さん、キーボードに伊澤一葉さん、ギターに君島大空くん、ドラムに石若駿くんと、素晴らしい面子で。君島くんは「通信・すなっく嘉代子」にも出演するなど、近年共演の機会が増えていますが、今の吉澤さんにとってどんな存在だと言えますか?
- 吉澤:どんな存在……何だろう? 天使みたいな存在(笑)。お話をしてるときとかも、横隔膜が疲れないというか、本当の言葉で会話してくれてる感じがしますね。ギターでお願いしてますけど、そもそも歌が好きで、「こういう歌を歌う人なら、こんな素敵なギターになるな」みたいな感じっていうか。
- ――歌とギターはもちろん、アレンジから録音・ミックスまでひとりでやっちゃう人で、ちゃんと言葉も持ってる。非常に多才ですよね。
- 吉澤:うん、言葉も持ってる。そこがすごく自分にとっては重要なのかもしれないですね。実際の演奏とは直接関係なかったとしても、それを持ってると、すごく信頼ができます。
- ――2曲目には私立恵比寿中学に提供した「曇天」のセルフカバーが収録されています。
- 吉澤:去年「エビ中フェス(MUSiCフェス~私立恵比寿中学開校10周年記念 in 赤レンガ倉庫~)」に出演させていただいたときに、セルフカバーをする機会がありまして、音源化希望の声をいただいたので、出すことにしました。もともと自分で歌うことは頭になくて、だいぶ初々しい曲なので、自分が歌うのは違うかなとも思ったんですけど、自分が歌うときは「この主人公に幸あれ。どうか報われますように」と思いながら、曇天の向こうに導けるような歌唱を目指しました。この曲もゴンドウさんのアレンジで、最後に温かみのある管の音があって、曇天の向こうが見えたというか、すごく素敵なアレンジだなって。
- ――現在はアルバムを制作中で、「恋人たち」のような、他者との関係性がテーマになるとのことですが、そのテーマ自体はどこから出てきたのでしょうか?
- 吉澤:順番として、まず自分の根源にあるものを探っていくアルバムを作って、それを出し切ったら、その後は外に向いていきますよね。赤ちゃんが最初自分にしか興味がないところから、近くにいるお母さんとお父さんに興味が移って、そこから社会が広がっていくみたいな、そういう感じでアルバムのテーマも育って行ったらいいなって。なので、次は恋人をテーマに作りたいと思ってるんですけど、それは男性とか女性とか、若者とか、人間とか、世の中が普通だと思ってる恋愛の形だけではなくて、男性同士、女性同士、人でないものとかも含めての、ふたりきりの関係を書いてみたいと思っています。
- ――初期の作品がかつての自分と似た感覚を持った少女に向けられていたのに対して、現在は視野が広がって、より聴き手を選ばない作品に向かっている?
- 吉澤:今思うのは、言葉によってどうしても人を傷つけてしまうことがあるけど、それでも努力をすることはできるんじゃないかということで。歌の中でみんなが思う普通の恋愛の関係性を書くということは、そこに当てはまらない人を排除するというか、そう思ってなくても、自然とそういう曲になってしまうから、制限をできるだけ外して、なるべく人を傷つけない形で音楽を届けたい。誰もが主人公になれる曲を作りたいんですよね。私は誰でも歌の中で主人公になれると信じてるんですけど、そこで恋愛対象や性対象を限ってしまうと、曲の主人公になり切れなくなるかなって。そういう曲があってもいいと思うし、そういう曲を書いてきてもいるんですけど、次のアルバムではそうじゃないものを作りたい……まだできるかはわからないですけど、でもそんな風に思っています。
【取材・文:金子厚武】
吉澤嘉代子 「サービスエリア」MUSIC VIDEO ダイジェスト
リリース情報
サービスエリア
2020年11月25日
ビクターエンタテインメント
01.サービスエリア
02.曇天
02.曇天