メジャーデビュー目前のさめざめが行なった11/9渋谷WWW公演の模様をレポート
さめざめ | 2012.11.29
静寂が、会場を支配していた。
シーンとしたまま微動だにせず、ステージに視線を注ぐ観客。ざわりとも出来ない雰囲気。ゆらりとも揺れない空気。そこには、独特の緊張感があった。
静寂が続いて10分。ステージ後方から、1本のバックライト。ステージを覆っていた紗幕に、シルエットが浮かび上がる。さめざめ=笛田さおりだ。
彼女が、アカペラで歌い始める。
11月9日。渋谷WWW。「さめざめpresents“恋の119番通報”」は、アカペラから激しく展開するエモーショナルなバラード「あたしがいなくなれば」でスタートした。
曲が終わった刹那、笛田が、スッと息を吸い込み、のけぞるようにシャウトする。白光から一転、ステージが真っ赤に染まる。やめられない“痛み”が、噴出したかのように。
♪ふざけんな あの女♪
笛田のシャウトと同時に、ステージを覆っていた幕が開く。2曲目「あの女」へ。自分の“相手”にちょっかいを出す“あの女”と“相手=あの男”を、ヒステリックな言葉で罵倒するミディアム・ナンバー。12月に発売されるメジャー第1弾シングル「愛とか夢とか恋とかSEXとか」にも収録されており、メランコリックなピアノ&昭和歌謡ティストな曲調が特徴だ。この曲を、さめざめバンドは、ホンキートンクなジャズ風に仕上げてきた。エンディングで、笛田さおりは、両手で握っていたスタンドマイクを左手でひきよせ、少し斜(はす)に構え、宙を睨むような仕草を見せた。
薄闇に沈むステージ。優雅な所作で、ゆっくりと後ろを向き、静かに水を飲む彼女。凝視しないと、何をしているのかさえわからないこの様子に、彼女のさめざめに対する一貫したイメージが垣間見える。曲の世界に通ずるライヴ全体のムード、視覚への印象を大切にしている証拠だろう。最初のMCへ。
「こんばんは、さめざめです。今夜は“恋の119番通報”にお越しくださいまして、ありがとうございます」
そして、オープニングに登場したDJてまきゅん(アーバンギャルドの松永天馬)に感謝の言葉を述べ、ライヴの流れを、この言葉で紡いだ。
「ここからは、思う存分、さめざめワールドにはまってください。次は肉食系のさめざめを」
アップチューン「ズボンのチャック」で、ヒールの右足を後ろに蹴りあげるアクションを見せる笛田。続く「コンドームをつけないこの勇気を愛してよ」では、頭を左右に振りながら、内股気味で、駄々をこねるようにステップする。その姿に、観客のボルテージも上がっていく。
「スカートめくり」以降は、笛田のコンポーザーとしての個性が花開く。さめざめとして歌う事を意識しているという部分も強いと思うが、ともすれば、いなたいだけになるようなメロディーを連発しながらも、場末感ギリギリ一歩手前で解放感ある方向に展開させるバランス感は、彼女の個性だろう。特にここ最近の新曲は、その傾向が顕著だと思う。あっけらかんと、小ずるくも怖い女の本音をさらす、さめざめ特有の“明るさ”にも通じたオリジナリティーではなかろうか。
笛田がイントロでピアノを弾いた「非公式彼氏(シークレットダーリン)」は、さめざめの楽曲の中でも、屈指のポップ・ナンバー。軽快なメロディーと、笛田のキッチュな声質、可愛らしい歌い回しがSo Cute。カラフルな照明が似合う曲調ながら、最後は ♪要らなくなったらもう、ひと思いに 殺す覚悟であたしを捨ててね♪ と終わる。秘密(シークレット)にしかできない辛い恋の歌だ。しかし、笛田は、恋愛のインフラの苦しさよりも、恋に身を焦がす楽しさを、笑顔で歌った。その姿に、彼女の恋愛観、もっと言ってしまえば、人生観が見え隠れした。続く「テイキュウ少女漫画」では、さめざめのジャケット写真などを手掛けるイラストレーター福井伸実氏が、その場でライブペインティングを披露。シンプルな8ビートの切ないアップチューンに色を添え、さめざめの世界観を視覚的にもわかりやすく印象付けた。
ライヴは後半へ。ハードなスピードチューン「みんなおバカさん」の間奏で、笛田が「怒りと憎しみと悲しみと……もうバカばっかです。最後です。どうぞご一緒に」と観客を促す。この言葉を受け、会場全体は ♪ バカバカバカバカ…… ♪ の合唱となった。
この日、最後のMC。客席に向かい「たくさん集まってくれて、ありがとう」と言った後、彼女は、最後をこう締めくくった。
「この1年で本当にたくさんの人に出逢えて……さめざめにとって新しいスタートができる気がします。それでは最後に、私にとって、さめざめにとって、今までとこれからをつなぐ、この1曲を」
この日、最後に歌われたのは「愛とか夢とか恋とかSEXとか」。ロマンチックなメロディが響くバラード。さめざめのひとつの王道であり、笛田さおり曰く、さめざめを始めるきっかけになった1曲である。顔をゆがませながら、切なげに歌いあげる笛田さおり。ステージを食い入るように見つめながら、耳を凝らす観客。さめざめのバラードが、再び、静寂を作り出していく。曲が終わる。静まりかえった会場に、笛田がゆっくりと息をするように、言葉を放つ。
「今日は本当に、ありがとうございました」
その言葉は、水面に沈む小石のように、静寂の中に吸い込まれていった。
この日の“さめざめの世界”は、静寂で始り、静寂で終わった。
終演後。少しずつ、呪文が溶けたように動きだす客席。アンコールがかかる中、デビューシングル「愛とか夢とか恋とかSEXとか」のミュージックビデオが流れた。この日、初公開となったこの映像は、笛田さおりと同世代という、田中のぞみ氏が手掛けた作品である。
ふわりと、明るくなっていく渋谷WWW。
目の前に、ゆっくりと、ざわめきが戻って来る。日常の雑踏が、すぐそこまで来ていた。
【取材・文:伊藤亜希】
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