様々な映画の主題歌やテレビCMなどでも、透明感溢れる歌声を聴かせ、その独特な世界観で、幅広い層のファンから愛されている女性シンガー、手嶌葵の、ニュー・アルバム『Miss AOI - Bonjour,Paris!』(デジタル配信及び、パッケージCDはオフィシャル・サイトとコンサート会場で販売中)を引っさげてのコンサートが、横浜市の関内ホールで行なわれた。会場には、子供から年配まで、性別・世代を問わず、とても幅広い観客層が詰めかけており、彼女の歌が、多彩なファン層に愛されているということがよくわかる。

　シックなグレーのコスチュームをまとった手嶌葵と、彼女のライブの常連ともいうべきピアノのYANCYとアコースティック・ギターのオオニシユウスケの二人に加え、彼女のライブには初参加となるパーカッションの中北裕子を加えた4人がステージに登場し、コンサートはスタートした。

　ニュー・アルバム『Miss AOI - Bonjour, Paris!』は、彼女が愛する映画音楽の主題歌を、彼女独特の感性でカバーした『I Love Cinemas』シリーズの第3弾ともいうべき作品だが、この日のコンサートでは、その新作からのナンバーを中心に、同シリーズの第1弾『The Rose』、第2弾『La Vie En Rose』からの楽曲、さらにオリジナル曲など、バラエティに富んだ、様々な楽曲が歌われていった。手嶌葵のボーカルは、ライブでもCD同様に透明感に溢れ、メロディの1音1音、言葉のひとつひとつを噛みしめ、観客に語りかけるように、じっくりと歌っていく。ピアノ、アコースティック・ギター、パーカッションによるシンプルでアコースティックなサウンドも、そんな彼女のボーカルを、やさしく包み込み、独特の世界観を醸し出している。今回の3人というサポート・メンバーは、彼女にとっては、これまでのライブで最も多い人数だということだが、新たにパーカッションが加わったことによって、サウンドの彩りがより豊かになっている。普通のポップスのライブだと、3人というのは少なく感じるが、彼女の歌の世界観を表現するのには、この必要最小限の音と、楽曲と歌詞の良さをじっくりと伝えるようなその歌声があれば、それだけで十分なのだ。派手な演出や、豪華なセットなどは必要ない。ただただその“歌”をストレートに伝えるだけで、静かな感動が聴き手に伝わってくる。限りなくシンプルな音楽と歌だが、その世界観はとても深い。訥々としたMCも、彼女の人柄が伝わってくるようで、好感が持てる。

　この日歌われたのは、カバー曲も多く、また日本語、英語、フランス語と、様々な言葉で歌っていたが、どんなスタイルの曲や歌詞を歌っても、しっかりと手嶌葵の世界を表現し、知らず知らずのうちに、聴き手をその世界に引き込んでいく歌声は、まさに彼女ならではの大きな魅力だといえるだろう。しっとりとしたバラードや、元気な歌、さらにはジャジーなナンバーやキュートな楽曲などを歌っても、やっぱり手嶌葵独自の、とても個性的な世界観を見事に作り出している。

　MCで饒舌に語ることもなく、また楽曲のメロディと歌詞に忠実に、大げさなフェイクなどもすることなく、また声を張り上げて歌うこともなく、淡々と歌っているにもかかわらず、その表現力の豊かさというか、歌の世界に観客を自然に引き込んでいく、手嶌葵の不思議な歌声に魅了されたコンサートだった。まさにワン＆オンリーというか、彼女にしかない魅力を十分に発揮した、静かな感動に満ちた2時間だった。

【取材・文：熊谷美広】