前へ

次へ

椎名林檎、横浜港でのドラマティックな『逆輸入 ~港湾局~』レコ発ライヴ

椎名林檎 | 2014.06.05

 椎名林檎の創作物は、それがアルバムであってもライブであっても、徹頭徹尾、一つのコンセプトに貫かれる。サウンドやタイトル、演出、パッケージ、衣装に至るまで、ひとつの作品を構成する重要なアイテムとして“林檎印”がしっかりと刻印される。

 今回のライブも、タイトルは“ちょっとしたレコ発2014 ~横浜港へ逆輸入~”。セルフカバー・アルバム『逆輸入 ~港湾局~』のリリースパーティとなる訳だが、まずセルフカバーを“逆輸入”と表現したところからストーリーは始まっている。一度、他のアーティストに提供=輸出した作品を、自分が歌うのは確かに逆輸入だ。となると、このリリースパーティは、税関のある場所で行なわれなくてはならない。そこで林檎は、横浜港を選んだ。
 横浜大さん橋ホールは、豪華客船の停泊を考えて作られた埠頭&公園の中にあり、木造のエンタランスもホールも、船の内部をイメージして作られている。埠頭の手前には、かつて日本の主要輸出品だった“絹”をテーマにしたシルク博物館がある。何やら絶好のシチュエーションではないか。

 開演前のステージを見る限り、バンド編成は大規模なものではない。僕は『逆輸入~港湾局~』の中で、ドラマ「あまちゃん」のオープニング・テーマを手掛けた大友良英が彼のビッグバンドを率いてレコーディングした「主演の女」が大好きだったので、「その再現はないな」と少し気落ちする。しかし、ここで油断は禁物。 なにしろ今日の主人公は椎名林檎なのだ。どんな手練手管で“逆輸入ライブ”を演出してくれるのか。気落ちどころか、楽しみが増えてしまった。

 横並びの客席には、バービーボーイズのいまみちともたかや大橋トリオなど、個性派アーティストたちの姿が見える。開演を告げるBGMは、スタンダードの名曲「ブラジル」。ちょうどこの日、裏でザック・ジャパンがキプロスと壮行試合をやってたから、林檎がワールドカップ・ブラジル大会へエールを贈っているのかと想像して笑ってしまった。

 メンバーが登場して、足踏みオルガンとアコーディオンがワルツのリズムを刻む「ポルタ―ガイスト」からライブがスタート。2曲目「母国情緒」でバックメンバーが全員揃う。ピアノ林正樹、ベース鳥越啓介、ドラムスみどりん、アコーディオン佐藤芳明の4人は、昨年11月 にBunkamuraオーチャードホールで行なわれた“椎名林檎 十五周年 党大会 平成二十五年神山町大会”に参加したメンツだ。タンゴ、シャンソン、ボサノヴァなどエモーショナルなジャンルの音楽が得意な名手たちの妙技が、このライブを楽しむ重要な要素なのだ。
 そのくせ、林檎は「今日のライブは、どこまでユルくやれるかっていう挑戦でもありますので、いつもとちょっと違った感じを楽しんでいただければと思います」とコメント。生楽器の音色はソフトだが、少人数だけにプレイには高い精度が要求され、演奏内容は超スリリングだ。
 たとえば東京事変の「喧嘩上等」には、何とニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」のフレーズが入る。そんな遊び心をアコースティック楽器で表現するメンバーの実力が知れるというものだ。

 『逆輸入 ~港湾局~』からの曲に混じって東京事変の曲が多々歌われる。これも椎名林檎が東京事変に提供した曲のセルフカバーということなのだろう。確かに林檎は東京事変ではソロとは異なるキャラクターになっていたから、趣向がまったく違っていて、聴きごたえがある。

 中盤では衣装替えしたり、林檎自身がアコースティック・ギターを弾いたり。凛々しい林檎、アイドル林檎、シャンソン歌手林檎と、めまぐるしく変わる“一人のボーカリスト”のパフォーマンスに圧倒される。ともさかりえに提供した「少女ロボット」に続いて歌った「遭難」では、佐藤がウッドブロックを鳴らし、異国情緒たっぷりのサウンドが横浜港によく似合う。
 また「EMIガールズの相方、宇多田ヒカル嬢が結婚しました。このやり場のない胸の高鳴りを、今ここで共有させていただけませんか?」と言って、なんと宇多田の「Traveling」をカバー。会場もコーラスとハンドクラップでそれに応えると、この日、いちばんの盛り上がりになった。

 そうして本編最後の曲は、僕が楽しみにしていた「主演の女」。
 僕の心配は、まったくの無用だった。みどりんと鳥越の繰り出す野太いビートは、もうそれだけでビッグバンド・サウンドのニュアンスを再現する。加えてジャンプする林のピアノと、佐藤のアコーディオンのオブリガードが炸裂。なにしろ林檎のやさぐれた歌いっぷりが凄かった。♪主役はあたし♪と啖呵を切るように歌い捨てて、会場を丸ごと呑みこんだのは見事だった。

 アンコールで林檎はメンバー紹介を兼ねて、こう切り出した。「この4人には“八九三”(はちきゅうさん)という名前を付けたんですけど…」。ん? もしや“ヤクザ”ってこと? 確かにさっき聴いた「主演の女」のサウンドは、“音楽ヤクザ”と呼ぶにふさわしいキップの良さがあったけど。「この4人のために書き下ろした新曲をやります」。歌い出したのはニューシングル「NIPPON」のカップリング「逆さに数えて」だった。
 いま、林檎はこの4人との演奏を心から楽しんでいるようだ。さらに最後にオーディエンスを喜ばせたのは「今夜はから騒ぎ」だった。♪みずぎわ干いては満ちて胸騒ぎ♪という港湾ライブにぴったりのリリックが、水面を吹き渡る港の風を連想させて、濃厚な一夜の最後を飾ってくれたのだった。

【取材・文:平山雄一】
【撮影:外山繁】

tag一覧 ライブ 女性ボーカル 椎名林檎

関連記事

リリース情報

逆輸入 ~港湾局~【初回限定生産版】

逆輸入 ~港湾局~【初回限定生産版】

2014年05月27日

EMI Records Japan

1. 主演の女
2. 渦中の男
3. プライベイト
4. 青春の瞬き
5. 真夏の脱獄者
6. 望遠鏡の外の景色
7. 決定的三分間
8. カプチーノ
9. 雨傘
10. 日和姫
11. 幸先坂

このアルバムを購入

リリース情報

NIPPON

NIPPON

2014年06月11日

EMI Records Japan

1. NIPPON
2. 逆さに数えて

このアルバムを購入

セットリスト

ちょっとしたレコ発2014
~横浜港へ逆輸入~
2014.5.27@横浜大さん橋ホール

  1. ポルターガイスト
  2. 母国情緒
  3. カプチーノ
  4. SG~superficial Gossip~
  5. 労働者~WorkSong
  6. 喧嘩上等~Smells Like Teen Spirit
  7. 雨傘
  8. 青春の瞬き
  9. 望遠鏡の外の景色
  10. 天国へようこそ
  11. とりこし苦労
  12. 少女ロボット
  13. 遭難
  14. 禁じられた遊び
  15. 愛妻家の朝食
  16. 化粧直し
  17. 私の愛するひと
  18. Traveling
  19. 主演の女
ENCORE
  1. 逆さに数えて
  2. 今夜はから騒ぎ

お知らせ

■ライブ情報

椎名林檎 2014アリーナツアー(ツアータイトル未定)
2014/11/29(土)さいたまスーパーアリーナ
2014/11/30(日)さいたまスーパーアリーナ
2014/12/09(火)大阪城ホール
2014/12/10(水)大阪城ホール
2014/12/21(日)マリンメッセ福岡

※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

トップに戻る