レビュー
椎名林檎 | 2014.05.14
椎名林檎『逆輸入 ~港湾局~』
カバーにしてオリジナル
椎名林檎が他のアーティストに提供した楽曲をセルフカバーしたアルバムだ。林檎は提供先のシンガーのキャラクターを熟慮した企画の曲を書き下ろしていつも楽しませてくれる。そうした曲を本人が歌うセルフカバーは、ずっと待ち望まれていた。そして『逆輸入 ~港湾局~』は、期待を遥かに上回るモンスター・アルバムになった。
2002年にリリースしたカバーアルバム『唄ひ手冥利~其の壱~』は、彼女が聴いてきた和洋古今の名曲が収録されていたが、その特長の一つは“アレ ンジの良さ”だった。2枚組アルバムのアレンジは、初期の林檎サウンドを支えてきた亀田誠治と森俊之がそれぞれ1枚ずつを担当。工夫を凝らされたサウンドは、カバーにしてオリジナリティに溢れる仕上がりで楽しませてくれた。また、亀田と森にとっても重要なキャリアになっ た。
今回の『逆輸入 ~港湾局~』には、亀田も森も起用されていない。その代わり、今をときめく俊才アレンジャー11人が、11曲を編曲している。そのどれもがインスピレーションに富んでいて、呆れ返るほどだ。
1曲目の「主演の女」のアレンジは大友良英で、演奏は大友良英スペシャルビッグバンド。朝ドラ『あまちゃん』のオープニング・テーマを奏でた強力コンビだ。PUFFYのために書かれたこの曲を、ビッグバンド・サウンドでやっつける。それを受けて林檎は、戦後歌謡の女王、笠置シヅ子ばりのパンチの効いたボーカルを披露する。
かと思うと、3曲目「プライベイト」の編曲は、ヒャダインこと前山田健一。魅力的な音色を組み合わせたエディット感覚満点のトラックで、広末涼子に提供された曲を彩る。林檎はまるでアイドルみたいなスィートボイスで歌ってみせる。
とにかく「他人に差し上げた曲ではあるけれど、あたしならこう歌うわ」と言わんばかりのエネルギーをぶつけて、林檎は音楽で遊びまくっているのだ。それでいて嫌味がないのがいい。
それは割れてしまった陶器を修理するときに使われる“金つぎ”という手法に似ている。割れた部分を金で繋ぐことで、割れる前より皿が美しくなったりする。そんな“ヒビ”の愛し方もあるのだと、このセルフカバーを聴いて思った。ソロの強味を活かしたアレンジャー選択は、そのまま「今、林檎が最も興味を抱いているサウンド・クリエイターのリスト」でもあるのだ。
最近、椎名は石川さゆりにシングル「暗夜の心中立て」を提供したから、早くもこの曲をカバーした次作が楽しみになる。果たしてこの曲は、そのとき誰がアレンジするのだろう。
【文・平山雄一】